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【声劇台本】-Cendrillon- 失われたおとぎ話 2:4
◆登場人物◆
(現実)
♂フレデリコ・ヴァンシュタイン
フレッド。口は悪いが一応学者。
♀リア・グレイス
学者を志し修行中の学生。非常に好奇心旺盛。
(おとぎ話)
♀レティシア
幼い頃は純朴だったが、育った環境のせいで少々すれた性格に。
♂カール
女好きな優男。どことなく高貴な雰囲気をまとっている。
♀/♂魔人
我こそは血の盟約により召還されし魔人イフリート。
♂グレン
レティシアの実父。リゼルと不倫をする弱い人間。
♂バジル
ノースパークの農場主。年齢は60~70歳くらい。基本的に良い人。
♀ドリス
リゼルの長女。気が強い。マリエラを潔癖症だと馬鹿にしているが、本当に潔癖症なのはむしろドリスの方。
♀マリエラ
リゼルの次女。姉のドリスと比べて穏やかな性格。前の父親から性的虐待を受けたトラウマを抱えている。
♀リゼル
ドリスとマリエラの実母。未亡人だったがグレンと再婚。徐々にその本性を現していく。
◆配役表◆
♂フレッド:
♀リア&リゼル:
♀レティシア:
♂カール&グレン&バジル:
♀ドリス&魔人:
♀マリエラ:
ツタが生い茂る古ぼけた屋敷の扉を叩く少女。
リア「先生、フレデリコ先生。リアですー」
しばし待つが返事はなく、ノブを回してみるが鍵がかかっている。
リア「先生ー! 寝てるんですかー? 先生ーーっ!」
鍵の外れる音がして、光を拒む瞼を開くように、ゆっくりと扉が開かれた。中から寝癖でぼさぼさの頭をした男が出てくる。
フレッド「リア、お前ねえ……。ふあぁ……今日は休みだと言ったはずだが……?」
リア「先生、おはようございます。お邪魔します!」
フレッド「ちょっと待てい! 人の話を聞いてるのか? 今日は休みだ。また明日来い」
リア「私は別に構いませんが?」
フレッド「おい、会話が成り立ってないぞ。たまの休みくらいゆっくり寝たいんだ俺は」
リア「だから構いませんってば。先生は寝てらしてください。私は勝手に自習していますから」
フレッド「俺が構うんだ。自習なら家でやりゃいいだろう」
リア「だって、家だと緊張感がなくって集中できないっていうか。ここなら資料もたくさんあるし……」
フレッド「ウチは図書館じゃないぞ。まったく……」
リア「へへ、お邪魔しまーっす」
フレッド「ほんとに俺は寝るからな」
リア「わかってますって」
大量に本が積み上げられた机。そのわずかなスペースでリアが右手でノートにペンを走らせ、左手で本のページをめくっている。
リア「この世界には、正と負のエネルギーが存在し、白と黒、光と闇のように分類されるものである。ふんふん……」
フレッド「だまってやれ」
リア「あ、先生起きたんですか?」
フレッド「お前がいちいち声に出して読むから耳障りで眠れないんだよ」
リア「ごめんなさい」
フレッド「ったくもう!」
布団を頭からかぶって寝入るフレッド。しばらくして――。
リア「せんせ、せんせー?」
フレッド「……」
リア「ここ、教えてほしいんですけど……先生? せんせー!」
フレッド「Zzz……(わざとらしくイビキ)」
リア「……」
コンコンコン。玄関のドアをノックする音が聞こえる。
リア「(遠くから)すいませーーん。お届けものでーす」
フレッド「っ……なんだあ? はいはい、ちょっと待って」
ガチャ。ドアを開く。
リア「うそつき」
フレッド「!?」
リア「タヌキ寝入りですか」
フレッド「この……! ふざけた真似しやがって」
リア「先生が質問に答えてくれないからです」
フレッド「ここにある資料の山は何のためのものだろうなあぁ? リアグレイスくんん?」
リア「うわぁ眉間にシワ寄りまくりです先生……凶悪」
フレッド「ガルル! いっぺん殺すかこのアマ」
リア「やっ、きょうあくじゃなくて、きょ、教育者としてどうなのかなーって思っただけで、はい」
フレッド「ちっ(ため息)さっさと質問を言え」
リア「へへー。えっとですね、この世界には大きく分けて正と負、ふたつの異なるエネルギーが存在してるんですよね」
フレッド「ああ」
リア「正のエネルギーは善、清きもの。負のエネルギーは悪、穢(けが)れたもの」
フレッド「そうだ」
リア「どうして負のエネルギーなんかあるんですかね?」
フレッド「……は?」
