1杯のコーヒーが世の中を救う⋯かもしれない話。

小さい頃、コーヒーを飲むと背が伸びないということで、20歳まで飲んではいけないというルールがあった。
コーヒー牛乳はギリセーフ。

そんな幼少期だったが、今では毎日必ずのんでいる。
今更背が伸びる訳では無いので、思う存分飲んでいる。
毎日のように同じものを買うので、すっかり店員さんに覚えられてしまっている。
言葉にしなくとも、これでいいですよね?とサラッと先読みしてもらっている。
それくらい飲んでいる。

但し、飲みすぎると、眠れなくなる。そのくらいだ。

それなりに美味しければいい。

それが根底にあるので、それがいつも基準。

先日、コーヒーにこだわり抜く人が、ミルでコーヒー豆を引いて、コーヒーを入れていて⋯ふるまってくれた。
コーヒーは少し苦めがいい。酸味はコーヒーに限らず、得意ではない。


ミルがコーヒー豆をひく音がひっそりと時々響いてはいたけれど⋯1杯振舞ってくれた。
コーヒー談義はいつもながらマニアックで、こだわりが強い。そんな人が渾身の1杯を作ったら⋯。


香りよしっ👍

味⋯めちゃくちゃよし✌️

少し熱めのコーヒーだけど、ホッとひと息が深くなるほどの美味しさ。

なんじゃこれ?!位の深い味わいに身体の力が抜けてしまう程の癒し系のコーヒーだった。

1口だけじゃなく、2口⋯3口⋯完璧なる癒しにつつまれる。
切羽詰まっての仕事なんてーって思うほどのコーヒー。


美味しすぎるコーヒーに出会ってしまった。
そんな感じ。

もう二度と再会は無いかもしれない。


同じコーヒー豆を使ってミルでひいて入れるコーヒーは、またいれる人により味は変わってしまうかもしれない。


でも、きっと、人生の中で出会ったコーヒーの中で、たぶん自分の中での話だか⋯1番美味しく感じた。

そんなコーヒーに出会えたことが良かった。

ただ⋯どこの段階でこのコーヒーが自分の中での1番になり変わる要因かわからないが、もしかしたら、この先、自分の中での1番が変わる日が来るきもしれないが、とりあえず今の1番は、紙コップに注がれたコーヒー1杯。

だからね、きっと、コーヒー1杯が誰かを癒し、誰かの心を救うことがあるんだと思う。

美味しいコーヒーは美味しい。









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