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田舎には夜がない

 「昼と夜、どっちが好き?」なんて、聞かれたら迷わず答える
 「夜です!」と。
 迷うわけがない、考える時間なんて必要ない。秒で答えてみせる。
 「夜が好き」
 
 移住卒業生の私の偏見「都会にあって田舎にないもの」の上位にランクインするのが『夜』なのである。
 
 想像して欲しい…
 沈みゆく陽を追いかけ、オレンジ色の空が覆うと街は微熱めいてくる。
 あちらこちらから聞こえる楽しそうな話し声、笑い声。グラスを交わす音が実に清々しい。
 「真っ直ぐ帰るわけにはいかねえぜ」
 仕事帰りに一杯。そう、これ、これなのだ。
 
 田舎にはこれが、ないのである。

都市部で働いていた時は「仕事帰りに一杯」とか「週末にちょっと」がありふれた光景でした。
私もよく仕事仲間や友人と平日の夜に飲みに行ったものです。ところが私の移住した町ではそんな光景は一切見られませんでした。
 理由は車社会だからです。会社でもお店でも、ほぼ全ての人が車で通勤します。これでは「帰りに一杯」なんてムリですよね。
ではこういう地方ではどうやって飲みに行くのでしょう?仕事帰りに飲む場合は、一度家に帰ります。そして飲まない(飲めない)人が車で送迎を担当するのです。
あるいは店までの行き帰りを家族の誰かに送迎してもらいます。
この仕組みを私が初めて知った時、まず耳を疑いました。それが事実だとわかると、今度は何ともいえない切ない気持ちになりました。
これでは軽い気持ちで飲みに行くことなど不可能だからです。
不意にやって来る、突然のちょっとした楽しみとしての「飲み」はなく、いつも計画された「飲み」なのです。

「移住の体験リファレンス」本條 コハク

 青天の霹靂。驚愕の事実だった。冷静に考えるとわかる。だって、田舎の移動手段は車なんだから。
 しかし、目の当たりにすると淋しくて、切なくて、悲しくなった。

 こうして、飲みに行くということが一大イベントになった。事前準備は抜かりなく。夫と喧嘩しないように細心の注意を払う。なぜなら送迎を頼まなくてはならないからだ。
 ちょっと喜ぶような言葉も混ぜ込みつつ、当日まで波風立てず穏やかに過ごさなくてはならない。

 そして壮絶なまでに準備を重ねた一大イベントが終わると、空虚感を覚えた。なんなんだ、これは。

 時にはドラマを一気見するのもいい、読書もいいだろう。突然思い立ってキッチンで創作するのもよし。ゆっくりお風呂に入って、ぐっすり眠るのも大事なことだ。
 でも、時には飲みたいこともある。くだらない話で笑ったり、泣いたり。昼間とはまた違った時間なのだ、夜は。
 
私は夜が好きだ。でも田舎には夜がない。あるのは漆黒の闇だけだった。
 
by Degu


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