リア「この世が清く正しい力で満たされれば、争いも起こらないし、誰かを憎むこともない……。正のエネルギーばんざーい! ね、負のエネルギーなんて要らないですよね」
フレッド「どちらか一方の力を失くすなんて、無理だぞ」
リア「そうなんですか……?」
フレッド「二つの力がせめぎ合って、バランスを保っているからこそ、この世界が成り立ってるんだ。光あるところに影あり。表裏一体だ。ま、もしどうしてもこの世に嫌気がさして、どちらかの力に偏った世界に行ってみたいって言うんなら……いっぺん死んでみるんだな」
人はそれを天国、または地獄と呼んでいる。
リア「それは、遠慮させていただきます……」
フレッド「はーーあ。すっかり目が覚めちまったよ。メシでも食うか……」
リア「あ、私つくりますよ!」
フレッド「当然だな。こっちは休みなのに働かされたんだ。あー、あとついでに掃除も頼むぞ」
リア「働かされたって……ちょっと質問に答えただけじゃないですか」
フレッド「それでも働いたことには違いない。あとな、掃除ってのは部屋が片付くだけじゃなくて、負のエネルギーを浄化する作用もあるんだ。お前、そのほうがいいんだろ?」
リア「う……わかりました……」
フレッド「なんだなんだ? そんな嫌々じゃあ浄化するどころか負のエネルギーが増えてしまうぞ。楽しくやるんだ! 楽しく! いーーやっほーゥ!!」
リア「い、いーやっほぉ~!」
突き出した右こぶしが本棚からはみ出ていた本を掠めた。本はバサリと床に落ち、ホコリが舞う。
リア「あ! すみません」
フレッド「すごいホコリだな……。(手で払う)お? こいつは”サンドリヨン”じゃないか。こんなとこにあったのか」
リア「サンドリヨン?」
フレッド「知らないのか? シンデレラ」
リア「いえ、シンデレラは知ってますけど……」
フレッド「サンドリヨンってのはシンデレラの別名だ。灰かぶり姫とも言うな」
リア「へえぇ……」
フレッド「お前も嫌々掃除やってたら、サンドリヨンみたいに魔人を喚(よ)んでしまうかもしれないぞ? 気をつけろ」
リア「は、はい……。って、あれ? シンデレラに魔人なんか出てきましたっけ? 魔法使いなら出てましたけど」
フレッド「む、そうか。再販された本には修正が入ったんだったな……。オリジナルのサンドリヨンには魔法使いもカボチャの馬車も登場しない」
リア「えぇ? それで代わりに魔人が?」
フレッド「そう。継母(ままはは)や義理の姉たちから酷い扱いを受けていたサンドリヨンは、憎しみのあまり負のエネルギーを生み出していってしまうんだ」
リア「……」
フレッド「床板を一枚磨くごとに憎み、壁をひと拭きするごとに憎み……蓄積された負のエネルギーはやがて、サンドリヨン自身をも飲み込んでしまった。そして、姉たちが城の舞踏会に呼ばれた夜のこと」
リア「ついに、禍々しい魔人を喚び出してしまう」
場面変わって、薄暗い室内。
バケツの水が勢いよくぶちまけられ、せっかく磨いた床が水浸しになってしまう。バケツを倒したのは掃除をした張本人だった。
レティシア「(ここからかすれた声で)…………もう嫌。もう、もう、もう、もう……耐えられないッ……」
雑巾を床に叩きつけようと手を振り上げるが、力なく腕を降ろし、また水浸しの床をのろのろと拭きはじめる。
レティシア「ううぅ……」
床を拭いてはバケツの上で雑巾を絞る。それを何度か繰り返し、ようやく床の水分を拭き取ることができた。
レティシア「痛っ」
ひび割れた指先から血が滴る。それはバケツの水面に落ち、赤色の煙のようなもやをつくった。すると、途端にバケツが小刻みに震えだした。
レティシア「なに……? きゃっ!?」
バケツから噴水のように水が噴きあがったかと思うと、それは紅蓮の火柱となり、人とも獣ともつかぬ姿に変わった。
魔人「汝が血の盟約、ここに結ばれん」
レティシア「ひ! ば、化け物!」
魔人「我こそは魔人イフリート。哀れなる者よ、汝の願いを三つだけ叶えてやろう」
レティシア「ま、魔人……?」
魔人「さあ、願いを言え」
灰とホコリにまみれた少女は、かすれきった声で問いかけた。
レティシア「……なんでも叶えてくれるの……? 本当に……?」
魔人「汝ごとき人間の願いを叶えるなどたやすいこと。ただし、相応の対価を捧げよ」
レティシア「対価……? 命でも差し出せって言うの」
魔人「汝の魂はすでに穢れきっている。そのようなものでは対価たりえない」
