居場所。(後編)【短編小説】
今回の小説は上記の短編小説『居場所。』の後編となっております。
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朧月が照らす夜。夜行バスの道中、休憩時間のパーキングエリア。微かな街灯の明かりの下、虚ろな目をしてベンチに座るケンに1人の男性が近づいてきた。男性はケンの様子を伺うように声をかける。
「あの、大丈夫ですか?バスで酔っちゃいました?」
ケンの顔を少し覗き込むように軽く腰を落とした。
「いえ、大丈夫です。少し考え事していて…」
「あ、そうだったんだすね…なんだか辛そうに見えたので…」そう言うと、男性は同じベンチへ腰掛け、コーヒーを啜った。
「すみません、ご心配おかけして…」
「いえ、まぁ、1人だと色々考えちゃいますよね…、私もこういう1人の時は色々と良くない事ばかり考えちゃいます…」
男性はどこか遠くを見つめているようだった。その目はなんだか少し淋しさを抱えながらも、しっかりと前を向いているように見えた。ケンは自分とどこか似たような空気を感じる彼に自然と自らの心の内を話し始めた。
「そうですよね…僕も、どうしても忘れられない人がいて…、数年前に亡くなってしまったんですけど、その彼女と暮らしていた家を今回、引っ越すことにしたんです。今思うと、なんだか彼女の存在を捨て去ってしまうみたいで…これで本当に良かったのかなって…今更そんな考えばかりが頭を巡ってしまって…」
「そうだったんですね…。実は私も以前までは似たような状況でした…」
そう言うと、男性は自分の置かれている現状をケンに話し始めた。どうやら彼は、唯一の家族である愛犬をつい数ヶ月前に亡くしたばかりだった。そして彼もまた、ケンと同じくこの町から引越しをするつもりで、この夜行バスへ乗車していた。
「それで、私も迷っていました。あなたと同じようにこのままこの思い出のある家を出ていいのかって…なんだか愛犬との思い出まで捨てていくようで…だけど今はそんな事ないんだ、前に進んでいいんだって思えています。」
「なんだか本当に似ていますね。僕は前に進むって決めたのに、まだ自分の気持ちが整理できていないんです…まだ気持ちが追いつけないでいる…」
ケンにとって同じような悩み持つ彼は、まるで合わせ鏡のように自分自身を見ているようだった。
「私も1人で考えていた時はそうでした。でも、周りの支えてくれる人達が教えてくれたんです。愛犬の居場所や思い出は、今までいた家じゃなくて私の中にあるから大丈夫だよって。」
「そうか…そうですよね。」
「はい、きっとそうです。私達が忘れようとしない限り、私達の中にこれからもいます。そこを離れるからといって大切な存在を捨てたり消したりするわけじゃない。だから、思い切って前へ進んでいいんだと思います。私は大切な人達の言葉にそう気付かされました。」
そう優しげに微笑む彼の表情にケンはどこか安心感のようなものを覚えた。
唯一の家族を失った者同士、分かり合える苦しみ。それを乗り越え進もうとする彼の姿。彼を救った言葉は同じ境遇にいるケンにとっても暖かな一筋の光のようだった。ケンは心が救われ少し軽くなったのを感じた。
「そうだったんですね。なんだか、おかげで大切なことに気づけました。ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、少しでもお役に立てたのなら良かったです。そろそろ時間ですし、バスへ戻りましょうか。」
「あ、ほんとですね。すみません。長話しに付き合ってもらって…」
「いえ、お互い様ですよ。またいつか。」
「はい、そうですね。」
2人はそう話しながらバスへ戻った。
あの日、引越しを決めて以来、曇ったままだったケンの表情は、彼と話し終えた頃には穏やかな微笑みへと変わっていた。
ケンは自分の席へ着くと、後ろを確認し座席のリクライニングシートを少し倒した。横になり目を閉じるとあっという間に眠気に襲われ、夢の中へと入っていった。
そこは思い出のあの海辺。雲の切れ間からいくつもの光が差し、幻想的で暖かに輝いていた。少し離れた場所にミサキを見つけた。
ミサキはこれから前に進むところだった。ケンはミサキと一緒には進めないことをすぐに悟った。ミサキは目の前にある階段を一段のぼり、もう一段と足をかける。ケンはミサキを見上げた。今のケンには、そうすることしかできなかった。
ミサキは立ち止まり振り返ってケンを見て微笑んだ。しかし、ミサキを悲しげに見送ることしかできないケン。ミサキはそんなケンの元へ戻り、ケンを優しくそっと抱きしめる。ケンはそんな暖かな光に包まれ、まるで悲しみに暮れる心が浄化されていくようだった。
ミサキはケンの涙と頬をそっと撫で、ケンからゆっくりと離れていく。ケンはミサキともう交わることはないと感じた。ミサキは振り返らず進んでいく。
離れてしまうことに少なからず悲しさを感じてしまう。それでもミサキを見送るケンはこれまでとは違い、穏やかに微笑んでいた。ミサキの暖かな光はそんな微笑むケンの中に存在していた。
昨晩設定していた腕時計のアラームの振動で目が覚める。気づくと陽の光がバスのカーテン越しに差し込んでいた。どうやらよく眠れたらしく、時計の針はもうすぐ6時をさそうとしている。カーテンの隙間から外を覗くと、都会の街並みが広がっていた。
新宿のターミナルへ到着し、到着案内のアナウンスが流れる。バスにはまだ眠そうにしている人や、朝食を取っている人、降りる準備をしている人など、老若男女問わず様々な人がいた。
ケンが座席を立ち、周りの乗客を見渡していると、昨夜にパーキングエリアで話した男性と目が合う。お互い笑顔で軽く会釈をし、荷物を持って通路へ並ぶ。
乗車前とは打って変わって、この夜行バスで大切なことに気づけたケンの目はしっかりと前を向いていた。
ケンはバスを降り荷物を受け取ると、新たな場所へ向けて、迷いなくその一歩を踏み出した。
了.
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今回、参加したお題。
1)#豆島 圭さん
お題『#夜行バスに乗って』
2)#青ブラ文学部(山根あきらさん)
お題『合わせ鏡』
3)#シロクマ文芸部🐻❄️(小牧幸助さん)
お題『朧月』
一部引用させて頂いた実話。
#虎吉さん
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メインの小説はどうでしたか。
この後にデザートでもいかがですか。
ということで、私がこれを書くに至った経緯や意図、その時の思いや感情などを知りたいと思った方はぜひ以下リンク先の『お題と引用と伏線回収。【デザート】』を読んでみてください。
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