映画「ブレードランナー」で描かれた”デジタルシティ”
映画「ブレードランナー」はデジタルな作品には見えないかもしれない。デジタル的というと例えば「マトリックス(※)」がある。デジタルテクノロジーが前面に出ているのでデジタル的。「ブレードランナー」は表面的にはアナログ感いっぱいなのだが、良く観察してみるとデジタルな未来世界を描いている気がする。
「ブレードランナー」って、どんな映画?
年代:1982年
分野:SF
撮影:カラー
時間:1時間56分(ディレクターズカット版)
物語をひとことで言うと
人間の管理から逃れた人造人間「レプリカント」を始末する役割を担った捜査官の話。
デッカード(ハリソン・フォード(※))は、急遽出頭を要求され警察署に連行される。彼は被疑者ではなく特別な任務に対応できる捜査官であったが今は退職している身。連行されたのは、複数のレプリカントが反乱をおこし脱走、地球に潜伏したためだった。
レプリカントは地球外での過酷な労働のために製造された人造人間だ。捜索の過程で現役捜査官が殺害され、デッカードに白羽の矢が当たったという。レプリカントの外観は人間そのもので見ただけでは識別できない。しかし、デッカードは一流の捜査官だった。
デッカードのような特別な能力を持つ捜査官、「ブレード・ランナー(※)」はレプリカントを見抜くことができる。デッカードはレプリカントを開発したタイレル社の社長に会いレプリカントが脱走した動機を調べるところから捜査を開始する。レプリカントの持つ力は人間を遥かに超え、制圧に向けた過酷な戦いが始まる。
想像していたのと違う未来に衝撃
未来の地球が無残な姿をさらしている。昔、1970年代に空想していた未来都市って、こんなイメージではなかった。SF作家の小松左京が描いた子供向けSF小説「空中都市008」が、私が未来都市と思っていた形だ。
ブレードランナーに登場する未来都市には超高層ビルが乱立しているが、地上は荒んでいて怪しい雨が降っている。都市のイメージは、新宿の歌舞伎町と都庁ビルが同じ地区に同居しているようにも見える。
巨大なネオンサインには「金鳥の夏」のようなCM映像が流れている。汚れ切った地上のはるか上を空飛ぶ自動運転車が走る。地上のラーメン屋(?)では、日本人だか日本語を操るアジア系かが不明の、無国籍そうなおじちゃんが食べ物の注文を取る。
ここは一体地球のどこなんだろう。確か米国のロサンジェルスが舞台だった記憶。しかし、そこがどこかは重要ではない。地球全体に、ここで描かれたような都市が拡大しているような描写なのだ。
はたして国が存在しているのかどうかも分からない。異様な世界観だと思った。監督のリドリー・スコット(※)はこの何年前かに「エイリアン(※)」を制作しているのだが、 「エイリアン」 も従来の宇宙冒険物とは全く違う。行ってみたくない宇宙だった。「ブレード・ランナー」は、暮らしたくない未来である。未来のイメージが破壊されたが、物語としてはとても面白い。
未来都市に楽園はあるのか?