レティシア「……ああそう。なら何を御所望かしら? ここには何も無いわ。私には、何も……」
魔人「まずは願いを言え。対価はその願いに比例する」
レティシア「……本当になんでも叶えてくれるの」
魔人「無論だ。魔人に二言はない」
レテイシア「じゃあ……まずは声を。この喉をどんな歌でも歌える素晴らしい名器にして頂戴」
魔人「よかろう」
魔人がレティシアに手をかざした。一瞬、喉を揺さぶられた感覚があり、恐る恐る声を出してみると、それはよく通り、よく響く、美しい声だった。
レティシア「あーー……。あ~~~~。すごい……本当に変わってる」
魔人「気に入ったようだな。さあ、次の願いを言え」
レティシア「次は……美貌ね。この世で一番の美貌を私に」
魔人「よかろう」
また魔人がレティシアに向けて手をかざした。栄養不足で骨ばった胸はふくよかに。肌は生まれたばかりの赤ん坊のように白く柔らかに。パサパサの髪は水に浸されたように潤い、あかぎれた手は絹のような肌触りとなった。気付くと絶世の美女がそこにいた。
レティシア「これが……私? 信じられない……」
魔人「これならば、かのクレオパトラも真っ青であろう。さあ、最後の願いを言え」
レティシア「じゃあ最後は……服。お城の舞踏会で一番輝く、煌びやかなドレスを頂戴」
魔人「よかろう」
みたび魔人がレティシアに向けて手をかざした。ボロきれのようだった服は、雪のように白く、宝石が散りばめられたシルクのドレスになった。
レティシア「素敵! あなた魔人のくせにいいセンスしてるじゃない」
魔人「サービスでガラスの靴もつけておいた」
レティシア「あら、ありがと」
魔人「願いは叶えた。さらばだ」
レティシア「えっ、対価はいいの?」
魔人「汝の真の願いが叶う時、われふたたび現れん」
そう言うと、魔人は煙のように消えてしまった。
レティシア「真の願い……?」
ふと時計を見ると、針は10時を示していた。
レティシア「もうこんな時間! 急いでお城に行かなくちゃ!」
・・・
リア「かなり違いますね……っていうか原型留めてないんですけど」
フレッド「まあな。ここからもっと話は変わってくるぞ。いくら見た目が良くても、招待状のないサンドリヨンは城に入れてもらえなかった。だから仕方なく門番を殺して城に入ったんだ」
リア「えーーーーっ!?」
フレッド「ちょっと誘惑すりゃイチコロだったろうな。なんせこの世で一番の美貌を持った女だ」
リア「ヒロインが人殺しかぁ……」
フレッド「城で継母を見つけたサンドリヨンは、背後から音もなく近づき、手に持ったナイフで――ブスッ!」
リア「ぎゃ!」
フレッド「で、偶然それを見てしまった上の姉も──ザクッ!」
リア「はぅ!」
目立たない場所に死体を隠すという大仕事をやり終えたレティシア。壁に寄りかかって息を整えている。
レティシア「はあっ、はあっ……! やった……やってやった!」
カール「君!」
レティシア「ッ!?」
カール「ひどい出血じゃないか! こっちに!」
レティシア「えっ? ちょっ、ちょっと!」
死体は隠せたものの、返り血を浴びたドレスまではどうしようもなかった。青年に腕を引っ張られ、衣裳部屋に連れ込まれる。二人のほかに人影はない。
レティシア「は、離して! 人を呼びますよ!」
青年は焦る様子もなく、口元に笑みを浮かべながら言った。
カール「人を呼ばれたら困るのは、君のほうじゃないのかい?」
レティシア「!」
カール「脱いで」
レティシア「な……!?」
カール「もとは純白のドレスだったろうに……今じゃ見る影もないけど」
大量の返り血を浴びたそれは、真紅のドレスと化していた。
レティシア「……どうしようっていうの?」
カール「脱がなきゃ着替えられないだろ?」
レティシア「あなた、誰なの? どうして人を呼ばないのよ。……見たんでしょう?」
カール「見たよ。あれはトラウマになるなあ」
レティシア「その割にはあっけらかんとしてるわね」
カール「君もね。人を殺したばかりの人間には見えない」
レティシア「…………」
カール「さ、この部屋には鍵がない。早く着替えないとまずいんじゃない? 人が来ても知らないよ?」
レティシア「……わかったわ」
渋々ドレスを脱ぐレティシア。その顔はドレスの色と同じように赤く染まっていた。
リア「ちょ、ちょっと先生!!」
フレッド「ん、なんだ?」
リア「いや、あのなんか……話が変な方向に向かってませんか?」
フレッド「どこが?」
