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広がる夫婦間のミゾ

暑くなってきた。

日中だけではなく、夜寝る時も扇風機をつけている。今までは1日一回で大丈夫だったシャワーも、汗ばむようになってきたので寝る前も朝もさっとシャワーしたくなる。これからが本格的な夏だ。


夕方に夫から電話がかかって来た。
昨日のワクチン接種が無事に終わった事を報告されたが、続いての用件の方が重要事項であった。

それは、ここ数か月ずっと聞かれている「住所を教える気はあるか?」である。

こんなに何度も聞かれるのは、私が引っ越ししてしまったことが、ビザの係員によってバレてしまったからである。

ビザの手続きの際に賄賂を要求してきたので、所属役所のFRROに報告してやったが、コイツ(ビザの係員)のせいで、私が引っ越しをしたことが夫に知られてしまい、それ以来、何度もなだめたりすかしたり脅されたりしながら、住所を聞かれるようになった。

あの係員、見つけたらタダじゃおかない。許さん。

次の調停が来週に迫っており、今回こそは決着をつけたい。そうなれば、少なくとも法的には「夫(元夫)に住所を教える義務」が無くなる。

「住所を教えろ」の半ば脅しの様な電話は、既に何度も来ている。その上、コソコソと私の周辺をかぎまわっているようだが、未だにこうやって聞いてくるからには、恐らく住所の特定はできていないのだろうし、それをネタに「戻って来い」と言いたいだけなのだろうと思う。

一時期はこの「脅し」が、心底恐ろしかったのだが、今はだいぶ冷静でいられるようになった。


15年以上の結婚生活を得て、私は離婚を決心し、インドの裁判所に申し立てて離婚の手続きをしている。

夫婦をやっているといい時も悪い時もあるので、お互いに支え合うべきだと思っている。私も間違った事をたくさんしたと思うし、「夫には悪い事をしたな」とか、「なんであんなくだらない事してしまったんだろうか」と思っている事もある。

「離婚」は、それらの色々を天秤にかけ、自分の気持ちを見つめなおし、苦しんで出した答えだ。子供たちの、特に娘の事が気がかりではあるが、こうやって離れて暮らしてみて、やはり離婚を決心してよかったと思っている。

なぜなら、日本とインドで離れて暮らしているのにもかかわらず、夫はこんなにも私を怯えさせ、恐れさせ、うんざりさせる存在だから。


夫は「家族は絶対に全員が一緒の家に住んでいないとダメ」と言う主義の持ち主で、それ以外は絶対に認めない。
(息子は離れた大学に行っているので一緒には住んでいないが、それはOKらしい。)

そして、私が離れて暮らしている事、離婚を進めようとしている事が原因で、「家族が傷ついて」おり、「子供たちはお前(私)の事を受け入れないだろう。そうなった時に後悔するなよ。」と脅す。

息子は違うだろうが、娘はもしかしたらそうかもしれない。過去数年の間、会いに行ってやらなかった事は「まちがい」だったと思うので、私も反省している。娘に拒否されたり、怒られたとしても仕方ないな、とも思う。

しかし、同時に夫は「自分の母親がどんな間違いをしたって、やっぱり家族だから受け入れる」とも言う。それだと私に言っている事と矛盾している。

「じゃあ、なぜ、子供たちは私の事を受け入れないのか?」と聞くと、
「だって、子供たちはお前(私)が俺(夫)に対してひどい事をしてきたのを見ているから。」と回答が返って来た。

冷静に聞こうと努めたが、ここでブチ切れて電話を切ってしまった。

夫は「この結婚で被害にあっているのは自分(夫)だけ」で、すべての責任は「私」にあるのだから、子供たちはそんな過ちを犯した「母親(私)」を受け入れる事はない、と言っているのだ。

自分だけが被害者だと思っているんだ・・・・・。

別に被害者になりたいわけではないけど、私が結婚生活の中で感じた辛さや苦しさなど全くなかったものとされており、この結婚では私が加害者で、夫だけが被害者になっていた。

このぐらい夫婦の間の認識に乖離があり、どちらも譲るつもりが無いと、絶対にうまくいかないことがよくわかる。

私と子供たちの関係はまた新たに築いていく必要があると思うが、夫とはやはり縁を切るために、このまま一歩前進しよう。

夫は自分で私の離婚への決意をさらに強固なものにしていることに気づいていない様だ。

夫よ、そういうところからだぞ。




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