春嵐
濡れた窓が滲ませた
いつまでも無愛想なわたしを
唇噛んで悔しさ哀しさ
押し込めては傷に成る
あの日の祝福とあの日見た笑顔に
敏感になるわたしの右側 忘れてたまるかよ
あなたに染み付いた歌を
胸中で歌いおくりましょう
黒い羅列 一歩後ろで せめて
笑うように泣きましょう
あの日を思い出す度に
無力が上げた悲鳴が木霊する
あなたと同じ日々を綴ること
わたしを肯定すること
目を離した隙に流されてしまう
あなたは目の前のわたしを覚えていますか
春の嵐 共に散りゆく
咲いた桜が俯く
遠い景色を見て想う せめて
流れる血を誇りましょう
忘れたくない想いばかり溢れ出すのに
なのにどうしてどうしてどうして思い出せない
忘れないで 忘れないで
脳が忘れたがっても
忘れないで 忘れないで
引き留めて
いかないで 消えないで
無愛想なわたしを許して
いかないで 消えないで どうか
今更な笑顔を連れてって
知らない姿に目を塞ぐ
変わり果てたあなたに
それは誰への笑顔ですか
忘れたかったのは わたしだ
春の嵐 共に散りゆく
咲いた桜が俯く
遠い景色を見て想う せめて
流れる血を誇りましょう
あなたがそうしたように
あなたの描いた線を
ひたすらなぞるの
数十分で灰になる
それ程わたしたちは脆く
切ない時を生きてる
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ちょうど仕事が終わってすぐ、電話が鳴った。祖父が亡くなった連絡を受け、電車に飛び乗った。外は雨だった。
窓の雨粒がわたしの顔を滲ませる。泣きたい気持ちを抑えながら唇をかみ締める。祖父の前で上手く笑えなかった。後悔の傷ばかり生まれてく。
中学校の卒業式の日。壇上で卒業証書を受け取り、自分の席に戻る途中、右側から名前を呼ばれた。来賓席にいた祖父だった。
「おめでとう」と体育館内の隅で響いた言葉が、いまだに忘れられない。
染み付いた歌は、中学校の校歌。斎場で校歌を流して送り出したかったけど、準備が足りずに心で歌った。せめて笑顔で、送り出したかった。
亡くなった日を思い出す度に、何も出来なかった自分を悔やむ。だからせめて祖父が生前日々をノートに綴っていたように、わたしもそれを真似することで肯定したかった。
祖父は認知症だった。だから最後までわたしを覚えていた訳では無い。目を離せばすぐに他人になる。
祖父が亡くなってから葬儀まで、天気は雨だった。葬儀の日は信じられないほど土砂降りだった。咲いた桜は雨粒の重みに負けて俯いていた。母校を見る度に思う、せめて、あなたの孫であったことを誇りたい。
忘れたくない、という思いばかり溢れるのに、お盆や正月しか会いに行かなかったこと。思い出を思い出せないことがとても悲しい。
忘れて欲しくなかった。
写真に一緒に写ってる小さい頃のわたしは全て無愛想で、笑えない子どもだったことをとても後悔している。
今のわたし、笑えるようになったから、今更だけどこの笑顔を連れてって欲しい。
祖母以外を忘れた祖父は本当に知らない人のようだった。別人だった。わたしを忘れた祖父がわたしに笑いかけるけれど、それは孫への笑顔ではないね。
それを忘れたいのはわたしだ。
祖父の綴る日々だったり、小さい頃に教えてもらった名前の漢字の書き方だったり、祖父が描いた線をなぞることしかもうできないけれど、そうすることしか、もう。
火葬場で過ごす数時間。細い煙を見て思う。
数十分で灰になるなんて、人はなんて儚いのだろう。
それほどわたしたちは脆く切ない時を生きてる。
そんな歌。
今日は祖父の誕生日。