リア「や、その……」
フレッド「……リア。お前はホントにやらしい奴だなあ」
リア「ちっ、ちち違いますよ! 何言ってんですか! 先生こそこれ、セクハラじゃないですかっ!?」
フレッド「アホか。こんな微エロ展開でセクハラとか言われたくないわ」
リア「あー! エロ展開って認めた! 認めたーーーっ! セクハラーーーっ! ヘンターーイ!」
フレッド「(割り込んで)だあぁもう黙れ!」
品定めをするようにレティシアの体を見つめるカール。
カール「ふうん……」
レティシア「は、早く替えのドレスをくださらない?」
カール「ああ、ごめんごめん。つい見とれてしまった。えーっと……これなんかいいんじゃない?」
レティシア「なんでもいいわ、かして!」
強引に青年の手からドレスを奪うレティシア。
レティシア「えっ……と……」
カール「?」
レティシア「これ、あの……」
カール「……。もしかして、着付けの仕方がわからないのかい?」
レティシア「……」
カール「あっはっはっは!! どうやら君は大層な名家のお嬢様らしいな、くくっ、あははは……」
レティシア「っ……」
カール「どちらのご令嬢かな?」
レティシア「……違うわ。お嬢様なんかじゃない……。ただの貧乏な家の、小汚い召使いよ」
カール「……?」
レティシア「い、いつまで辱しめるつもりなの……早く着せてくださる?」
カール「あ……すまない」
青年に手伝われドレスを着替えるレティシア。彼の選んだドレスは真夜中のように真っ黒なドレスだった。
カール「どうだい。漆黒のドレスに君の金の髪がよく映える」
レティシア「……」
カール「どうした?」
レティシア「まさか、このまま逃がす気でもないでしょう?」
カール「……そうだね、君は人をあやめた罪人だ。見逃すわけにはいかない」
レティシア「別にいいわよ。私の目的はほぼ果たせたし……もう、どうだっていいわ……」
カール「覚悟はできてるというわけか」
レティシア「……」
カール「なら――」
青年がレティシアの手をとる。
カール「僕と踊ってもらおうか」
レティシア「……はあッ?」
カール「ここは舞踏会の会場だよ? 僕たちは至極当然の事をしようとしている。さ、行こう」
レティシア「ちょっ、ちょっと! 正気!?」
カール「ふむ、”正気”か……女性をダンスに誘うときに正気かと問われれば、確かに正気だとも言いがたいが……」
レティシア「私、人殺しなのよ? 人殺しと踊るっていうの?」
カール「うーん、だが僕が君と踊りたいと思ったんだ。仕方ない」
レティシア「~~~~~!」
カール「もしかして、踊りたくない?」
レティシア「この状況でダンスを楽しむ余裕があると思う? 私はこんなことしてる場合じゃ……」
カール「(遮って)唐突だけど、この国の死刑囚。どうやって刑に処されるか、知ってる?」
レティシア「? ……く、首を吊られるんじゃないの」
カール「違うよ。そんな生易しいもんじゃない。ギロチンさ」
レティシア「ギロチン?」
カール「首に大きな刃物を落とす仕掛けだよ。でも、この刃物が切れ味の悪い不良品でね。一度刃物を落としただけじゃ、途中で止まってしまうんだ」
レティシア「と、途中で……?」
カール「首の骨っていうのは結構固いものでね。執行人が刃物に体重をかけて、やっとのことで首を切り落とせる」
レティシア「うっ……」
カール「人間って意外としぶとくてねぇ、首が落ちたあとも数秒は意識があるらしいんだ。痛いだろうねぇ……いや、痛みなんて感じないのかな。でも鏡を使わなくても自分の背中が見れるかもね……って、あれ?」
レティシア「も、もうやめて……」
青年は口元の笑みを隠さずに言った。
カール「踊ってくれる?」
レティシア「わかったわよ……踊ります! 踊ればいいんでしょう!」
場面変わって大広間。
王室楽団による演奏が行われ、貴婦人、伯爵たちがダンスを楽しんでいる。その中に青年とレティシアもいた。だが二人のダンスはどこかぎこちない。
レティシア「あっ、とと! わっ……足がっ……!」
カール「あはは、ダンスも初めてなのかい?」
レティシア「し、仕方ないでしょ……きゃあっ!」
慣れないハイヒールで、しかも生まれて初めて踏むステップ。つまづいたレティシアが青年に抱きつく形になった。
カール「おっと……」
レティシア「ご、ごめんなさい……あ、靴が……」
カール「そのままでいい。舞踏会で跪(ひざまず)くのは男の役目だ」
