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甘やかされれば。【ショートショート】【シロクマ文芸部】
ハチミツはゆっくりと匙から垂れ落ち、佐藤の口の中へと流れ込んでいった。垂らしたそれをじっくりと舌の上で味わいながら、再び匙を瓶底へと沈める。
「これが止められねぇんだよな」
持ち上げた匙から琥珀色の糸が瓶へと伸びる。
「そろそろ、プータローなんてやめたら?」
「なんで?」
「なんでって…そりゃ、いつまでも蜜を舐めていられるわけないだろ。そのうち底を着くぞ」
「大丈夫さ、蜜なんて俺が何もしなくったって勝手に溜まるから」
此奴は何も知らない。外で生きる事の大変さも、周りのおかげでその蜜が食えていることも。
きっと今頃、外の養蜂箱では働き蜂が飛び回って、此奴のために必死で蜜を集めている。いや、きっと蜂達は此奴の為だなんてこれっぽっちも思ってはいなくて、自分達の生活の為に働いているんだろうけど、その蜜の大半が何もしていない此奴の腹の中に納まっていることを誰も知らない。
「なぁ、少しでも蜂のことを考えたことはあるか」
「蜂?蜂のことなんて考えたって仕方ないだろ。蜂の気持ちなんて分かるわけないし、考えるだけ無駄だね」
それから佐藤は父親の死後、その跡を継いだ。プータローだったあの頃と何も変わらないまま。
蜜を一生懸命に集めてくれるニホンミツバチは外的ストレスに弱い。こんな劣悪な労働環境で働けるほど、佐藤やこの巣箱に恩も義理もないのだ。
こうして、ニホンミツバチは逃去した。
ハチミツが採れるのは、そこに蜂がいて、蜜を集められる環境があってこそだ。
佐藤はまだそれを知らない。
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