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鋼製建具というお仕事、もしよろしければ少しお話ししましょうか? その3

名古屋地検を震撼させた日

全国8か所に展開する高等検察庁管内の一つに名古屋高等検察庁がある。その所在地は名古屋市中区三の丸、西に国立名古屋病院、道路を隔てた反対側に名古屋市役所旧庁舎、名古屋市の官庁街の東の外れに位置するどこにでもありそうな庁舎だ。少し前に世間を賑わした黒川検事長も一時期在任されていた。

名古屋市民でさえ、当然と言えば当然なのだが、存在すら知らない人が多いその庁舎に私は、断続的にではあるが一年以上の長きにわたって訪れ、各フロアーごとの共用トイレの改修工事に携わった。ワンフロアー一か月ほどの工期中に2日ほどトイレの各種ドアの取付を行ったわけだが、地下のフロアーの施工に当たった時はそのビル自体の全容が明らかでなく、上階へ移れば移るほど、一般人が決してお目にかかれないような衝撃的な場面に遭遇し驚かされた記憶がある。

当時の(平成10年ごろ)名古屋地検の庁舎は、1~2階が入国管理事務所 上に上がるにつれ犯罪の内容が、窃盗犯、麻薬取締法違反、特捜部と呼ばれる政治がらみの事件を取り扱うセクションだったり、凶悪犯関係(殺人、放火etc)だったりした。警察組織が一課から四課に別れそれぞれ担当の犯罪捜査を担う。そんなイメージを想像すればある種通じるものがあるのかもしれない。

この建物正面玄関の他に建屋の東側に関係者専用の警備がとてつもなく厳しい通用口があった。通用口のすぐ脇には搬入用と人荷用を兼ねた少々大ぶりなエレベーターがあり、各階への資材搬入、場内移動にと重宝させてもらったのだが、ここで毎日のように縄手錠をされ刑務官?もしくは検察官に引きつれられて近くの名古屋拘置所から連行される未決勾留者とよくで出くわした。そしてその送致にはある一定の法則が介在していたように思われる。

月曜から金曜までのウイークデーは男性、土日の休みの日は女性と、男女が同じ日に取り調べを受けることは私の知る限りではなかった。不思議な話だがそんな人々とエレベーター内で合致逢った時、男性の場合は視線が合うとほぼ全員、生きる屍のごとく、希望を失くした視線を足元の一点に集中して決して目を合わせようとしない人が殆どだったのに対して、女性陣はといえば堂々と頭をもたげふてぶてしいまでに横柄な態度を示す人がかなりの数みられた。訳もなくそんな彼女たちと視線が合った時など、半分ほどの人は決まって「きっ」と睨み返してきた。彼女らの当時の心情を勝手に代弁すれば

「おっさん、何か文句でもあるんかよ、見せもんじゃねーぞ」とでも言いたげな顔つきだった。

そして工事も最終段階に差し掛かり最上階のトイレの施工に当たった折、ある事件が勃発した。最上階は何処のビルでもよくありがちな検事長室をはじめとする事務方のお偉いさんのためのフロアーといった感じだったのだが、どの階に限らず、トイレの中にはパイプシャフトと呼ばれる各種設備配管を地階から最上階まで通す畳一畳に満たないほどのスペースが設けられる場合が多い。そしてそのパイプシャフト内は、点検時や故障時以外、人の目に触れる必要性もないので、点検口と呼ばれる鋼製ドアで仕切られて関係者以外の目に触れぬようにされる場所である。

この点検口を、図面で支持された位置に取りつけるためには通常溶接アンカーと呼ばれる鉄製のピースを用いて、溶接機の力を借り固定するのだが、既存の建物の場合消防法の絡みで至る所に消火設備、例えば初期消火に必要な消火器であったり、天井には火災発生をいち早く知らせる煙感知器や熱感知器、スプリンクラー設備などが網羅されているのが常識である。

部分改修時において、それらすべての機能を停止させるわけにいかない事は、公共施設という性質上からもやむを得ぬことだが、どうしても電気溶接やガス溶接作業などを避けて通れない工事があるのも事実だ。

そんな場合の苦肉の策としてそれら感知器に専用のカバーを取り付け部分的に感知器が作動しないようにするわけである。そのカバーは、工事に着手する前にゼネコンと呼ばれる元請けの建築会社が、目視で感知器を確認して処理しておくものなのだが、そこの現場の現場監督は、隠蔽されたパイプシャフト内のしかもその天井に煙感知器が取り付けられている事まで頭が回らなかったことが災いして、我々の溶接のヒュームから発せられた煙に感知器が反応してしまうという一大事が巻き起こった。

感知器が反応するとどんなことが起きるのか順を追って説明すると、まず全館一斉にけたたましい警告音が鳴り響く、そしてそれに続いて音声案内で

「火事です、火事です一斉に避難してください」と言った文言の緊急放送が鳴り響く、この時点で最寄りの消防署にはダイレクトで火災発生の一報が届いてしまい、誤作動の連絡がモノの5分も遅れると数台の消防車やら特殊車両がお出ましになるといった具合なのだ。

最初に私がその緊急放送を耳にしたときその原因が自分たちの溶接の煙にあるなどとはおもってもみなかった。煙感知器が生きているなど思いもしないし、どこか他の、例えば厨房か何かで火災が発生しそれが原因で大変な事態に陥っているぐらいに捉えたのである。しかしビル管理センターにより火の元が自分たちの溶接機の煙にあることを知らされた時、狼狽しきった監督が、勢い勇んで我々の元を訪れ「なにをやらかしてくれたんだ?」ぐらいの勢いで詰め寄ってきたのだが、辺りに火の気は全く見られないしこの時点ではパイプシャフトの中に作動中の感知器が残っているなどとは知る由もなかったため周りにいた全員で原因究明の大捜索が始まった。

ここで一つラッキーだったのは、ビル管理センターから消防署にいち早く誤報の知らせがとどけられたため、出動した消防車は、指揮車の一台を除いて他の車両すべてが消防署に戻ってくれたことだった。

姑息な現場監督は、自分達の失敗を認めようとせずその罪を我々に擦り付けようとしたしたのだが、管理センターと検察のお偉いさんは、正しい状況判断を示してくれ、私たちに対するお咎めは一切なく逆にいやな思いをさせたとお謝り頂いた次第だった。

そんなこんなで一件落着の後、外の様子がやけに騒がしいのに気づいた私が、最上階の廊下の窓から下に目を向けると、先程まで入国管理事務所にいたはずの200人近い外国人就労者の人々がエントランスの外で何か口々に叫び合い避難する姿が目に飛び込んできた。

今思い返す時、一つ間違えば私自身が検察の取り調べを受けるために縄手錠をされ、このビルを違った目的で訪れなければならなかったと思うとゾッとする出来事だったと言えなくもない。我が30年の職人生活で消防自動車がお出ましになったことが2回あるがどれも未遂に終わったというのがせめてもの救いである。


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