青年はその場に跪き、床に転がった靴をレティシアの足に履かせる。
カール「(ガラスの靴……)」
レティシア「あ、ありがとう。えっと……」
カール「ん? ああ、そういえば名乗るのを忘れていた。僕はカール」
レティシア「ありがとう、カール」
カール「君は?」
レティシア「私は……レティシア」
カール「レティシア……いい名前だ。さあ、パーティーはまだ終わっていない。続きを……姫」
カールは自分の胸に手を当ておじぎをすると、レティシアにその手を差し伸べた。
レティシア「えぇ……」
素直にその手をとる、レティシア。
レティシア「(なんだろう。このふわふわするような気持ち。変なの。こんな気持ち……初めて)」
カールのリードによって、二人のダンスはいつしか周りの目を集めるほどになっていた。
レティシア「はぁ、はぁ……」
カール「大丈夫かい? やっぱりキツかったかな」
レティシア「すごく疲れた……けど、ダンスって楽しいのね!」
カール「……」
レティシア「なに?」
カール「いや、初めて笑ったね」
レティシア「ふ、ふん。脅されたから嫌々付き合っただけよ。まあ少しは気分転換になったけど……」
カール「素直じゃないねえ」
と、その時。どん、とカールの背中に誰かがぶつかった。
マリエラ「あっ、すみません」
カール「ああ。いや、こちらこそ」
丁寧にお辞儀をするマリエラ。だが、再び顔を上げた彼女は驚きの表情を隠せない。
マリエラ「カ、カール様! も、申し訳ありません!」
カール「なに、これだけ人が多いんだ。気にしなくていい」
レティシア「あっ……」
マリエラ「カール様、これも何かのご縁。よかったら私と踊って下さいませんか?」
カール「ああ、悪いがちょうどこのご令嬢と踊っていたところでね」
マリエラ「まあ、幸運な女性ですのね……えっ?」
カールの隣にいる美しい女性。初めて見る顔だが、なぜか知っている気がする。
レティシア「ど、どこかでお会いしたかしら?」
マリエラ「あ、いえ……あなたと似た雰囲気の人が知り合いにおりましたので」
レティシア「そうですか」
マリエラ「それでは、ご機嫌よう」
レティシア「……」
去っていく女性の後ろ姿を氷のように鋭く冷たい目で見つめているレティシア。
レティシア幼少時代の回想。
レティシア『わたしの家は、お父さんとお母さんと私の三人家族。今日もとってもいい天気。そうだ、お洗濯しなきゃ! お母さんはまだ寝てる。きっと疲れてるんだね。……いいことを思いついた。洗濯物を干したら、わたしがお母さんの代わりにお仕事にいく! お母さん驚くだろうなぁ……ふふ。でも、きっと喜んでくれる。それは絶対』
バジル「お前さん、クラインさんとこの嬢ちゃんかい? ……え? お母さんの代わりに? そいつぁちょいと荷が重いなぁ」
レティシア「……」
バジル「おっと、気を悪くするなよ? ウチの仕事は骨が折れる」
レティシア「ほねが折れるの?」
バジル 「ああ、本当に折れるわけじゃないぞ? でもそれくらい大変だって事。そうだなぁ……あと10年ぐらい経ったら、お前さんも雇ってやるよ」
レティシア「……うん」
バジル「今日のところは帰りな。お母さんはお休みにしておくよ。ここんところ毎日働いて、相当疲れてるみたいだからな」
レティシア「そんなに?」
バジル「ああ。ありゃ精神的に参っちまってるのかもな。何食っても戻しちまうらしいし――あ、嬢ちゃん?」
レティシアは駆け出した。つまづきそうになって片方の靴が脱げたが、そんなことはどうでも良かった。一秒でも早く家に帰らなければ。
レティシア「お母さん……お母さん!」
とてつもない不安。声に出して呼んでいなければ母が消えてしまう、そんな気さえしていた。
レティシア「嘘! 違う! やだ! 絶対違う! そんなわけない! 違うのにっ!」
今朝の光景が脳裏によみがえる。母はよく眠っていた。まるで……死んでいるかのように。
レティシア「違う違う違う! そんなこと、絶対にあるわけない!!」
勢いよく開け放たれるドア。
レティシア「お母さん!!」
・・・
フレッド「サンドリヨンは母親に駆け寄り、体を揺すってみるが……」
リア「うっ……うっ……」
フレッド「その体はすでに冷たく……」
リア「ううっ……うぅううう~~ずずっ(鼻水)」
フレッド「ほれ(ハンカチを渡す)」
リア「うぅ……ずずっ…どうして……」
フレッド「過労死だな」
リア「そんなことわかってますよ!」
フレッド「じゃ何だよ」
