季節の博物誌 12 百日紅と雨雲
七月の上旬、梅雨明けの発表もまだだというのに、猛暑がやってきた。特にこの二三日は暑さの頂点で、体力を奪われる気温が続いた。それが少しだけ落ちついた日の昼、用事があって外出した。
近所の住宅街を歩いていると、よその家の庭に、百日紅の紅い花が咲いているのに気づいた。百日紅は夏の酷暑や渇水をものともせずに秋まで咲き続ける。気温三十五度を越えた真夏の真昼、街角に人の姿が絶えて、影のない景色がしんと静まりかえってしまう時間がある。そんな時も百日紅の花だけは、紅い炎が静かに広がっていくように咲き続けて、その勢いは時に怖いほどである。その百日紅が、早すぎる猛暑を歓迎するように咲き出していた。今年もまた長い夏が始まるのだ。毎年この季節を乗り越えるのは大変だというのに、百日紅のあの生命力はどこから来るのか。ぼんやり考えながらバス停に着いた。
バスを待っていると、急に頭上が暗くなってきた。見上げると、雨雲が近づいている。青空に浮かぶ白い積雲の下に、灰色の低い雲が流れてきて、二重の雲の層が出来ている。観察していると、高い空の積雲の下を、雨雲がせわしない早さで動いて、先端が絶えず形を崩しながら生滅を繰り返している。その辺りの空が銀色に泡だっているようだ。上空で大気が激しく動いているのがわかって、思わず息をのんだ。
灰色の雲を見上げていると、ついさっき見た百日紅の紅く咲き広がる様を思い出した。
ひょっとすると、今あの空で生まれているエネルギーを、百日紅の木は糧にしているのではないだろうか。そして毎年夏の夕立が降り、雷が鳴るたびに、百日紅の生命力は妖しく増していくのだ。一時の妄想にすぎないとわかっていても、そんな考えがしばらく頭から離れなかった。
風が吹き、遠くから雨の匂いが近づいてきた。夕立に降られる前にバスに乗ることができるだろうか。
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