マガジン_掌編小説

成れの果て

今日までの、努力の結果を結実させる瞬間が、間もなく訪れる。もう俺たちにやり残したことなど何もない。今まで費やした時間と金と、地位と名誉を投げ捨てることに対して、苦言を呈するものがあるなら、迷わずきっぱりと言い返してやるつもりだ。

「お前らに俺の、何が分かるんだ」

 何より大切な音楽の道を、志半ばで犠牲にせざるを得なかった苦しみ。父に翻弄され、やりたくもない法曹界で、今日の地位を気づき上げたのは、君も知っての通り並大抵の努力じゃなかった。このまま順風満帆にキャリアさえ重ねて行けば、検事総長に任官される日が訪れるなんてのも、強ちただの夢物語とも言い切れぬはずだよな。

「生前あのくそ親父が、俺に残した手紙の言葉を、もうこのへんで君にも教えてやろう」


愛する息子へ

 お前が親の目を盗んでバンドとやらに現を抜かしているのは、調べがついている。始めその気持ちが社会や親への反抗心から生じたぐらいの事は俺にだって察しはつく。この間お前の、その練習風景とやらを無断で見させてもらったよ。あんな真剣な目をしたお前の姿を見た記憶はついぞない。正直俺は怖かった。お前が司法の世界から飛び出し、自分の夢に向かって生きてゆくなどと言い出しかねないことが、だがお前自身、俺に言われるまでもなく分かっているはずだ。自分にとってなどという了見の狭い問題でなく、我が家に、いやわが一族にとってその行為が許されざることだという事が、趣味の範疇で楽しめばいいじゃないかと提案したところで、聞く耳を持たないことぐらいの察しもついている。だがこの際はっきり断言しよう。一時の気の迷いで人生を棒に振るな。それでもお前が自分の夢を貫き通すというのなら、俺にだって考えがある。俺の持ちうる全ての手練手管を駆使して、おまえのその独りよがりな夢を阻止してやる。嘘だと思うなら確かめてみるがいい。

 ある意味あの時、おやじのことばを無視して家を飛び出さなかったのは正解だったのかもしれない。こうして結局今の仕事を続けたため、君と出会い愛娘を得ることも叶ったわけだし、何よりあの親父の目の黒いうち、一族の名を汚すことなく生き抜いて来られた。

 もう許してもらえるよな、音楽の世界で身を立てることが叶わなくとも、一家3人この先、食べていけるぐらいの蓄えも、何をやっても食べさせていけるぐらいの自信も持ち合わせているつもりだ。許してほしい、君にだって面子があることぐらい重々承知の上だ、検事の妻としての肩書も失墜するわけだから快く思うはずはなかろう、だが君にだけは笑って背中を押してほしい。それは俺の心からの願いに他ならない。


 さあ出番だ,群集がどよめく。幾重にもつらなった照明の光が、俺たちの体を照らす。

1発ぶちかましてやるとするか!

 只今より○○商店街、年末恒例親父バンド選手権を開催します。


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