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【渚にて】

ゆず愛さんの、平和なのは今だけかもしれないという記事を読ませて頂き、昔見たモノクロ映画を思い出した。

渚にて,スタンリークレイマー監督作品、主演はグレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナー、フレッド・アステア、アンソニー・パーキンスといったそうそうたる顔ぶれで作られた映画だと記されているが、恥ずかしながら私の記憶にあるのは、北半球全体で人類が死に絶えた後のアメリカのとある町からモールス信号が、今は亡き最後の生存者の手により機械的に発信され続け、その信号を受け取ったアメリカの原子力潜水艦艦長役のグレゴリーペックが、被ばくの危険も顧みず故国を訪れ、その現実を知るというワンシーンのみである。

グレゴリーペックの主演という事もすっかり忘れていたというお粗末な話だということを念頭に置いた上で、敢えて感想を述べる。

1959年制作とあるから広島、長崎に原爆が投下されてから僅か14年後に作られたアメリカ映画である。この時代、既に東西の冷戦は始まっており原爆だけでは飽き足らず、水爆も既に世界の列強各国には配備されていたと記憶する、まさにその様な世界的な緊張状態の中、人類の行く末を案ずるかのような内容の映画「渚にて」は、その後もテレビの洋画劇場などで何度かリバイバル放送されたため記憶のある方もおられる事だろう。

この映画、はっきり言って救いのない映画である、最後に誰かが生き残るといったような一縷の望みといったシーンは何処にも描かれていないし、南半球の僅かな生存者も放射能の蔓延によって自死の道を選ばざるを得ないといった悲しい結末が待ち受けている。最後は潜水艦の乗組員の多数決に従い、アメリカ海軍に所属するグレゴリーペックも、母国への死出の旅に出るのだが、原爆によって町が破壊される悲惨な場面が登場しないにもかかわらず、核の脅威を見事なまでに表現している。子どもの目にも言い知れぬ恐怖を感じずにはおられなかった名作である。

私は、それから暫くの間、人類は遅かれ早かれ核戦争で絶滅するものだと真剣に考えていたし、今でもどこかの国の気の触れた指導者が、自分の体に何か変調でもきたした時、全人類を道ずれに最悪のシナリオを描きかねないとまで思い込んでいる節がある。50年近い昔に見た僅かな記憶のみのため、近々何らかの方法でもう一度見て見たい衝動にかられる映画でもある。核兵器の脅威もコロナ過の今、忘れ去られがちであるが、時代に風化されることがないように改めてもう一度考え直す必要があるように思えてならない。

最後に、日本でもこの数年後に世界大戦争というフランキー堺、宝田明といった顔ぶれで撮られた映画があった。この映画もある家庭の、離れ離れのままでの核戦争による最期を描いた秀作である。この映画の1シーンに取り上げられていた、お遍路姿の巡礼者が鳴らす太鼓の音も今、新たに記憶に甦ってきた。

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