MMT本論:MMTはポスト金本位制最初の体系的な経済理論である(経済)

国民民主党玉木氏が提起した103万円の壁議論も新しいが、昨今の切迫した経済状況に対する政策は議論百出、百花繚乱の様相を呈している。その中である一定の新しい考えを持った「人たち」が存在していることにお気付きだろうか。それは「政府支出を国債で賄っても何も問題はない」という「人たち」である。遠回しにあるいは直接的に、彼らはそう主張する。例えばれいわ新選組の山本太郎氏は直接的に、冒頭に言及した玉木氏も「プライマリーバランス黒字化の延期」等の言葉で遠回しにそう主張しているように見える。
「人たち」と書いたのは彼らは連携しているわけではないからだが、しかしどうも一定の共通した考えを持っているようにも見えるのだ。彼らのベースにある理論をMMTと言う。今回はこの考えについて書く。

①「お金」の歴史

「お金」というものについて考えてみる。
中世以前は金貨がお金だった。金(ゴールド)には交換価値があるためそれがそのままお金として使われたわけだ。
それが中世末期〜近代に紙幣に変わった。紙幣は銀行に行けば金と交換することができた。だからやはり金の交換価値がお金を担保していた。この時代の中央銀行は金を大量に保有しており、金の保有を背景に紙幣の発行を行った。「金本位制」の時代である。
それが変わったのは1970年代である。アメリカが介入したベトナム戦争の長期化によりドルの対外流出とインフレが発生、それを通貨危機と見たニクソン大統領はドルと金との交換を停止した(ニクソンショック)。そしてまもなくこの停止は正式に「廃止」に代わり世界に波及した。金本位制の終焉である。
ここで金に裏付けられていたお金の価値が、何にも裏付けられなくなったのだ。
現代のお金がなぜ価値を持つのかは、いまだ「議論の途中」であり明確な答えはなく、つまり「謎」とされている

余談だがいまだに仮想通貨に対して「本源的価値はゼロでは?」という原始人がいるが、彼らに対しては「では日本円の本源的価値は?」と問い返してやればいい。どちらも価値の裏付けは謎だからだ。(その意味ですべての法定通貨は『仮想通貨』である。)というと「いや日本円は政府が発行してるという裏付けがあるでしょ」と言うかもしれない。仮想通貨サイドの考えを代弁して反論すると、政府がコントロールしている通貨のほうがむしろ危険である。なぜなら政府(つまり少数のエリート)がトチ狂った政策を打てば法定通貨の価値は簡単にアップダウンするからだ。あなたはどちらの通貨のほうが信頼できると思うだろう。

②主流派経済学は「古い」経済学である

金本位制が終焉を迎えた1970年代からまだ50年程度しか経っていない。金本位制をやめるとどうなるかについて、人類はまだ50年の知識経験の蓄積しかないのである。
問題は、現在の主流派経済学の諸理論はすべて金本位制の時代に書かれたものであることだ。これは大問題である。
アダム・スミス、マルクス、ケインズ、シュンペーター、あるいはリカード、マーシャルetc…経済学の大家とされる面々はすべて1970年代以前の人間である。
金本位制の終焉によってお金の意味付けは大きく変わった。しかし経済学の教科書は変わっていないのである。

③ポスト金本位制最初の体系的な理論

ここで登場するのがMMTである。
MMTは金本位制終焉後の最初の体系的な経済理論であり、ポスト金本位制における重要な洞察やテーゼが含まれている。
たとえば、
『中央銀行は本質的には無制限に通貨を発行でき、実質的な制約はインフレ率である。』
『政府と中央銀行は統合政府と考えることができるため、国債は借金ではない。』
『国債が自国通貨建てである限り、残高が積み上がっても破綻することはない。』
まるで封建社会下に登場した『リヴァイアサン』のような、経済の見方を180度変えるような刺激的なパンチラインが並んでいる。

④中央銀行は独立していない

「中央銀行の独立性」という言葉を学校で習うと思うが、実はこれは間違っている。中央銀行は独立していない。少なくとも日本においてはそうである。
日本銀行の筆頭株主(出資者)は日本政府であり、出資割合は50%を超えているからだ。
そこでMMTでは中央銀行を政府の子会社と捉え、「連結決算」すべきだと考える。

⑤国債は借金ではない

連結決算すると面白い結論になる。
政府は国債を発行する。その国債の最大の引き受け手は日本銀行である。
これは親会社子会社間の借入なので、連結消去される
そう、借金などないのである。

