まんなかの日までのこととまんなかの日のこと
大切な友人の結婚式に参列して、身体の水分が全て出たのではないかと思うくらい泣いて、それと同時に、去年の7月のことも、思い出し、さらに泣いた。
わたしは去年の7月に、たくさんの後悔を残してきた。これは、赦してもらうために、書いているのかもしれない。
去年の7月頭、一度手を離してしまった人がいた。
苦しみを、全て背負わそうとしてしまった人がいた。その人自身の恐怖に向き合わせてしまうことを知っていながら。わたしは、逃げてしまった。
悔しくて、悲しくて、苦しくて。まさか自分の人生で、ホームで声を上げて泣くことがあると思わなかった。土砂降りの中、うずくまって泣くことがあると思わなかった。
駅員さん二人に、大丈夫ですかと声をかけられて、大丈夫なわけあるか、こっちは大声で泣いているんだぞ、と思いながら、返答できず、頷きながら改札を出た。泣きながら歩いているのに、誰も、声をかけてこなかった。泣きながら歩いているからこそ、かもしれない。いいんだ、それでいいんだとも思った。君たちは何も知らずに幸せに生きていてくれ。
精神科で働いている私を頼ってくれたのに、
力になれなかった人がいた。
「次の火曜日までに、知識のあるDr.に聞いてみるね。」
その火曜日は、やってこなかった。もっと早ければ。変えた方がいいよ、を早く言えていれば。
もうワンテンポLINEの返信が早ければ、酷い言葉をかけてしまうところだった。
怖かった。言葉の暴力性と、自分の無責任さが。
私にできることはない、と勝手に決めつけて逃げようとしていた。それでも、今後の人生、私は一生この人たちを支えていくぞ、周りの人たちを支えていくぞ、と決意して、震えながら新幹線に乗った。
いとこのお母さんに喪服を借りに行って、ふと、
お葬式の作法が分からない。と呟いた。
そんなの分からない方がいいんだよ、と、
そう言ってくれて、そうだね、と心の中で返した。
手を離してしまったホームから、名古屋駅のコメダ珈琲に着くまで、一分一秒、起こったこと、会話したこと、LINE、全て覚えている。和室に居るふたりを見た時に、本当に居なくなってしまうと思った。目に1ミリも光が無かった。焦点が合ってなかった。
「きみたち、そんな黒い服で来て…。」と
震えながら、泣きながら、私たちを見て言った。
黒い靴で埋まった玄関を見て、
「笑っちゃうくらい黒しかないね。」と共に受付をした友人と話した。その光景を、もう二度と見たくないと思った。その日だったことも、全身と玄関が真っ黒なことも、今まで積み重ねてきたことがまっさらになってしまったようなことも、ぜんぶ、ぜんぶおかしい、おかしいねと、何度も言った。
分からない、何が起こってるか分からないと、
何度も言った。
思い出したくない、けど思い出さないわけないことを抱えながら、ふたりと、ふたりの周りの人と過ごしてきた。時には「任せたよ。よろしくね。」とお願いしたこともある。
あの日から、メロンが食べられなくなった。
そんな日々を過ごして、まんなかの日がやってきた。ふたりが入場してくる5分ほど前、大きな風が白い布を揺らし、私たちの身体をすり抜けていった。
ああ、来たね、ふたりを見に来たね、共に居るね。
自然と、そう思った。
あの日と同じ、受付役をした。しかしあの日とは、全然違う。来る人全員に、おめでとうございます、と言えるのだ。玄関も、真っ黒じゃないのだ。
良かった。今日を迎えられて、ほんとうに良かった。ふたりが、招待したいと思う人たちが集い、
美しいふたりを目にすることができて良かった。
なんでそんなに時間を注げるの、力を注げるの、ともはや呆れてしまうくらい念入りな準備の元、大勢の笑い声と泣き声が飛び交った。
ふたりの入籍前日にも、同じことを思った。入籍前日に、何をやっているんだろう、と笑いながら、ふたりは、大切な人たちのもとへ、大切にしたいことを届けていた。
手伝うよ、と声をかけても、わたしたちがやらなければ、意味のないことになってしまうから、と肝心な部分は手伝わせてもらえなかった。
手伝えたのは、ダンボールの梱包くらいだ。笑
これが、このふたりの、本気だ。藝術だ。
側に居ると、そう思うことがよくある。
彼らはよく言った。何もしていないのにと。恩返ししたいと。
その度に、逆なんだよ、今までしてもらったことを、返しているだけだ、と思っていた。
このまんなかの日に立ち合わせた全員が、思っていることなのではないかな。
ふたりが居なければ、今日まで生きてこれなかった。あのおうちがなければ、今日まで生きてこれなかった。確かにその瞬間があった。
しょっちゅう顔を合わせるみんなと、たらふく食べて、たらふく呑んで、ずっと泣いていた。嬉し涙も、悲し涙も。
「 生きていて良かった。 」
彼女は、小さく、静かに、だけどはっきりと、言った。
その言葉が、どれほど、どれほど。
その言葉に、どれほど、どれほど。
今日みたいな夜を抱えて、生きてゆくんだ。
失うのが、怖い。また大切な誰かが居なくなってしまったらと思うと、怖くて、手放そうとしてしまう。これ以上失ったら、もう流石に耐えられない。
でも、そう思いながら、大切だと思っているものを抱えながら、生きてゆくしかないんだ。
眠いのに、毎日映画鑑賞に付き合ってくれるようなあなたたちと。
涙もろいあなたたちと。
人の痛みを分かち合えるあなたたちと。
何かあったらよろしくね、と任せられるあなたたちと。
おめでとう、ありがとう、あなた達が幸せで、わたしも幸せだ。
何があっても長生きしておくれよ。
心からの愛を込めて。