「植物の力」について。
木製にガラスが取り付けられている引き戸の玄関を開けて、庭を5歩くらい歩くと、道路に出る。その前に、鉄製で黒く塗られて、それが色褪せるたびに、何度も塗られた小さめの門がある。
それは、縦にパイプを並べて、そこに上下と真ん中に横のパイプを組み合わせた、見通しのいい小さ目の作りで、昔は、このあたりは小さい町工場が多かったのだけど、お隣さんに作ってもらった、という話を、ずっとこの街に住む妻から聞いたことがあった。
開け閉めをすると、キーキー鳴ることがある。防犯上にはいいのではないか、と思うこともあるけれど、その音が大きすぎると、やっぱりちょっと何なので、削ったり、下に石を入れて、高さを調節したりする。
そんな、ある意味で繊細な存在の門だけど、そのあたりは庭なので、いろいろな花も咲く。
ヒメヒオウギ
最近、出かけるときに、門を開けて、道路に出るとき、花が咲いているのに、気がついた。
ヒメヒオウギ。
きれいな、薄いオレンジ色で、何度も妻に教えてもらって、やっと覚えた名前だけど、時々、迷う。その上で、これだ、と思っていた名前は全く違うことを、あとになって、妻に教えられた。何だか、恥ずかしい。
そのヒメヒオウギが2輪、おそらくは太陽に向かって、斜め上に咲いているのだけど、門を開ける動きをするときに、門の縦と横のパイプの組み合わせで、ちょうど窓のように四角く開いているスペースに花が顔を出すことになる。
門を開けても、その2輪の花は、門のスキマを通って、変わらず、花がある。もう少しずれたら、門のパイプに当たって、茎が折れてもおかしくない。
ちょうど、そのスペースから顔を出すように花を咲かせるなんて、すごい。
そんなことを思って、でも、その時は、そのまま出かけた。
植物の力
なんとなく勝手に健気な感じもして、その話を妻にしたら、当然のように知っていた。
そのヒメヒオウギを、門を開け閉めしながら、それでも、一度も、かすらないで咲いているのを見ていて、妻はなんだかうれしそうだった。
ただ、何度か、門の開け閉めをしているときに、その2輪のヒメヒオウギの花の茎のところが、途中で微妙に曲がっていることに気がついた。それは、まっすぐ、と言っても、気が付かないほどの、わずかな曲がり方だったけれど、そのラインをイメージの中で伸ばしてみると、もしかしたら、門のパイプに当たるのではないか、という角度だった。
だから、もしかすると、そのヒメヒオウギは、冬から春にかけて、芽を出して、伸びていく途中に、その門の開け閉めのとき、わずかに、当たっていた可能性がある。
そこで、それ以上、まっすぐ伸びると、門が開いたときに、完全に茎が折れ曲がってしまうこともあり得ると「判断」し、そこから方向を変え、門が開いても閉まっても、どことも当たらないような、より安全な方向へ向けて、茎を伸ばして、2輪の花を咲かせたのではないか。
そんなことを想像し、勝手にすごいと思い、植物の力は計り知れないね、といったことを妻に言ったのだけど、それよりも、そのそばにも、同じようにヒメヒオウギが咲いていて、しかも、違う色の花も見つけて、かわいい、とさらに笑顔だったから、妻にとっては、当たり前のことだったのかもしれない。
一人で力んで話をして、ちょっと恥ずかしかった。しかも、花の名前自体を間違って覚えていたから、あとになって、また恥ずかしくなった。
そうしたこととは関係なく、庭の花は、さらに増えてきている。
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