歳差運動1-⑯
霧の濃い大山(だいせん)の木道を独りで歩いていた。
頂を目指して、使命感という登山許可証を胸に提げ、情熱という食糧を携行して登ってきたこの山道。それは轍などなく崩れた石ころだらけの獣道だった。このルートで正しいのか、おそらくもっと楽な道があるだろうといつも考えていた。真っ直ぐ進むのが怖くて引き返し、焦るあまり転げ落ちそうになった。暗い樹海をどうにか抜けたら眼下に雲が広がっていた。雷鳴が徐々に大きくなり、急ぎ山小屋に避難した。山火事に遭遇したこともあった。が、それは遠くの出来事だった。濃い朝霧が行く手を阻み、足踏みを余儀なくされたことも…
それら全てが自分で選んだルートで起きた。そして、いつ山頂に到達したかも分からず時間だけが過ぎていった。頂の絶景を楽しむことは叶わず、いつしか下りの道を歩いていた。
おお、下山は楽だ。気づけば背中のリュックも軽くなっている。帰りはあっという間だろうと慢心する。そのうち小さな小石を踏んで体のバランスを崩し、はっとする。登山許可証は湿気と紫外線とで色あせが甚だしい。食糧を残さなかったことを後悔した。腰もふくらはぎも痛み始めた。膝はガクガクと悲鳴を上げた。すっかり汗が引き、体が冷えてくる。予備の上着などを持ち合わせていないことに気づいた。息が上がり…
苦しさが増すのだが休むことをためらった。先を急ぐ選択しかなかった。振り返る余裕などはとうに失せてしまった。
山登りとは、文字通り山を登ることだけではない。どんな場合でも必ず下りがある。しかもそれらは別個のものではなくてつながっているのだ。登りの良し悪しが下りに影響してくる。だから、無事山を下り終えてはじめて登山が完結する…
おい!
若い頃の元気はどうした
このまま教師を続けるのか
他に何かやることがあるだろう
やる気があるのか
全力でやっているのか
仲間とうまくやっているのか
今の生活に満足か
人の役にたっているのか
学校の仕事って何だ
教師とはいかなるものなのか
苦しい思いをしているのではないのか
もうやめちまえよ!
センセイ…センセイ… センセイ!
気がついたら教室が真っ暗になっていた。
巡回だろうか、入り口に誰かが立っていた。
第1章完結
第2章に続く~