⑥日本財政破綻論のウソ

「日本の借金は◯百兆円を超えた!このままでは日本は財政破綻する!」
政府やマスコミはこのようなフレーズで国民の危機感を煽り、時に消費増税の理由付けとしてきた。
しかし結果としてはこれも嘘だった
中央銀行が引き受ける限り国債は破綻しようがないのである。

⑦吹き上がる『庶民』

さて、財政破綻論は嘘だとわかった。しかしでは際限なく国債発行しても良いのだろうか?
一部の人間は「良い」と考えた。彼らはいわゆる「庶民」であった。
彼らはシンプルにこう考えた。
「財政破綻しないなら国債発行できるじゃないか。国債発行できるなら減税できるじゃないか。」
彼らはMMTを減税に結び付け、「税は財源ではない」というスローガンを生み出した。
皆さんは『財務省解体デモ』が行われたのをご存知だろうか。財政破綻論と増税はセットとなり国民の生活を苦しめてきた。彼らはそのプロパガンダの元凶は財務省にあると考え、怒りをデモとしてぶつけている。

⑧避けられるMMTのレッテル

しかし、当然ではあるが無制限に国債発行しても何の弊害もないとはならない。MMTでも「インフレの制約を受ける」とされている。
「破綻はしないんだから無制限に発行して良い」なんていうゼロかヒャクかのシンプルな二元論では現実社会は動いていない
しかしそんな社会の複雑性が理解できる人間は実はそんなに多くはない。二元論しか理解できないシンプルな思考様式を持つ人間は多い。MMTはそんなシンプルな庶民を、減税という彼らに都合の良い政策にミスリードしている面がある。MMTは思考様式がシンプルな人間の『レッテル』になってしまっている。

※言葉を選んで書いているが、適宜「思考様式がシンプルな人」を神聖な二文字で読み換えても良い。

山本太郎氏や玉木氏について冒頭で言及したが、MMTについて明確に立場を問われると歯切れ悪く「うちはMMTとは関係ない」とか「MMTには問題があるからうちでは採用していない」などと言っているのを見たことがある。それはマイナスのレッテルで見られたくないからだろうと推察する。
(本投稿は『MMT』に対するマイナスのレッテルを覆したいという意味も込めて書いている。)

⑨世俗的MMTを論破する

さて、MMTは新しい理論であるため内容にはいまだ議論があり、MMT派の中にもかなりの立場のグラデーションがある。
(自称)MMT論者の中で最も多い間違いが「政府支出を増やせばGDPが上がる」というものだ。
GDPは付加価値生産の総和と定義されるが、製品の売却と購入は相対取引であるため支出の総和と見ることもできる。(加えて所得の総和とも一致する。これが三面等価の原則である。)
式で書くと以下になる。
GDP=C(民間の支出)+I(投資)+G(政府支出)+NX(純輸出)
「GDPは支出の総和」であるため政府支出Gを増やせば一般にはGDPは上がる。
一般にはね
政府支出でGDPが上がるためには2つの条件がある。
1つは支出の対象が国内であること。
輸入品への支出ではGDPは上がらず、むしろ下がる。(上式で言うとGは増えるがNXが減る。)
コロナ禍のワクチン購入がこれに該当する。ファイザーやモデルナのワクチンを何兆円購入しようが日本のGDPは伸びず、伸びるのはアメリカのGDPである。あるいは直近では政府は太陽光パネルへの助成を進めているが、中国企業製の太陽光パネルも助成の対象になっている。これも残念ながらGDP増ではなくマイナスをアシストしてしまっている。政府はわかっているのだろうか?

2つ目は生産余力があること。
生産能力はあるのに需要が足りていない状況では、政府の発注によって生産が増えてGDPが上がる。ケインジアンの基本的な考えであるが、日本はその条件に当てはまっていない
日本は人手不足の完全雇用状態である。
そこに政府が民間企業への発注を増やしても、企業は他からの受注を断ったり停滞させたりして政府の仕事をこなすだけである。(上式で言うとGは増えるがCが減る。)
少子高齢化で現役世代の人口が減っているのである。限られた労働力を政府が無駄遣いしてもGDPは増えない。現実が見えているだろうか。

⑩三面等価の原則、理解してる?