リア「だって……可哀想すぎます……ぐすっ……ずびーーっ!(鼻をかむ)」
フレッド「……もうそのハンカチやる」
リア「洗って返します」
フレッド「要らん」
リア「……。どうしてサンドリヨンのお母さんはゴハンを食べられなかったんでしょうか?」
フレッド「農場のオヤジが言ってただろ。精神的に参ってるって」
リア「でも……確かに苦労もあったけど、それなりに幸せに暮らせていたんですよね? なのにどうして……?」
フレッド「なかなか鋭いな、リア・グレイス君」
リア「えっ?」
フレッド「サンドリヨンの母親が亡くなってすぐ、その代わりをする人間が家に来ることになったんだ」
リア「――! まさか……不倫?」
フレッド「ご明察。親父さんは不倫をしていた。共働きで稼いでいたのに、ちっとも金が貯まらなかった理由がそれだ」
リア「お母さんはそれを知って……?」
フレッド「気付いていただろうが口には出さなかった。亭主と別れて、女手一つで娘を養うってのは大変だしな」
リア「……違うと思います」
フレッド「あん?」
リア「娘の、サンドリヨンの為じゃないでしょうか。たとえその親がどんな人間であっても、子供にとっては大事な唯一無二の親なんです。だから、娘に自分の父親を憎ませるようなこと、させたくなかったんじゃないかな……」
フレッド「……そうかもな」
・・・
グレン「レティシア、今日からこの人がお母さんだよ」
レティシア「……ちがう……」
リゼル「リゼルよ。よろしくね、レティシアちゃん。今日から私があなたのお母さんよ」
レティシア「……ちがう……」
グレン「ほら、ちゃんと挨拶しないか」
リゼル「いいのよあなた。はじめは誰でも照れるものよ」
レティシア「(お父さんのこと、あなたなんて呼ばないで)」
グレン「レティシア、リゼルには娘が二人いるんだ。お前にもお姉さんができるんだぞ」
レティシア「(わたしは一人っ子。本当のお母さんとお父さんの子供)」
リゼル「二人とも自慢の娘よ。きっとレティシアちゃんと仲良くなれると思うわ」
グレン「後で連れて来るが、その時はちゃんと挨拶しないとだめだぞ」
レティシア「……」
グレン「返事は?」
レティシア「……イヤ」
グレン「レティシア!」
レティシア「お姉さんなんかいらない! 新しいお母さんもいらない!」
リゼル「まあ」
グレン「レティシア! お母さんに謝りなさい」
レティシア「お母さんじゃない!」
グレン「言う事を聞きなさい!」
頬を張られるレティシア。理不尽な父の仕打ちに腹が立った。だが、腹が立てば立つほど涙が溢れ出し、張られた頬はじんじんと熱くなっていくのだった。そして数日後。
ドリス「ねえ、かくれんぼしない?」
レティシア「……」
ドリス「ねえ。アンタに言ってるんだけど。聞こえてる?」
マリエラ「お姉さま。この子は恥ずかしがり屋なのよ。ね?」
レティシア「……」
ドリス「だからわざわざこっちから遊びのおさそいをしてやってるんじゃない。やるの? やらないの?」
マリエラ「やりましょう、レティシア。三人で遊べばきっと楽しいわ」
レティシア「……うん。やる」
ドリス「決まりね。じゃあまず鬼を決めないとね。鬼はかくれんぼの主役なんだから」
ドリスが何か企むときに見せる笑みをマリエラは見逃さなかった。
マリエラ「わ、私が鬼をやるから! お姉さまとレティシアが隠れてください」
ドリス「……なあに? めずらしく積極的ねぇマリエラ」
マリエラ「わ、私だって主役をやりたい時もあるんです。さあ、一分数えるうちに隠れてください。いーち、にーい……」
レティシア「あ……」
隠れる場所が思いつかず、慌てるレティシア。
ドリス「こっちよ」
ドリスがレティシアの腕を引き、部屋の奥まで連れて行く。
ドリス「ここに隠れなさい。ここなら見つかりっこないわ。あの子は服を汚すのを嫌うから尚更」
レティシア「暖炉の中……?」
ドリス「そう。あんたが入ってから薪を積んで隠してあげるから、奥でしゃがんでなさい。誰か来てもじっとして動いちゃだめよ」
レティシア「あ……ありがとう」
ドリス「……どういたしまして」
しばらくして。布にくるまって隠れているところをあっけなくマリエラに見つけられたドリス。だがレティシアがなかなか見つからない。
マリエラ「一体どこに隠れたのかしら……まさか外?」
ドリス「そろそろお母様とお父様が帰ってくる時間ね」
マリエラ「えっ? そうですわね」
