【1人読み声劇台本】ブラックサンタ
おや、目が覚めたかい。
───ああ、そう暴れないで。指を後ろ手に縛ってあるから、暴れると怪我をしてしまうよ。
ゆっくり、鼻で呼吸するといい。口はふさいでしまっているけど、後でちゃんと外してあげるからね。窒息(ちっそく)しないように。
ん?
私が何者かだって?見れば分かるんじゃないか?
サンタクロース。
そう、だが君の知っている彼らとは違う。
赤い衣装に白いヒゲ、子どもたちが一年を良い子で過ごしていれば、朝起きた時、枕元にプレゼントを贈って置いてくれる。
それが君の知るサンタさんだろう?
黒い衣装に、黒いヒゲ。
私は、ブラックサンタなんだ。
あまり馴染みのない存在かもしれないけれどね。
なにせいつも人手不足な業界で、一年に一度と言わず、一生出会うことのない人がほとんどだと思うよ。私としても、忸怩(じくじ)たる思いだ。
本来なら、毎年、きちんと。
───この世の全ての「悪い子」にプレゼントしてあげたいんだけど……。
悲しいかな我々は全能の神には程遠く、この手の届く範囲でしか、役割を果たすことができていない。
そう、私は、ブラックサンタは「悪い子」の前にしか現れない。
悪いことをした子には、相応のプレゼントを届ける。
それが、私の仕事なんだ。
今回は、ようやく君にその順番が周ってきたというわけなんだ。
───君は、悪い子だろう?
おや、君には自覚がないのかな。
自分が悪い子だという認識が。
ふむ
「自分よりも悪い奴なんか他にいくらでもいる」
「他に、もっと悪いことをして、平気でいる奴はいる」
なるほど。一理ある。
君の言う通りだ。
我々は残念ながら平等ではない。
先程も言った通り、我々は神様ではないんだ。
だが……少し、考えてみて欲しい。
例えばだ。
「悪いこと」をすれば、絶対に、必ず、誰もがもれなく神様に相応の「罰」を与えられる。───そんな世界だったとしたら。
そこで「悪いことをしない」ということは、人の善性によるものではなく、ただの利害、合理的な取捨選択に成り果てるのではないだろうか。
世の子どもたちが、がんばって「良い子」でいようとするのは、クリスマスにプレゼントがもらえるからでは無い筈だ。
現に、クリスマスプレゼントがもらえない子どもたちだって、世界中にはたくさんいるだろう?
「ご褒美」があるから「善いこと」をするのではない。
「良い子」でいても「ご褒美」がもらえるとは限らない。
「罰」があるから「罪」を犯さないわけではない。
「罪」を犯しても「裁き」が下されるとは限らない。
人が神の前に平等であるというのは、そういうことなんだ。
───けれど「撒いた種は刈り取られなければならない」
それもまた、神が定めしこの世の律法だ。
そう、記録によると……
君は「いじめられる奴にも、いじめられるだけの理由がある」
そう言っていたそうだね。
一理ある。
差別や貧困もそうだ。
差別される理由がある。
貧しい理由がある。
騙される理由がある。
虐げられる理由があり、奪われ、搾取され続ける理由がある。
弱いから。
力や、数で負けるから。
無知で視野が狭いから。
自ら考え、可能性を切り開く力に乏しいから。
───だが、その理由があるからといって。
いじめたり、差別したり、騙したり、虐げたり、奪ったり、搾取したり……
それを「行動に移す理由」には、ならないんだよ。
君は、人をいじめ、苦しめた。
その理由は、確かに相手にあったんだろう。
けれど……君はそれに負けてしまったんだ。
その「理由」という──悪魔からの根源的な誘惑に。
「弱肉強食」
ああ、確かにこの世界はほとんどがそうだ。
食物連鎖によって世界は流転している。
だが、自然界の多くがそうだからといって……
人もまたそうであって良いんだろうか?
「弱肉強食」「自然淘汰」それをこの世の全ての理として、是(よし)とするなら、それはもはや、人は動物や昆虫といった存在に過ぎないのではないだろうか。───いや、これは言葉のあやだった。動物も、昆虫も、微生物ですら、それぞれに「社会性」というものを持っている。人から見てそれは理解できなくとも、彼らには彼らのスケールで、道徳も、倫理も、秩序も存在するからね。
───だから「悪い子」というのは、それ以下の存在なんだ。
人は、自らが人であろうと「人間」であろうとしなければならない。
ただ生まれ落ちただけでは、誰もが「人」ではないんだ。
もちろん、その環境は誰にも選べない。
その点においては、天に在(おわ)す神は、平等だ。
胸に手を当てて、これまでの人生を振り返ってみるといい。
───君は「悪い子」だったね。
君は、生まれつき健康で、力が強く、頭も良かった。
容姿にも恵まれているね。
だから、勘違いしてしまったんだ。
優れた自分の為に、他人を蔑(ないがし)ろにしても良いと。
他人を利用し、軽んじ、弄び、嘲(あざけ)り誹(そし)り、尊厳を踏みにじり、傷付けても良いと思ってしまった。
「良い子」でいられる可能性は、いくらでもあったろうに。
取り返しのつかない過ちを………多く犯してきたね。
だから、今日。この日。
これまでの分も合わせて、君にプレゼントがあるんだ。
ブラックサンタからね。
まずは「健康」を損なうプレゼント。
自律神経を狂わせる素敵なおもちゃがあるんだ。
頭痛、めまい、吐き気、倦怠感。
この世のありとあらゆる不快感を日々感じられるように贈ろう。
生きているということを、これまでになく実感できるだろう。
そして他人よりも優れた「力」を発揮できなくなるプレゼント。
その体格や、スタイルを作り替えてしまおうね。
これから先、似合う服に困るかもしれないけれど、サイズは色々ある。
「容姿」を破壊するプレゼントもある。
君がこれまで軽んじ蔑んできた、まさにその容姿になれるよ。いや、それ以上に。この世の誰にも似ていない、唯一無二の、個性的な容姿になれるだろう。
君が今まで、他人に与えてきた「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「屈辱」「怒り」それらに近い相応のものを、プレゼントしよう。
時間はかかるかもしれないが、心配いらない。
命まで取るつもりはない。
このクリスマスが終わるまで、ゆっくりと受け取って欲しい。
さあ、ブラックサンタの仕事を始めよう。
メリークリスマス。
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