三面等価の原則についてもう一歩踏み込みたい。支出面から見たGDPの式にもう一度ご登場願おう。
GDP=C(民間の支出)+I(投資)+G(政府支出)+NX(純輸出)
このGは正確には「政府最終消費支出」を指す。年金や給付金の支出は含んでいないことに強い留意が必要だ。
そして『給付金を含まない』ことについてさらに深く理解するべきである。
たとえばある事業を政府が企業に発注するとする。国際的なスポーツ大会にまつわる事業なんかを想定しても良いだろう。
このとき本来10億円で済むはずの仕事を100億円で発注するとする。
100億円で受注した企業は90億円を中抜きして本来の金額である10億円で下請けに回す。
このときこの90億円は「政府最終消費支出」だろうか?それとも「給付金」だろうか?
政府統計がどう扱っているかはわからない。
しかし間違いなくGDPに含んではいけない金額である。
付加価値生産の金額は市場価値で測られるべきだろう。政府が市場から外れた金額で製品サービスを発注するとGDPの数値まで歪んでしまい何を表しているのかわからなくなってしまう。

⑪やはり国債発行は抑えたほうがいい

国債発行の話に戻る。
国債残高の増加は財政破綻の要因にはならないことについてはすでに述べた。
ただし「弊害はない」とは言えないことにも触れた。MMTの教科書ではインフレ率を国債発行の制約としている。これについてもう少し説明しよう。
国債発行をするとマネタリーベースが増加する。すると信用乗数倍マネーストックも増加するためインフレが起きる。ここで怖いのは、どの程度の国債発行でどの程度のインフレが起きるのかのデータは十分ではなく、また国債発行からインフレが起きるまでどの程度のタイムラグがあるのかも不明である点だ。
日本はコロナ禍の2020年に100兆円を超える巨額の赤字国債を発行しているが、その年にはインフレは起きていない。その翌年も60兆円程度の多額の赤字国債を発行したがインフレは起きていない。これをもって「国債発行してもインフレなんか起きなかったじゃないか」というMMT論者は多い。
しかし2024年の現在はどうだろう。ドル円の為替レートは?米の価格は?ホテルの料金は?
4年遅れてインフレが起きている。ある経済政策の影響が社会全体に行き渡るには時間がかかる。影響は長期で判断しなければいけないのである。
なのでやはり国債発行はできる限り抑えたほうがいい。無駄な政府支出を省く必要がある。日本にもDOGE省が必要なんじゃないか?
ちなみに主流派の考えとしては債務残高対GDP比を見る。主流派の考えとしても当然債務残高は小さい方が良い。

※コメント欄で突っ込みをいただいたので補足
日本がインフレターゲットを2%とするならば、マネタリーベースの年増加量がそれに一致する(2%になる)ように国債発行を行うことがひとまずの目標として妥当かなと思う。年20兆〜30兆円くらいがリーズナブルとなる。ゼロにしろと言いたいのではない。

⑫問題は国債残高でもインフレ率でもなく

さて、しかしそもそもなぜインフレは問題なのだろうか?
海外に良く行く人間なら行く度に物価が上がっていることに気付くだろう。特に東南アジアなんかは数年ぶりに行くとギョッとするほど物価が上がっており、それ以上に街が発展していることに気付く。
経済発展に伴った物価上昇であれば市民はインフレに苦しんだりしない。むしろ賃金が伸びることでiPhoneなどの高級な海外製品を買えるようになり国民は豊かになる。
つまり問題となるのはインフレ自体ではなく、経済成長がインフレ率を下回ることだ。GDPが上がればインフレは問題とならない。
債務残高対GDP比も、債務残高以上にGDPが上がれば小さくなる。問題はGDPである。

⑬GDPを上げる処方箋

そういう意味で国民民主党玉木氏の103万円の壁撤廃案は素晴らしい。非常に筋の良い政策だ。単なる減税案ではなく労働を振興する政策だからだ。
労働を振興しなければGDPは上がらない。
生産=労働生産性✕労働力
GDPは付加価値生産の総和であるが、生産は労働生産性と労働力の積である上式で表される。
GDPを上げる処方箋は「良く働く」ことだ。

⑭働かなくなった日本人

「でも日本人は働き過ぎなんじゃなかったっけ?」と思われた方、古いっす。マジで。
日本人は間違いなく働かなくなった。
そもそも祝日が他国より多い上に有給消化の義務化や推奨、36協定遵守や正確な打刻を徹底するムードの醸成などで日本人の労働時間はめちゃくちゃ減っている。
恐ろしい事実を言うと、日本人の労働時間が減り始めた時期と日本が長期不況に突入した時期は一致している。
日本はそもそも何も資源がない中で、国民が一生懸命働くことで経済発展してきた国だということに立ち返る時期が来たんじゃないかと思っている。

⑮労働生産性を上げるシンプルなノウハウ

というと、「いや労働力ではなく『労働生産性』の方を上げれば良いのでは?」と思うだろう。
そんなあなたに良い経営学上の知見を授けよう。それは『経験曲線効果』『学習曲線』である。
労働生産性は「経験を積めば積むほど」上がる。これが経験曲線効果だ。
そしてそれは労働者が「数をこなすことによって効率的なやり方を学習するから」だ。これが学習曲線である。
労働生産性を上げるためには数をこなさなければならない。やはりハードワークから逃げることはできないのである。

