新学期3
部屋に戻ると僕はカッターを手にした。
一本、また一本。
手首に血が噴き出す。
自動人形(オートマタ)のようにリストカットをくり返す。
次の瞬間、勢い余って深く切りすぎてしまった。大量の血にまみれながら、僕は意識を喪った――……。
*
意識を取り戻した僕は、頸(くび)を巡らして、あたりを見回した。
「気がついたか?」
「ハインリヒ、どうして?」
長髪の保健医は優雅に脚を組みかえた。
「ミハエルに感謝するんだな。もうちょっと発見が遅れてたら、失血死するところだったぞ。おおかた、勢い余って、と云うところだろうけどな」
「ミハエルが?」
「リヒャルドになにかあったんぢゃないか、って俺を叩き起こしやがった……!」
「ミハエルは?」
「帰したさ、お前の処置がひと段落した時点で。とり乱し方が見ちゃいられなかったからな。あの様子ぢゃリヒャルドが死のうとしたと思い込んでるだろうさ、」
「悪いことをした……」
「ミハエルとなにがあった?」
不意に真顔になったハインリヒが訊ねた。
「少し行き違っただけだよ、」
「ふうん、ま、いいや。少し眠れよ」
「ありがとう、ハインリヒ」
引き込まれるように、僕は眠りに墮ちた――……。
*
3日ほど学校を休んで、4日目。僕が教室に入ると、いつものようにクラウスが寄ってきた。
「熱は下がった? リヒャルド。性質(たち)の悪い風邪だって聞いたよ、」
ハインリヒの配慮なのだろう。
「そうなんだ、」
そのとき、ミハエルを見つけた。
「クラウス、ちょっとごめん、」
ミハエルのところに向かいながら呼びかける。
「ミハエルッ!」
ミハエルが振り返った。そして、僕を認めると鮮やかに破顔一笑する。
どくんっ。
胸が痛い。
「ああリヒャルド……善かったぁ」
心からの調子。
胸が痛い。
「ハインリヒに聞いた、僕が倒れたときそばにいてくれたって」
「こわかった、君は血塗れだし、少しも動かないし……保健医はだいじょうぶだと云ったけれど、こわかった……」
「心配をかけて、ごめん」
「俺のほうこそ、ごめん。酷いことした、」
ミハエルが苦しそうに云う。
どくんっ。
胸が痛い。
ああ、ミハエルのことが好きだ!
好きだ!
ミハエル、僕の天使(ミハエル)!
*
ミハエルと僕は久しぶりに一緒に食堂(デリ)に赴いた。夕食をともに摂り、ともに寮のミハエルの部屋の前まで、連れ立ってやってきていた。
「今日も帰れって云う?」
冗談に紛らせるみたいにして僕は訊く。
「二度と云わない」
ミハエルは短く答える。
僕たちはミハエルの部屋に入る。入るやいなや、きつく抱き締められた。
「リヒャルド……」
頬に、首筋に、肩に、やさしいキスの雨を降らせながら、うわごとめいた熱心さでミハエルは繰り返し僕の名を呼ぶ。
「リヒャルド、リヒャルド、ああリヒャルド……」
「ミハエル、して、」
ミハエルのキスの雨が温度を増してゆき、ベッドに押し倒された。ミハエルが覆いかぶさってくる。
だが、とうとつにミハエルが静止した。
つぎに僕から離れ、躰(からだ)をふたつ折りする。
「うっ、」
口元をおさえる。
「ミハエル……?」
「吐きそう……」
肩で息をするミハエルは顔面蒼白になっている。
「思い出したんだ、倒れてる君を。血塗れで顔色も真っ白で……こわかった……」
声が震えている。躰(からだ)も小刻みに震えてる。堪らず、僕はミハエルを抱き締める。
「終わったことだ、ミハエル……僕ならだいじょうぶ!」
「こわかったんだ、リヒャルド……君を喪うかも知れないと思って、生きた心地もしなかった……」
絞り出すみたいに、ミハエルは云った。
「終わったことだよ、ミハエル。それより抱いて、」
熱っぽく囁くと、ミハエルはふたたび僕にのしかかった。
けれど、ふたたびフラッシュバックに襲われ、躰(からだ)を折った。
*
行為は不可能と判断した僕たちは、保健医ハインリヒのもとを訪ねた。
「あきらかに心因性のフラッシュバックだ、無理は禁物だぞ。繋がりたい気持ちも判るが、いまは焦るな」
話を聞いたハインリヒは云った。
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