MMT序論:アベノミクスが志したもの(経済)

①今も語られる安倍晋三という男

「かつて日本の総理大臣だった安倍晋三という男、彼はアベノミクスという政策で本気で日本を元気にしようとしたんです!本気でそう思っていた!彼は真剣だった!」
安倍元首相を演説の中で熱を込めてそう評したのは国民民主党幹事長、榛葉氏である。
安倍元首相というのは非常に賛否が分かれる政治家であるが、「志を持っていた」という点では評価が一致するのではないだろうか。
今回はMMT解説前編として、MMTと関わりの深いアベノミクスという政策について論じ、彼を再評価したい。

②1枚のメモ

これはだいぶ後になって明かされた裏話であるのだが、アベノミクスは当時学習院大学教授であった岩田氏が、下野し野党となっていた自民党の総裁であった安倍氏に見せた『1枚のメモ』から始まっている。下に添付するので眺めていただきたい。

岩田氏のメモ(NHK特番より)

メモの内容は、いくつかのアクションや結果が矢印でつながれ、最終的にはデフレ脱却がゴールとなるフローチャートになっている。
安倍元首相と岩田氏、そして後に日銀総裁となる黒田東彦氏は、この1枚のメモ、このひとつなぎのフローチャートを『ワンピース』として同じ船に乗ったのである。ありったけの夢をかき集めて…
この「邂逅」から間もなくして安倍氏は総理大臣に、岩田氏は日銀副総裁に、そして黒田氏は日銀総裁に就任する。
1枚のメモが日銀のトップ人事を動かすのだ。志のなせる業である。
次項よりこのフローチャートの意味やなぜデフレ脱却すると『良い』のかなど、アベノミクスの目指したものを解説したい。

③アベノミクスは何を目指したか

フローチャートには前後や途中の説明を欠いた部分があるため私が補完解説する。私の補完解説について「お前が勝手に言ってるだけだろ?」と思うかもしれないが、その時は適宜元のフローチャートに戻ってご自身で整合性を確認していただくと良いかと思う。私としてはあなたの理解が深まれば幸いだというスタンスである。それでも異論等あればコメント欄に是非書いていただきたい。
さて前置きは以上にして、アベノミクスは4つの理論に分解できる。そしてその4つの理論はそれぞれ依存関係にあり、4つが連動して連鎖的に起こることで経済成長するという建て付けになっている。今回はアベノミクスを四重の塔に見立て、4つの理論を塔の◯段目として以下に書く。
1段目:マネタリーベースを上げればマネーストックが上がる
2段目:マネーストックが上がれば物価が上がる
3段目:物価が上がれば企業は投資を増やす
4段目:企業の投資が増えれば経済成長する
以下それぞれを順に解説する。

1段目:マネタリーベースを上げればマネーストックが上がる

マネーストックは市中で流通するお金の総量で、マネタリーベースは中央銀行が発行したお金の総額である。マネタリーベースとマネーストックの関係はシンプルな以下の式で記述される。
マネーストック=信用乗数✕マネタリーベース
一般に中央銀行が発行した総額以上のお金が市中では流通する。それは民間の銀行が預金として集めたお金以上のお金を貸し出しているからであるが、このようなことは通常行われており「信用創造」と呼ばれる。この信用創造の度合いは、マネタリーベースとマネーストックの比率で定義される信用乗数で示される。
上記の式に従えばマネタリーベースを上げればマネーストックは上がるのである。

2段目:マネーストックが上がれば物価が上がる

これは説明するまでもないかもしれない。マネーストックは世の中に流通するお金の総量である。これが増えればお金の価値が下がりインフレが起きる。

3段目:物価が上がれば企業は投資を増やす

物価が上がるということは現金の価値が下がるということであるため、多額の現金を長期間保有すると価値が目減りし損をする。よって企業はインフレ下では現金の保有水準を下げ、設備や研究開発への投資を進める

4段目:企業の投資が増えれば経済成長する

これも説明するまでもないかもしれない。
企業は設備投資や研究開発への投資を行うことで事業が拡大し、新製品や新サービスが生まれて消費も拡大し、日本経済に好循環が起き成長する。

④アベノミクスは成功したか

さて、上記解説を読んでどうだろうか。アベノミクスは上手くいきそうだと思っただろうか。論理は通っているように見えるが…
歴史の結論からいうとアベノミクスは上手くいかなかった。経済成長は達成されなかったのである。
ではどこが間違っていたのか。問いを変えればいったい何段目が間違っていたのだろうか。

⑤実際に起こったこと

結論から言うとマネタリーベースを上げてもマネーストックは(ほとんど)増えなかった
なんと1段目が間違っていたのである。
1段目が間違っていれば、それ以上のことは起こらない。まったく何も。四重の塔をモチーフにすると言ったが、1段目建造の途中で問題が発生しているのだ。2段目より上は建造途中の何かさえ存在し得ないのである。

⑥信用縮小が起きていた

しかしマネタリーベースを上げてもマネーストックは増えないとはどういうことだろう。
マネーストック=信用乗数✕マネタリーベース
この式は正しいはずでは…
なんと信用乗数は定数ではなかったのである。
日銀がマネタリーベースを上げたとき、マネーストックを一定にするかのように信用乗数が下がった。
日銀は国債の買いオペを繰り返すことでマネタリーベースをどんどん増やしていったが、その度に信用乗数がどんどん下がっていった
多くの人が信用乗数が定数でマネーストックが変数だと勝手に思い込んでいた。しかし逆だったのだ。マネーストックが定数で信用乗数が変数だったのだ
これが実際に起きたことのすべてである。

⑦祭りの後

さて、アベノミクスの最初の5年間で、マネタリーベースは300兆円以上増大し、アベノミクス前の4倍以上になった。
その後コロナが起きマネタリーベースはさらに増え続けた。
その間に信用乗数は7倍前後から2倍前後にまで下がっている。
信用乗数2倍割れ、これは前代未聞の水準だと思う。
信用乗数というのはマネタリーベースの変動に対するバッファの役割をしている。
前項で信用乗数は変数だったと書いたが、マネタリーベースが上下してもすぐにはインフレやデフレが起きず、実体経済が安定するのは、信用乗数が自動車のサスペンションのように伸び縮みしてくれるからである。
その信用乗数が2倍割れしている。
通常考えたら1倍未満にはならないだろう信用乗数が、その1倍近傍にまで下がろうとしているのである。そうなればもうバッファの役割は果たすことができない。日本経済はサスペンションのない自動車のように、少しの外乱でガタガタと音を立ててコントロールを失うだろう。
信用乗数2倍割れというのはそのような世界の到来を意味する数値である。
アベノミクスという「お祭り」の後に何が残されたのか。
祭りの後、順番を変えると「後の祭り」である。

信用乗数の長期推移(出典下記URL)

補項:研究開発費は投資か?
上で何の断りもなく書いた「研究開発への投資」という言葉に「コイツ会計エアプか?研究開発費は投資じゃないんだが」と思った方は真面目な会計マンである。確かに会計上研究開発費は投資には含まれない。しかし真面目であるということは視野が狭いということに極めて近い。もともとの語義を考えると投資とは「投下資本」を意味する言葉であり、支出内容を限定するニュアンスはない。実務でも事業判断のためにROI(投資利益率)の試算を行うときは当然研究開発費や広告宣伝費等の費用項目も含めて計算する。(含めないと事業案を正しく比較できない)

いいなと思ったら応援しよう!