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なんのはなしですか。【長編小説】33

 中華料理屋に入ると見覚えのある姿、パーカーにヘッドホン…またお前かー!
 宮下は思わず心の中で叫んだ。そして、隣にいた榎本へ耳打ちする。
「あそこに座ってるパーカーにヘッドホン。難民No.1の蒔倉です」
「なに、ここは2人で詰めるか。宮下、先に行け」
「分かりました」
 榎本に顎で使われるように4人がけのテーブルへ向かった。蒔倉の肩を軽く叩き話しかける。

「また会ったね、蒔倉さん」
 蒔倉は驚いた顔で酢豚を食べている手を止めた。
「宮下さん、いったい今週で何回目ですか」アハハと蒔倉が笑う。
 いったい今週で何回目?それはこっちのセリフだ。初めて会った時、週に2~3回とか言ってただろ。な〜にが2~3回だ。今日でもう4日目だわ!路地裏に入り浸ってんじゃねーか!
 宮下は静かに深呼吸をした。
「何回目だろうね。あ、先輩も一緒なんだけど、一緒の席でもいいかな?昼でお客さん多そうだから」
「あ、はい。いいですよ」
 蒔倉はまた酢豚を食べ始めた。

 宮下が榎本を席へ呼ぶ。2人は蒔倉と向かい側の席へと着いた。
「初めましてなのに、ごめんね。突然相席なんて」榎本は優しく話しかけた。
「いえ、大丈夫ですよ」蒔倉は軽く頭を下げた。
「宮下から何度か話は聞いてるよ。蒔倉さん、路地裏好きなんだね」
「え、何話したんですか、宮下さん」蒔倉がじっとりした目で宮下の方を見たまま「まぁ、路地裏は楽しいんで好きですけど」と笑って答える。
「そんなに大したことは話してないよ」と宮下も笑った。
 それから2人でメニューに悩んでいると、蒔倉が酢豚を食べながら言った。
「壁のホワイトボードに書いてある、うなぎ黒チャーハン。美味しいらしいですよ」
 自分は酢豚食っとるやないかい!宮下は蒔倉のボケについツッコミを入れてしまう自分に気がついた。ダメだ。奴のペースに乗せられている。
「美味しいらしいってことは蒔倉さんはまだ食べたことないんだ」宮下が訊く。
「ここ、初めてなんで。魑魅魍魎の大将が美味しいって語ってました」
 蒔倉はコニシから聞いたチャーハンの感想を伝えた。

「へー、そうなんだ。じゃあ、頼んでみようかな」
 それから2人はそれぞれ注文を終えた。
 先程、話にでてきた魑魅魍魎の大将といえばコニシだ。ということは、ここはコニシと繋がりのある店だったのか。コニシの顔の広さに宮下は恐ろしさを感じた。
「魑魅魍魎の大将さんってコニシさんの事だよね?」宮下が訊く。
「そうですね、コニシさんです」
 宮下は榎本を見た。榎本の目は、話を詰めろと言っているように見て取れた。
「コニシさんってどんな人なの?」
「ん〜なんですかね。掴みどころのない人?っていうんですか?」
 たしかに奴の記事もそうだった。
「あ〜それは分かるよ」宮下が答える。
「ですよね。でもすごい人情深い人なんです」
「へ〜そうなんだ。どんな所が人情深いの?」
「やっぱり、何より『なんの話しですか』って、どんな人が使ってもしっかり話を拾ってくれるところですかね」
 宮下達に緊張感が走る。
「その『なんの話しですか』を皆が使うのは何か原因がある?例えば信仰とか薬とか…」
 蒔倉は怪訝そうな顔をした。
「信仰とか薬?なんの話しですか」
 やはりそう来たか。シラを切るつもりか?それとも本当に…
「いや、やっぱり皆が使いだしたから、それなりの原因でもあるのかなと思って」宮下は顎に手をやった。

