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恋愛成就のチケット 第五章

「ごめんね隆ちゃん、突然電話しちゃって、お店に来てくれたときに話せばいいやとも思ったんだけど、他のお客さんの手前もあってこんな時間に電話させてもらっちゃった。今大丈夫?」

「私の方こそ最近ご無沙汰ですいません、今仕事大変なんで御昼ご飯も摂れたり摂れなかったり、正直言ってボロボロです」

「実はね他でもない、折入って相談したいことがあんのよ。はっきりいっちゃうと栄二君のことなんだけど、あいつ今、相当まいってるみたいで見てらんないのよ」

「よりにもよってまた洋子さんに泣きついたわけですか?そんな奴放っときゃいいんですよ。いい歳こいて自分一人じゃなんにもできないなんて、情けないったらありゃしない」

「そうじゃないのよ隆ちゃんよく聞いて、最近彼、仕事帰りにふらっと現れるのよ、そんでもって閉店時間ぎりぎりまで脱け殻みたいな顔して、なにするわけでもないボーッとしてんのよ、置物よ、そう置物。
だから私見るに見かねて話しかけたのよ」

「そしたらさあ栄二君のほうから、何度もママの好意に甘えるわけにはいかない、男として情けなすぎる。キッパリ諦めがつくまで迷惑かもしれないけど、ここにいさせてくださいだってよ、こんなんでもうちの店が一番落ち着くんだってよ。泣かせるじゃない?
それでね、彼には内緒で電話させてもらっちゃったってわけ」

「どっちにしたって
あんなやつ放っときゃいいんですよ。いつまでもうじうじうじうじ、情けないったらありゃしない」

折角の洋子の心遣いではあったが、素直に受け入れられないままに話の内容は終始した。

それからというもの、いつ迄たっても煮えきらぬ栄二の態度に半ばあきれ返った隆子はいつにもまして仕事に没頭した。
そしてついに、隆子が立案した新商品のプレゼンが重役会を通り、いよいよ試作品の製作段階にまで漕ぎ着けたのだった。

長年の夢が叶い時に寝食を忘れてまで
新商品の完成に心血を注いだ隆子の頑張りで、完成までほんのあと僅かという段階まで漕ぎ着けた矢先、とうとう今度は、彼女の体が悲鳴をあげた。

新型ウィルスの影響で、病院が立て込んでいることを理解していた隆子は、市販の薬に頼る道を選んだものの、ついにはダウンして自宅療養を余儀なくされた。

食べ物はおろか水分もまともに受け付けない隆子は、ひたすら睡眠をとることで回復をはかったのだが、食欲不振と全身の倦怠感は一向に収まる様子を見せず、トイレ以外にベットから立ち上がる気力もわかない状態が続いた。

会社を欠勤しだして四日目の夜のこと、浅い眠りを繰り返し朦朧とした状態でベッドに横たわる隆子の耳に、玄関のチャイムが鳴り響いた

やっとの思いで立ち上がった隆子は、僅か10メートル先の玄関までよろめきながらも辿り着き、ドアスコープごしに相手を確かめるとそこに、不安と心配で今にも押しつぶされそうな顔の栄二が立っていた。

そのまま突っ返すわけにもいかず、無言でドアを開けたさ中、物言わず突っ立ったまま、心配そうな面持ちで隆子の事を見やっていた栄二が、おもむろに両手に下げていたスーパーのショッピング袋を隆子の眼前につきだしこう言った。

「どうせ何にも食べてないんだろう、何買っていいかわからないから店員の叔母さんに頼んで、適当に見繕って買ってきた。とにかく何でもいいからおなかに入れな、そうじゃないと本当に体が参っちゃうよ」

正直不安で一杯だった隆子は、自分のことを気にやんでくれる人の顔を間近で感じ、それが栄二の心の底からの心配顔だったため、緊張の糸が一気にほぐれ、気が付けば栄二の胸元にへたり込んだまま意識を失ってしまった。

どれくらいの時間が流れたのだろう、隆子が目を覚ますと彼女の姿は見慣れないベッドの上にあり、傍らにはパイプ椅子の背もたれに窮屈そうにもたれ掛かってまどろむ男の姿があった。
正しくそれは、栄二その人だった。

昏睡状態に陥った隆子にはそのあとの状況の記憶が全くなかったが、入院先の病院関係者の話では、栄二は緊急外来の受付の女性に、床にあたまを擦り付けどうにかして医師に診察してもらえぬかと懇願したと聞かされた

「吉岡さん、あんなの初めて見たらしいわよ担当の事務員さん、あそこまでやられちゃうと無視するわけにもいかず、いじらしくって、人肌脱がなきゃって気にさせられたって言ってたわよ」

担当の看護師から栄二のそのときの様子を聞かされた隆子は、年甲斐もなく気恥ずかしさえ取り越して思わず嗚咽を洩らして泣きじゃくった。

それから栄二は毎日のように病院を訪れ、誰憚ることなく隆子の看病に没頭した。幸いにも日々の疲れの蓄積が原因の隆子の病は、日にち薬とは良くいったもので、徐々に解放に向かった。

このことがきっかけですっかり打ち解けた隆子と栄二は、隆子からの提案で退院後、ささやかな全快祝いを閉店後の洋子の喫茶店で開いてもらうことにした。

全快祝いとはいいながら、もちろん洋子以外の部外者は誰も招かない三人きりでの宴だったにも関わらず、楽しい時はあっという間に流れ最後に隆子の方から重大な決心が告げられた。

「また黙っているといつになるかわからないから、私のほうからお話します。
黒田栄二君、貴方が私の婿になることを許可する」

カウンターの奥に、涙交じりの洋子の顔が見てとれた。

      続く

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