ドリス「そうだ。今日は特に寒いから、ミルクを温めといてあげましょうよ」
マリエラ「それは名案ですわ」
ドリス「それじゃ、レティシア探しは引き受けるから、マリエラは暖炉でミルクを温めてくれる?」
マリエラ「ええ、わかりました」
なかなか見つけてもらえないレティシアは、暖炉の中で寝息をたてはじめていた。
レティシア「くぅ……くぅ……」
ぱちぱちと、なにかの爆ぜる音が聞こえる。なにかがにおう。それになんだか暑くなってきた。息苦しさを感じたレティシアはぼんやりと目蓋をあけてみた。すると──。
レティシア「うっ……あああッ!? 熱い! いやぁ!!」
大声を聞いて駆けつけたマリエラが、とっさに鍋のミルクを火にかけて消火し事無きを得たが、灰とススでレティシアは真っ黒に汚れてしまった。
マリエラ「まさか暖炉に隠れてたなんて、ごめんなさい! 私ちっとも気付かなかったの。でも、こんなところに隠れるのは危ないわ」
ドリス「本当に。煙を吸うだけで簡単に人は死んでしまうんだから、気をつけないと」
マリエラ「もう暖炉に隠れるのは禁止よ。約束して」
レティシア「……」
ドリス「ふふっ、暖炉に隠れなくても、灰をかぶったあんたは充分隠れてるわよ。もうこの遊び、かくれんぼじゃなくて”灰かぶり”って名前にしましょうよ」
マリエラ「お、お姉さま」
ドリス「冗談よ。ほら、お父様が帰ってくる前に体を洗いなさい。余計な心配をかけたくないの」
レティシア「なんで……こんなこと……」
ドリス『(耳元で)告げ口なんかしてみろ、今度は灰かぶるくらいじゃ済まないから』
レティシア「──!」
ある日のこと。
継母リゼルに床磨きを命じられたレティシア。
レティシア「んしょ、んしょ……」
ドリス「ほら灰かぶり。そっち、ミルクがこぼれてる」
レティシア「んしょ、んしょ…」
ドリス「あぁこっちもよ。小麦粉の雪が積もってるわ」
レティシア「……」
ドリス「なによ? 早く綺麗にしなさいよ」
レティシア「……その手」
ドリス「?」
レティシア「手に小麦粉ついてるけど……それは?」
ドリス「! ちぇ……バレたら面白くもなんともないわね。やーめた」
レティシア「どうしてこんないじわるするの……?」
ドリス「何? まるでいつも私がやってるみたいに言うじゃない?」
レティシア「私がなにかしたから、こんなことするの? もしそうなら、謝るから」
ドリス「……」
レティシア「ねえ」
ドリス「うるっさいねえ! その目! その濁った緑の目がムカつくんだよォ! こっち見るな気持ち悪い!」
レティシア「!」
ドリス「なんでお前みたいな灰かぶりと一緒に住まなきゃいけないんだよ! 死ね! 死んじゃえ!」
ドリスが拳を振り上げ、力まかせにレティシアを殴りつける。
レティシア「いた……! や、やめて!」
ドリス「声も気持ち悪い!」
レティシア「いたい! いたい! うぐっ!」
ドリス「いやっ! ちょっとなにこれ!? あんたの血? 汚い!」
ドリスはレティシアを押しのけて、洗面所へと駆けて行った。
レティシア「う……」
マリエラ「レティシア」
レティシア「……どうして……」
マリエラ「だ、大丈夫?」
レティシア「……どうして助けてくれないの?」
マリエラ「っ……」
ドリス「お母様ー! またレティシアが床汚したー!」
レティシア「!」
リゼル「まあ!」
レティシア「違う! 私じゃない!」
リゼル「口ごたえは許しません。罰として今日の食事は抜きよ」
レティシア「本当に私じゃないの! ドリス……お姉さまが私のせいにして……」
リゼル「……ドリスが?」
レティシア「嘘じゃない。ねえ、マリエラお姉さまは見ていたでしょ?」
マリエラ「あ……」
リゼル「マリエラ。何を見たというの」
ドリス「ねえ、よぉく思い出して? こいつが汚したのよね。そうでしょ?」
マリエラ「……」
レティシア「お姉様……」
マリエラ「……そう、ね。レティシアが……汚した」
レティシア「──!?」
驚きを隠せないレティシアを、唐突に鋭い衝撃が襲う。リゼルに頬を張られたのだ。
リゼル「早く片付けなさい」
レティシア「……」
レティシアは無言で床の掃除を始めた。頬が、熱かった。
翌朝。
マリエラ「おはようございます、お父様」
グレン「おはよう、マリエラ」
リゼル「さあさ、朝食ができてますよ。どうぞ召し上がれ」
グレン「ああ、ありがとう」
グレンの隣に立ったドリスが、コップにミルクを注ぐ。
グレン「ドリスもありがとう」