「強いて言うならコニシさんの努力と、それが『魔法の言葉』だからじゃないですか?」
 通信に出てきた例のキーワードか。まさかここで、その言葉が出るとは…
「努力?魔法の言葉?」宮下は顔を顰めた。
「はい。酒場『魑魅魍魎』の人達を1人残らず相手してますから並大抵の努力ではないですよ。それと『なんのはなしですか』ってめちゃくちゃ使い勝手が良いんです」
「この前の山根先生の放送でも同じこといってたな」榎本がポツリと呟いた。
「あ、見ました?山根先生の放送。やっぱり、そこに認められるってことはコニシさんすごいですよね」蒔倉は頷きながら話した。
「コニシさんはなぜそこまでしてタグを流行らせようとしたのか、蒔倉さんは知ってるの?」宮下が訊く。
「いや、私にも詳しくは分からないですね。明日、月曜日だし『なんのはなしです課』の通信が出ると思うのでコニシさんに聞いてみたらいいんじゃないですか?」
 たしかに『なんのはなしです課』通信は毎週月曜日に発行されている。
「そうだね、そうしてみようかな」
 蒔倉は最後の酢豚を食べると、思い出したように言った。
「あ、吉穂みらいさん達ならコニシさんについてよく知ってるんじゃないですか?コニシさんと以前、読書会をやってたので」
「吉穂さん?」
「はい。今表通りでやっている文学フリマに吉穂堂として出展してますよ」
「そうなんだ。ありがとう、蒔倉さん。あ、色々聞かせて貰ったし、ここは僕が奢るよ」
 宮下はそう言うと蒔倉のレシートを手に取った。
「え、いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走様でした」
 蒔倉は嬉しそうに店から出ていった。
「吉穂堂の吉穂みらい。午後から当たってみますか」宮下が訊く。
「あぁ、それがいいだろう」
 2人はうなぎ黒チャーハンをしっかり味わい、最後を口へかき込んだ。

「それにしても広いですね」宮下が辺りを見渡す。
「おい、また勝手にどこかに行くなよ」榎本が釘を刺した。
 表通りで開催中の文学フリマ。やはりこの街は書くことを主体としているため、規模も大きい。
 2人はブース案内のパンフレットを手に『吉穂堂』を目指した。

「あ、榎本さん、あそこじゃないですか?」
 宮下は少し離れたところにある黄色いポスターが掲げられたブースを指さした。
「そうみたいだな」
「なんか2人いますね。共同でやってるんでしょうか」
「この規模のイベントだ。1人では大変なんだろう」
 榎本達は、本がずらりと飾られている『吉穂堂』のブースへ来た。
 2人の女性が出迎えるように「こんにちは」と笑顔で挨拶をした。
 片方の女性は顎くらいの長さのボブで眼鏡をかけてダックスフンド(たぶんぬいぐるみ)を抱えている。
 そして、その隣にはややつば広の橙色のバケットハットを深々と被り緑の服を着た女性が立っていた。

「こんにちは、初めまして。蒔倉さんからお話を聞いてここに来ました」と宮下が伝える。
「え、蒔倉さんですか。それはありがたいですね」眼鏡の女性が言った。
「吉穂さんは…」
 宮下が2人の女性を交互に見る。宮下は思い出したようにすみませんと謝ると自己紹介をした。
「僕は宮下と言います。そっちにいるのが先輩の榎本です」
 榎本が「どうも」と軽く挨拶をする。
「宮下さんですね。私が吉穂みらいで、こちらがお手伝いしていただいてる海人さんです」
 海人も紹介に乗じて「初めまして」と頭を下げた。