⑯最後に軽い提言

さて、MMTの概要と(私なりの)批判論、そして両者を踏まえた日本経済成長の方策について書いた。
最後にいささかMMTの話からは脱線するが、GDP上昇のための私案として、リスキリング減税を提案したい。
日本は社会人の勉強時間が世界ワーストだと言われている。これは転職文化のなさと表裏一体かもしれない。
終身雇用制の元、マッチしない職場に愚痴を言いながらダラダラと居座るのは労使双方の不幸だろう。
雇用の流動性は経済成長と強い関係がある。なぜなら成長産業がタイムリーに成長するには、必要な人員をスムーズに確保できる環境が必要だからだ。
社会人のリスキリングを奨励し、転職文化を醸成することが日本の経済成長につながる
そこで社会人のリスキリングに関わる費用を所得税から控除できるような制度を政策提言したい。ふるさと納税に近い仕組みで実現可能だろう。

補項1:麻生氏の慧眼

前回アベノミクスについて書いたが、アベノミクスを支えたキーマンのもう一人が安倍政権下で財務大臣と副総理を兼務した麻生太郎氏である。彼は自民党野党時代の2012年に、支持者向けの内輪のパーティーの演説でこんな発言をしている。
「国債は国民の借金じゃなく国民の資産」「日本が発行しているのはすべて円建ての国債、(返せなくなったら)刷りゃいいじゃないか」「国債残高は上がってるのに金利は下がっている、経済理論とは違うことが起きている」
驚くべき慧眼である。麻生氏は日本の国会議員で誰よりも早くMMTのエッセンスを理解していた。
(YouTubeで当時の演説を観ることができる。検索ワードは考えればわかる。)

補項2:MMTとザイム真理教

上の方で書いた「財務省解体デモ」のキーフレーズに「ザイム真理教」という言葉がある。
この「ザイム真理教」という言葉はもともとは経済評論家の森永卓郎氏の著書のタイトルであるが、財務省批判のキーフレーズとして一人歩きしている。
この概念について説明したい。
著書の内容はMMTのエッセンスと共通する内容を含んでおり、たとえば財政破綻論のウソなどにも触れているが、この本の最も重要な論点は、
政府が増税を続けてきたのは、経済理論に基づいたものではなく財務官僚の社内政治のためだった」という点である。
曰く、増税に成功した財務官僚は出世し、減税させられた財務官僚は出世できない、と。
曰く、日本が30年間経済成長できなかったのは、そんな財務省のプロパガンダに国民も政権与党も洗脳され支配されてしまっていたからだ、と。
この「事実」に対して国民は財務省に怒りの叫びを上げているわけだ。
さらにこの財務省元凶論は支持を広げており、複数の経済学者や、国会でも自民党の西田議員などが財務省批判の声を上げている。
私個人としては市民活動としての財務省解体デモは(活動家にまともな経済理論に基づいた議論ができる人間がいるとは思えないという点で)応援しないが、学者サイドや議員からのアプローチには賛成である。
オープンな場で議論を積み上げてより良い政策判断につなげて欲しい。

補項3:ハイパーインフレの条件

国債発行を続けたらハイパーインフレになるんじゃないかという懸念を示す人間は多い。
これを言う人はインフレとハイパーインフレの違いがわかっていない
インフレは単に通貨の希薄化に応じたものである。これに対しハイパーインフレはバンドワゴン効果により売りが売りを呼ぶことによる加速度的な価値の下落である。
どういうことか。
たとえば来月になったら米の値段が5割上がるとわかっているとしよう。そうなれば市民は米を今すぐに買おうとするだろう。米を今買いたいという市民が殺到すれば、需給バランスが動くため来月を待たずに米の価格は上がる。すると政府は急激な通貨需要の増加に対応するために通貨発行を行わざるを得なくなるため(あるいは信用創造により)通貨の希薄化が起き、来月の米の価格はさらに上がる。これが繰り返されることで加速度的に物価が上昇=通貨価値が下落するわけだ。
これは「来月米の価格が5割上がる」などの、最初に経済に大きな変化をもたらすトリガーが必要で、そのトリガーは歴史的には戦争であることがほとんどだ。
日本はハイパーインフレの条件に当てはまるのか、良く考えていただきたい。
国債発行により確かにインフレは起きる、それは間違いないのだが、懸念するようなハイパーインフレが起きるかどうかは別問題である。
レッテルで危機を煽るのではなく冷静な議論が必要だ。

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