季節の博物誌 4 コオロギ
子供の頃の、ある秋の日の出来事である。夜遅く、すっかりぬるくなってしまった風呂に入っていると、どこからか一匹のコオロギが風呂場に入って来ていて、部屋の隅で鳴き始めた。もう晩秋の季節で、家の外に鳴く虫はいなかった。水音を立てると、その瞬間は鳴き止むが、すぐにまた鳴き始める。初めは仲間などいるはずのないこんなところで寂しそうだなと思っていたが、ずっと耳を傾けていると、そのコオロギの歌が、長い夜をたった一匹でいることを心ゆくまで楽しんでいるように聞こえてきた。
秋に鳴く虫の中にはマツムシやスズムシなどもっと美声で鳴く虫は沢山いる。子孫を残すパートナーに向けて声高に、美しく歌を歌ってアピールしている。しかしコオロギの声だけは呟くような声で、独り言を言っているように聞こえる。(別にだれも聞いていなくてもいいんだよ。わたしは歌いたくて歌っているだけだから。)という具合に。「孤独を楽しむ」という心境が分かるにはその時はまだ幼なすぎたが、一人で遊んだり、考えごとをするのが好きだった私に、コオロギは好ましい虫に思えた。その夜のひんやりした肌寒さと、ぬるいお湯の感触と、ルリリ、ルリリと小さな彫刻刀で空気を削っているようなコオロギの声を今でも思い出すことができる。
コオロギはどこにでもいて、夜だけでなく昼間も鳴いていたから、捕まえたり、ポケットに入れたりして遊んだものである。(今はもう触れないが。)しかし飼ったことが一度もないのは、それだけありふれた虫だったからだろう。あの頃の秋の一日を思い出すと、日の暮れの校庭にも、学校の帰り道にも、読みかけた本のページにも、寝ころんだ畳の目にも、いろいろな記憶にコオロギの声が染みついていて、思い出の陰影をより濃くしてくれる。
遠い昔、私が風呂から出て電灯を消した後も、コオロギはずっと鳴いていたはずだ。今でも鳴いているような気がする。
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