 榎本は机に置かれていたカタログに目を通した。パラパラとめくっている榎本の手が止まる。宮下がカタログを覗き込むと、そこには難民であるコニシ木の子と青豆ノノのメッセージコメントが記載されていた。
 やはり、蒔倉が話していた情報は確かなようだ。確信した榎本が訊いた。
「こちらに載っているコニシさん。最近すごいみたいですね」
いやあ、あれ、あんなにすごいことになるとは…
 すると隣にいた海人が涼しい顔で話し出した。
「あれは私、最初からああなると思っていました。誰かが使ったら最後、すごいことになるって。だって、ものすごく便利な、魔法の言葉でしょう。強烈なパワーフレーズじゃないですか。完璧ですよ、あれは」
 海人はなせが誇らしげだ。もしや、海人も難民か?榎本の目が光る。
「海人さんも、コニシさんのことをよくご存知なんですね」榎本が訊いた。
「まぁ、吉穂さんと一緒にコニシさんを交えた読書会をこの前行ったので」
 なるほど海人も読書会に同席していたというわけか。
「そうなんですね。コニシさんとはどんなお話をされたんですか」
「今回は作家の大江健三郎さんについて、ですかね。その後もアンソロジーの企画の話とか、『なんのはなしですか』についてお伺いしたり、楽しませて頂きました」吉穂は笑顔で話した。
 やはりコニシの事や『なんのはなしですか』について詳しく知っている可能性が高い。

「コニシさんとじっくり対談なんて羨ましいですね。彼はどんな方なんですか?」
 吉穂はコニシとの出会いや、コニシが自分の本を何冊も買ってくれた事、その人柄などを話し、最後にこう言った。
頂いたものは返したい。私はこのコニシキノコイズムに感銘を受けました
 吉穂はまっすぐ榎本を見た。どうやら話していることは本当のようだ。
「そうだったんですね。このタグが流行ったことも、それに関連してのことだったんですか」榎本が訊く。「そうですね。初めは影響力が割とある人達が偶然同時にタグを使用し、その偶然に報いたい気持ちから、コニシさんは皆さんへのコメントや通信での記事紹介を始めたそうです」
 それから、その通信を面白がる難民が増えていき、「今この状況を全力で面白がる」というコニシの意気込みと情熱も合わさり、ここまでタグが広がったということだった。

「私もコニシさんがキッカケで小説を書き始めました。コニシさんは私の知る限りでは真正ほんもののハードボイルドなんです
 海人はそう言うとコニシのハードボイルドさについて熱く語った。
「コニシさんはみんなに勇気を与えてるんです。コニシさんに背中を押されてみんな書きたくなる。一生懸命に書いている記事に、面白くないものなど一つもない。コニシさんのその想いがみんなにも伝わっているんだと思います」吉穂も同様に熱く語った。
「なるほど、分かりました。お忙しいのにお時間取ってしまってすみません」
 榎本は一礼すると、吉穂堂のテーブルにある『音楽のように言葉を流す』を手に取り、机に代金を置いた。
「いえ、こちらこそ、聞いてもらっただけなのにすみません」と、吉穂も慌てたように頭を下げた。
「では、また」
 榎本達はそう言うと吉穂堂を後にした。

「榎本さん、僕達は色々勘違いしているかもしれませんね」宮下がぽつりと呟く。
「あぁ、そうだな。明日、コニシと話せば全てが分かるだろう」
 榎本は火を付けていた煙草を一服吹かせた。
「一応、新しい奴らを難民リストに追加しておきますね」
 そう言うと、宮下はパソコンでリストに打ち込んだ。

難民なんみんリスト』
 0.  (大将)コニシ木の子
 1.  (幻)蒔倉みのむし
 2.  (レジェンド)おすぬさん
 3.  (オヤジ)persi
 4.  (プリンセス)ミルコ
 5.  (読み聞かせ)優谷美和
 6.  (寝ぐせ頭)藤本柊
 7.  (酔っ払い)理生
 8.  (マスター)RaM
 9.  (親玉)potesakula
 10.(麗子像)青豆ノノ
 11.(先生)山根あきら
 12.(世界の)蒼広樹
 13.(WB社員)マイトン
 14.(寿司柄スカートネキ)ティコ&(ムックリ演奏ニキ)夫
 15.(受売うけうり講師)ナウシカ
 16.(賑やかし帯)いつき
 17.(書画)ねんねん
 18.(マッキー細)けい
 19.(AIイラスト)春永睦月
 20.(オールマイティ)3.7
 21.(ヤギさん郵便)羽根宮糸夜
 22.(ハードボイルド)海人
 23.(吉穂堂書店)吉穂みらい




次へ続く




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蒔倉 みのむし
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