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あの頃に戻って。【短編小説】

 代わり映えしない日常。ミキはソファーに座り飲み物を片手にテレビを見る。斜め前には大型のクッションにダラけるように寝転がりゲームをしているユウトがいる。
 ユウトとはもう同棲して3年になる。彼は元々実家暮らしだったが、今は私が借りている家で生活を共にしている。
 平日の昼間は2人とも仕事へ行き、夜や週末は一緒に過ごす日々。過ごすと言っても大したことはしていない。
 「そんなにそのゲーム楽しい?」
 「んー、普通。ただの暇つぶしだし。」
 「ふーん。そっか。」
 生産性のない会話。沈黙とそれぞれの時間だけが過ぎた。

 まだ24歳だったあの頃。ユウトの方からアプローチを受けた。ユウトの好意は伝わったし、何より話していて積極的な彼の姿にミキも惹かれていった。
 それなのに…。
 「また今日も麻雀?」
 「別にいいだろ。楽しみなんてそれぐらいしかないんだから。」
 「今度映画見に行こうって言ったじゃん。」
 「映画くらい友達と行ってきなよ。」
 そう言うとユウトは部屋を出ていった。

 もうデートというデートはしていない。夜の方も数ヶ月ご無沙汰だ。たまに身を寄せて少し甘えたように誘ってみても、まるでやる気のない扱いで何も満たされはしなかった。

 倦怠期を脱せないカップル。

 それはもう分かりきっていた。
 このダラしない体つき。荒れた肌。ミキは鏡を見ながら自分の余計な肉をつまむ。ミキだけではない、ユウトも同じく体型を気にする事はなくなり、あの頃の面影は見る影もなくなった。

 初めの頃は少し太ったからといって2人の関係が悪くなることはなかった。むしろミキの体型が少しムチッとしたことにユウトは満更でもなく、夜は激しさを増した。ミキも幸せ太りだと気にも止めずユウトの反応が良いことを言い訳に痩せようとはしなかった。

 気を緩めていると、体重は増加の一途を辿った。それからというもの、現実逃避からミキは体重計に乗ることをやめた。
 そうやってこの荒れた顔とダラしない体ができあがったのだ。

 「ねぇ、私のこと、好き?」こんなことを聞いてしまう自分をミキは少し惨めに感じた。
 「まぁ、うん。好きだよ。」
 「なにその気のない返事。」
 「別に深い意味はないよ。」
 そういうと、ユウトは面倒臭さから逃げるようにその場を後にした。

 ミキも本当は分かっていた。自分やこの関係に自信が持てていれば、こんなくだらない質問なんて必要がないことくらい。

 「痩せよう…」ミキはそう自分に誓った。このままだとユウトに相手にされないまま、誰にも相手にされることなく人生を終える気がした。

 その日からミキはこっそりダイエットを始めた。ユウトから下手に勘ぐられるのが嫌で、彼に気づかれないように健康的な食事や運動をそれとなく生活に取り入れた。

 見えないところに付いた肉を日々鏡の前で確認する。少しずつだが体重は減っていった。

 「私、毎週木曜日は帰り遅くなる。」
 「何かあるの?」
 「仕事。」
 「そっか。大変だね。」
 ユウトは何も気づかず疑いもしなかった。それはミキにとって腹立たしくもあり、快感でもあった。

 木曜日はジムで理想の体を目指した。
 憧れていたスタイルに近づいていく、まるで心まで若さを取り戻せたようだった。

 その頃辺りからだろうか、ミキはユウトが麻雀で居ない休みの日、昼間のお風呂上がりに下着姿で部屋の中を彷徨うろつく時間が増えた。
 ミキは鏡の前や暗く反射するテレビの前を通る度、自分の体に見とれた。まるで甘美な姿を味わうように自分の体の隅まで確認し、深く息を吸った。

 自分の色気に誘われるように赤いリップを手に取り塗ってみる。なんだか魔法にかかったようだった。身支度をして家を出た。
 もう1人の時間は怖くはなかった。
 自信に満ちた足取りで映画や買い物へ行った。ミキは自分の時間を生きていた。

 ミキを見て振り返る男も少なくはなかった。
 それは更にミキを至極の世界へと導いた。

 「最近ミキ少し変わったね。なんか前よりキレイになった。」そういうとユウトはキッチンにいるミキの後ろに立ち、巻いた黒髪に指を通していく。ミキはその言葉を待ち望んでいた。
 「そう?ありがとう。」ミキは振り返る。
太ってからというもの、キッチンに立っていて、今まで1度も聞いた事のなかったその言葉にミキは満足したように心から微笑んだ。
 ユウトは優しそうな笑顔で機嫌良くミキの腰に手を回す。
 ミキはそんなユウトの手を取り彼を見上げるようにして言った。

 「ねぇ、ユウト、私たち、別れよう。」
 ユウトは眉をひそめて、まるで何か聞き間違えたかのように固まった。
 「え、どういうこと…」
 「別れよう。私、もうあなたとは居れない。」
 「え、急にどうして…」
 戸惑うユウトをミキは真っ直ぐ見つめる。
 「もう私に貴方は必要ないの。だから別れて。」
 ユウトの手は呆気なくミキの腰から解かれた。
 「ミキ、ちょっと待ってよ…急に、そんな…」
 壁に手を付き、もたれるようにユウトは言葉を失っている。
 「俺、ミキと別れたくない。」
 もう遅い。今更そんな言葉はいらないと思った。

 「もういいの。もうあなたとは終わってたの。」
 見返してやった。ミキはこの時を待っていた。自分が本当の女になるこの瞬間を。

 「荷物、まとめておくから、週末取りに来て。」
そう言って、戸惑うユウトを半ば強引に実家へかえした。

 ユウトを捨ててやった。あんなに惨めだった生活から抜け出せた気がした。
 玄関のドアが閉まると、ミキはくるりと向きを変え、腕を上げて大きく伸びをした。どこか清々しい気持ちになり、ミキの視界が晴れる。

 そうしてキッチンへ戻り、夕飯の支度をしながらミキは新しい男への期待を膨らませるのであった。




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メインの小説はどうでしたか。

この後にデザートでもいかがですか。

ということで、私がこれを書くに至った経緯や意図、その時の思いや感情などを知りたいと思った方はぜひ以下リンク先の『捨てれる男と居る理由。【デザート】』を読んでみてください。

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蒔倉 みのむし
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