卒業とタイムカプセル。【短編小説】
今回はシロクマ文芸部さんのお題【卒業の】で始まる短編小説を書いてみました。
今回もお題にそって春来達の日常を描いた連作短編小説『春夏秋冬・四季折々』をお楽しみ頂ければと思います。
《登場人物》
上都 春来
箕里 秋人
《登場猫》
小梅
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卒業の色に染まった教室。思い出の詰まった校舎。窓から校庭を見渡せば、あの頃の僕らが蘇り、今にも笑い声が聞こえてくるような気がした。
僕らは今日、この小学校を卒業する。
僕はその日、いつもより早く目が覚めて、そわそわと落ち着かない朝を迎えた。支度を終えて猫の小梅と遊びながら気を紛らわせる。今日はいつもより早くインターホンが鳴った。どうやら、そわそわしているのは僕だけではないみたいだ。
「おはよう。今日はかなり早いね。」
「いや、なんかどうしても落ち着かなくて。」と秋人は少し浮き足立っている。
「分かる。僕もなんか落ち着かなくて、いつもより早く目が覚めた。なんだろうね、この感じ。」と僕も味わったことのないこのそわそわをどうしていいか分からなかった。
学校に着くが、いつもよりもだいぶ早すぎて誰もいない。なんだか初めての空間に迷い込んだような、休日の学校にいるみたいな不思議な感覚だった。教室に入ると壮大な黒板アートが僕らを出迎えた。秋人はそれを見て少し興奮している。
落ち着かない気持ちのまま、とりあえず窓際にある自分の席に着いた。秋人も僕の隣の机に、まるで体格に見合わない潰れてボロボロになったランドセルを置いて座る。
もうこの机で勉強することはない。あの黒板に字を書くことも、このランドセルで登校することも。
「なんか、あっという間だったね。」
卒業おめでとう、と書かれた黒板を見ながら僕は呟く。
「そうだな、なんかあっという間だった。」
隣に居た秋人も、どこか遠くを見るように黒板の方を向いて言った。
6年間は長いようで短く感じた。数年前の記憶はまるで断片的だけど、それでも走馬灯にするには充分な程の思い出だった。
早く着きすぎたせいか、やることもなく持て余した時間をどうしたらいいのか分からず、椅子を漕ぎながら足をぶらつかせる。
秋人が何か思い立ったように席を立つ。
「今日さ、最後だし、久々に向こうの校舎も見に行かねぇ?」
そう言って僕のいる机の前に立つ。昔過ごした校舎か。
「いいかもね、最後だし、久々に行ってみるのも。」そう言って僕も席を立った。
僕らの学校は、2つの校舎があり、それらが渡り廊下で繋がっていた。そして、校舎ごとに遊具のある運動場が設けられていた。
3年生を過ぎてからは、登校する校舎が変わるため低学年の頃に通っていた校舎へは滅多に行かなくなる。その頃から運動場も変わるため、何かキッカケや役割がない限りは低学年の運動場は使えない決まりだった。
今日は卒業式、そして今は早すぎて学校にはほとんど誰もいない。
僕らは思い出を巡るように、そして宝物を探すように、通っていた学校の探検を始めた。
低学年の校舎へ行くまでの渡り廊下の左右には、音楽室や図書室、理科室など教科ごとに使う教室が並ぶ。僕らは教室ごとに置かれた物達を見てまわった。
まるでこっちを見ているような音楽家の肖像画達、ずらりと並んだ色々な図書の本、不気味で少し怖かった人体模型や骸骨の模型。
つい最近まで僕らの傍にあった物達が、なぜか急に少し遠くに感じて、思い出を遡るような感覚になる。
「学校の怪談ってあったよな。七不思議とか言われてさ。」と、秋人が人体模型を触りなが言う。
「あ〜、あったあった。七不思議ね。」
「でも、あれってマジ?てか俺、七個全部の不思議、未だに知らないんだけど。」と、秋人は笑っている。
「確かに僕も七個全部は知らない。」と、一緒に思わず笑ってしまう。
どの学校でもあるあるなのだろうか。未完成の七不思議。知らない不思議が七つもある不思議。それすら、僕らにとっては思い出になってしまう。
そう言って騒いでるうちに低学年の校舎へ入った。
懐かしい教室、懐かしい運動場、まだ卒業していないのに、そこにある物達はもう懐かしく感じるものばかりだった。
「こんなに机、小さかったんだね。」そう言って教室の席に着く。机と椅子に挟まれた足がキチキチで、6年の間にそんなに変わったんだ、と実感する。
「なんか全部が小さく感じるよな。」
机を撫でるようにして秋人が僕の方へ歩いてくる。
「うん。なんか知らないうちに僕ら大きくなってたんだね。あんまり気持ち的には変わらないのにね。」
「変わんないよな、いつも同じようにバカして遊んでさ。」
「どうせ秋人はこれからもバカするんでしょ。」
「ん、まぁ、たしかに。」と、少し笑いながら外を見る秋人に僕は微笑んだ。
「なぁ、久々にブランコ、漕ぎに行かねぇ?」
「えー、今から?」
「いいじゃん、ちょっとだけ。」
秋人の押しに負けて、低学年の校舎から上履きのまま外へ出た。
僕らの校舎の運動場にはブランコがない。その代わり低学年よりも広くてサッカーや野球ができていた。
久々のブランコがなんだか楽しくて、つい夢中になってしまう。秋人も隣で勢いよく立ち漕ぎして楽しんでいる。
僕は足を止めてブランコに座ったまま、少しだけ揺られながら辺りを見渡す。変わらないウサギ小屋と小さな砂場と溜め池。いろんな記憶と重なり、気持ちが少しだけきゅっとなる。まるで、そんな僕の気持ちを汲むように明るく気持ちのいい太陽と風が吹き抜け、木の葉と影を揺らした。
「秋人、そろそろ行くよ。」
僕は少し勢いをつけてブランコから跳んだ。
秋人も勢いよく跳ぶようにブランコから降りる。
「またいつか、遊びに来ようぜ。」
「そうだね、またいつか、必ず来よう。」
そう言って、僕らは笑いながら少し軽い足取りでいつもの教室へ向かう。
今日、僕らは卒業する。だけど、忘れたりはしない。今までありがとう。その気持ちを胸に。
きっとこの学校は、僕らの大切な思い出が沢山詰まったタイムカプセルだ。
了.
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メインの小説は堪能されましたか。
この後にデザートでもいかがですか。
ということで、私がこれを書くに至った経緯や意図、その時の思いや感情などを知りたいと思った方はぜひ以下リンク先の『卒業と私の思い。【デザート】』を読んでみてください。