2020年8月28日、福岡市の商業施設で発生した殺人事件に関して気になること

　2020年8月28日夜、15歳の少年が、商業施設を友人と訪れていた21歳の女性を刺殺した容疑で逮捕されました（当日の西日本新聞記事、翌日朝の西日本新聞記事）。逮捕当初の容疑内容は銃刀法違反です。
　女性は刺されているところを女子トイレで発見され、全身10ヶ所以上に刺し傷があったということです。「どういう恨みが」と考えてしまいがちですが、女性と少年には面識はなかったようです（30日の西日本新聞記事）。
　また、少年は少年院を出所して更生保護施設にいたのですが、行方がわからなくなっていたということです（30日の朝日新聞記事）。
　本記事は、本件に関する足掛け3日間の報道から気になったことのメモです。なお、下書きはこちらのブログです。アフィリエイトですが参考文献もあります。

もしも自分が被害を受けた当事者や当事者家族だったら

　商業施設の女子トイレに男性が入ってきて、いきなり刺されるなんて、怖すぎます。しかも、自分の全く知らない人で、過去に恨まれるようなことをしたわけでもないとすれば、まったく理不尽です。
　また、家族が楽しそうに出かけていって、そんなふうに殺されてしまうなんて。その人を大切に思っていた家族なら、どうにも受け止められないことでしょう。対外的に悲しんで衝撃を受けている演技を上手にするけれど、実は「早く○んでくれないか」と思っている家族もいますから、「家族なら必ず」とは言えませんが。
　まずは、亡くなった方のご冥福と、ご遺族のお気持ちの平安を祈ります。
　またご遺族の皆様に、必要な有形無形の支援が滞りなく提供されることを願います。

「もしも自分が容疑者側の当事者だったら」という想像を

　忘れられがちですが、容疑者側にも当事者がいます。
　少年は更生保護施設にいたわけですから、そちらに「なぜ出してしまったんだ」と責任を問う世論が出てきそうです。少年院に「なぜ閉じ込めておかなかったんだ」という話も出るかもしれません。また、少年院に入る前の家庭に責任を求める人々も現れるかもしれません。
　しかし、罪を犯して刑に服した人は、死刑や仮釈放なしの無期懲役にならない限り、いつか出所します。長期にわたって社会から切り離して閉じ込めておくと、出所後の本人の生活の妨げにもなります。また、再犯率を高める要因でもあります。
「閉じ込めておけばよかったのに」という感情は、誰の役にも立ちそうにありませんが、日本では特に、「重罰を」「ずっと閉じ込めておけばいい」「死刑に」という世論が簡単に盛り上がります。それは、誰の何の役に立つのでしょうか？
　なお、更生保護施設に責任を問う流れになったからといって、簡単に「それじゃ厳重に閉じ込めておきます」という流れにはならないと思います。いずれ、その施設から離れて地域で社会の一員として生きていくにあたり、何が有益で、何が有害か。少年院を含めて、現場の方々は最もよく知っていることでしょう。まずは、現場の試みを妨げないようにしたいものです。
　少年の家族についても同様です。たとえば、事件に関わったわけでもなく遠因を準備したわけでもないきょうだいが、ある日突然きょうだいの犯罪歴を理由に失職したり、友人や恋人や新しい家族との関係にヒビを入れられたりすることは、残念ながら、よくあることです。
　被害者や容疑者と直接の関係を持たない赤の他人に必要なのは、手当たりしだいに誰かに責任を問わない冷静さではないでしょうか。

もしも少年が精神疾患だったら

　まず、念のため。
　私自身は、心神喪失や心神耗弱という例外を認めることに反対の立場です。以下の記述は、現時点での日本の法と制度に基づくものです。

　報道からは、少年に精神疾患や精神障害などのある可能性が匂ってきます。大いに気になります。
　成人であり、なおかつ心神喪失や心神耗弱が認められ「法的責任能力がない」とされる場合、通常の刑事司法手続きからは外されることとなりますが、起訴されず無罪放免になるわけではなく、「触法精神障害者」としての扱いを受けます。一言でいえば、いつ出られるかわからない精神科強制入院です。
　今回の容疑者の少年は、少年なので成人と同様の法的責任能力はありません。なおかつ、心身喪失や心神耗弱によって法的責任能力がないとされる場合、二重の意味で「法的責任能力がない」ということになります。
　このような場合に、刑事司法手続きがどのように判断されて進められるのか、私は詳しくは知りません。「少年かつ精神障害あり」という場合には、医療少年院という選択となることが多いようです。
　いずれにしても、誰かを世の中から離れた場所に閉じ込めておくことに関しては、刑務所や精神科病院と同様の課題があります。
　「危ない人や危なそうな人は、どこかに閉じ込めておけばいい」と考えられがちです。実際にそうなっている国もあります。しかし、それは本当に安全に結びついているのでしょうか。いつ、誰が「危なそうな人」とされて閉じ込められたり監視されたりするか分かりません。あなたが危なそうかどうかを決めるのは、あなた自身ではありません。誰かが何かを根拠として決めます。いつもいつも、あなたが「危なそうな人認定」をする側にいられるとは限りません。それを考えると、社会不安を結果として増やしている可能性もあります。まだ、これから検証が必要な段階です。
　おそらく、「どこかに閉じ込めておく」という路線は、結局は解決になりません。「みんなの社会から排除して閉じ込めておく誰かを、みんなで決める」という手続き自体が、本質的に問題を含んでいるからです。

関心が集中しなさそうな時期ではあるけれど

　幸か不幸か、現在は安倍首相が退陣を表明したばかりのタイミングです。その他にも、過去のさまざまな事件が関心を集めている最中でもあります。この事件に特別な関心が集まる可能性は、あまり高くないと思います。菅義偉氏が次の首相になり、少年犯罪の厳罰化を目玉政策として押し出していくと、そうでもなくなるのでしょうけど。
　全国的な怒りや処罰感情は、ぜひ、このまま盛り上がらないままであってほしいと思います。必要なのは感情の渦に振り回されない検討と議論です。しかし、いつ、どのような契機で、種火が置かれて油が注がれるか分かりません。
　感情の渦が沸き上がる前に、過去の同様の事件での世論の盛り上がりを思い起こし、「それで本当に悲惨な犯罪が減った？」と考え直しておきたいものです。
　事実として、凶悪犯罪は法改正や厳罰化と無関係に減っています。日本は現在も、数字で見る限りは治安の良好な国です。さらに殺人事件が減少していくことは、もちろん望ましいと思います。しかしその時、「自分の身近な人が、理由なく犠牲者になってしまった」という場合の救われなさは増すのかもしれません。殺人事件が減ればそれで万事解決するわけではないのです。

ご自身の関心と感情を大切に

　いずれにしても、皆さんご自身の関心や感情という資源が大切に使われ、救いのある成り行きとなり、亡くなった女性の身近な方には必要な救済と配慮が行われますように。