「ブレード・ランナー」 に登場する超高層ビルの中は楽園ではないのだが、地上のようには汚れていなさそうである。おそらく、階層によって居住区が分離されている。貧しい人は地上近くに住み、そこは汚染されている。富裕層は浄化されている超高層ビルに住む。今で言う<タワマン>だ。
「ソイレントグリーン(※)」という映画も未来を描いているのだが、階層で居住区が分離されていた。 「ブレード・ランナー」では人類は宇宙にまで足を延ばしている前提となっている。地球からの移住も行われている。
海外で見た光景との符号
「ブレード・ランナー」の都市の光景に近いものを1980年代前半、中国のある町で見たことがある。町の中央には立派な近代的なホテルが建っており、内部は東京のホテルと変わらない。ところが一歩外に出ると猥雑で混沌とした街が広がっている。
車道には自転車が列をなして走り庶民が溢れかえっている。街並みは昭和30年代の下町のようだ。ホテルの利用者層とは明確に違う。ホテルだから、というような差ではなく、場所(居住区)によって階層が分離されていた。実はアメリカは同じ。日本は、今の所はどこでも比較的均一だ。
未来都市では誰でもが好きな所に住めるのではなく、 「ブレード・ランナー」 が描いたように階層により居住区が違うかもしれない。最近話題になっているDX(デジタル・トランスフォーメーション)の一角を占めるデジタルシティ構想は、設計を失敗すると、そんな事になっててしまうおそれがある。
もし、設計を失敗したデジタルシティができると、そこには特定条件にあてはまる人、居住条件を100%受け入れる人だけが住む事になるかもしれない。他の地区とは分離された特殊な居住エリア。デジタルシティの中は<楽園>で、あらゆる未来的生活が楽しめる。外は従来通りのアナログ的な町で進歩は止まる。
デジタルシティ、スマートシティ
そんな偏りが生まれるかはともかく、デジタルシティ、スマートシティはいずれ日本にやってくる。ヒントはここ、そしてここで見つかる。国をあげ優秀な頭脳集団が構想実現を進めている。「ブレード・ランナー」のような事になるはずはなく楽しみに待とうと思う。
設計が失敗した場合を予想しておく。例えば都市に自分の個人情報の完全な利用を許諾する(プライバーはない)とか、一定の生活レベルを維持できる階層(高収入)であるとか、特定職種(エンジニア、研究者、知識階級、財界人、官僚、医師、政治家)だったり、大企業や自治体勤務者に居住を限定するとかだ。その方が居住者間のセキュリティを保てる。だからより厳しい条件にする可能性も。「ソイレントグリーン」もそんなイメージだ。
人造人間が作られた背景
「ブレード・ランナー」 は原作も含め完全なSFであるが、偶然にも負の未来を予想してしまったのかもしれない。人造人間が作られた背景は、実は環境破壊である。未来の地球は環境破壊が進み、自然な生き物が(動植物を問わず)絶滅に瀕している事になっている。原作の題名にある「電気羊」は、人造羊の意味である。色々な生き物が人造される未来なのだ。
原作に描かれた未来世界には、確か天気予報の代わりに「放射能予報」もあった。<今日の放射能レベルは**でしょう>のようなニュースが流れる世界。そんな世の中になるわけがないと思っていたら、日本で実際にそんな放送が毎日のように流れた期間があった。311の後である。もし原作者が生きていたら驚愕しただろう。
未来は思わぬ姿でやってくる。事実は小説より奇なり。「ブレード・ランナー」に描かれた世界から、少しでも現実の未来が離れていければ良いと思う。
国境が消える未来を描いた?
デッカードがラーメンを注文するシーンがやはり面白い。日本語をそのまま流す事で異世界感を出している。人種、民族、国境が溶け込んでしまっているような未来都市像。日本人としてはリアクションがおかしいと思う以上に、国境が消えた後の世界が描かれているかもと思い気になる場面だ。
タイレル社の社長で、レプリカントを開発した天才技術者の描写も印象に残る。天才って自分の意図とは別の形で未来を歪めてしまうものかもしれない。この天才は根は悪人ではないのだが、結局は悪を創造してしまう。レプリカントを作る力があるなら、もっと別の事もできたのではないか?と思ってしまう。でも、それが出来ないのが人間なんだろう。
彼の良心は一つ現実化されていて、レプリカントに<ソニータイマー>的な仕掛けがある事。タイマーだけではなくリモート制御機能も追加しておけば良かったのにと思う。でも映画にはこんな落とし穴がないと、10分でお話が終わってしまう訳で。
<ソニータイマー> というものが本当に存在するのか私は知らない。都市伝説だと思う。
情景描写など:
超高層ビル(デジタルシティ的なもの)の造形、ビル間を走り抜ける空飛ぶ自動運転車のような乗り物、レプリカントの反応を分析する場面などの未来描写は印象的。未来世界の中にありながら、なぜか今よりずっと前の時代感を出している警察署の描写がアンバランスで面白い。
キャスト、監督、スタッフ、制作会社など
キャスト
出演:ハリソン・フォード、ルドガー・ハウアー、ショーン・ヤング
監督、スタッフ
監督:リドリー・スコット(「エイリアン」の)
音楽:ヴァンゲリス(2022/5/17死去のニュース)
制作会社、配給会社
制作:ワーナー・ブラザーズ
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