ドリス「どういたしまして。お父様」
レティシア「……」
グレン「レティシア? どうした? 朝から元気がないな」
レティシア「ううん……なんでもない」
グレン「そうか? ならいいが、なにか心配事があるなら──げほっ! げほっ!」
レティシア「お父さん!」
グレン「いやいや、はは、大丈夫だ」
リゼル「少しはお休みになって。体を壊したら元も子もないんですから……」
グレン「心配ないよ。愛するお前と可愛い娘たちのためと思えば、これくらい屁でもないさ」
やがて朝食を終え、仕事に出かける用意をするグレン。
グレン「それじゃあ、行ってくるよ」
リゼル「いってらっしゃい、あなた」
ドリス「いってらっしゃい」
マリエラ「いってらっしゃいませ、お父様」
レティシア「お父さん……いってらっしゃい」
グレン「ああ。行って来るよ」
扉が閉まると同時に、なぜか部屋の空気が変わったような気がした。
リゼル「……家族が増えればもう少し頑張ってくれるかと思ったのだけど──ハズレだったわね」
ドリス「前のオヤジは娘にまで手を出す変態野郎だったけど、お金だけは持ってたものねぇ」
レティシア「……?」
マリエラ「ふ、二人とも、今そんな話は……」
ドリス「マリエラなんて毎晩可愛がってもらっちゃって、大変だったわよねぇ?」
マリエラ「……! いやあぁっ!」
途端に体の震えが止まらなくなるマリエラ。それを面白がるようにドリスは言葉を続ける。
ドリス「何が楽しいのかベロベロベロベロ……あぁ~思い出しても身の毛がよだつ。息も臭かったし、ほんと気色の悪い奴だったわ」
マリエラ「嫌……いや……汚い……イヤ……嫌ぁ……」
ドリス「くくっ」
リゼル「そのへんあの人は安心だけど、私に宝石の一つもくれやしない。早く次の人を探しましょ」
ドリス「そう言うと思って、今日は少し多めに入れちゃった」
リゼル「あら、気が利くじゃない?」
レティシア「なんの……はなし……」
リゼル「決まってるでしょ? あの男を」
ドリス「殺すハナシ」
レティシア「!」
・・・
フレッド「そして二度と、父親は帰ってこなかった」
リア「えっ!? なんで!?」
フレッド「仕事先で具合が悪くなってそのまま死んじまったんだ」
リア「えーっ!? なんで!?」
フレッド「少しは自分で考えてくれ」
リア「うーんうーん……あっ!」
フレッド「わかったか?」
リア「食あたり?」
フレッド「違う! いや、惜しい、かな」
リア「お餅をノドに詰まらせた?」
フレッド「どこの国の話だ。違う」
リア「食べすぎ?」
フレッド「違う」
リア「ん~~~ヒント!」
フレッド「ヒントもなにも、そのままなんだがな」
リア「あ!」
フレッド「食べたら死んだ。つまり毒殺だよ」
リア「ちょっ! 今わかったのになんで言っちゃうんですかぁ! 先生のばか!」
フレッド「時間切れだ。ばか」
リア「バカって言ったほうがバカなんですからね!」
フレッド「最初に言ったのはお前だ、馬鹿」
リア「ぐう……そ、それより毒殺って、一体いつ??」
フレッド「食事に毎日少しずつ毒を盛られてたんだよ。体調が悪かったのはそのせいだ」
リア「はじめから殺すつもりだったって事ですか?」
フレッド「ああ。実はサンドリヨンの父親は三人目の被害者なんだ。一人目はドリスとマリエラの本当の父親。二人目はどこかの成金変態オヤジ」
リア「そんな……じゃあ、サンドリヨンのお父さんと再婚したのは……」
フレッド「ああ。あの女どもは男に寄生して生きてるわけだ」
リア「なるほど……。ところで一つ疑問があるんですけど。マリエラって前のお父さんに可愛がられてたんですよね」
フレッド「あぁ、そりゃもう。大いに」
リア「なのになんであんなに怯えてたんだろう」
フレッド「……お前、わかってないのか?」
リア「?」
フレッド「ったく、これだからお子ちゃまは……」
リア「な、なんですかその目は!」
フレッド「マリエラは性的虐待を受けていたんだよ」
リア「せいてき……ぎゃくたい?」
フレッド「意味がわからないのならその辺に転がってる辞書でひいてみろ」
リア「い、意味ぐらい知ってます! 子ども扱いしないでください!」
フレッド「ほーーお? 知ってるのかぁ」
リア「う」
フレッド「それじゃどういう意味なのか、教えてもらおうかぁ? さあ、さあ、さあさあさあ!」
リア「うぅう…………セクハラセクハラセクハラーーーッ!」
フレッド「ふん、ガキめ」
リア「いつか訴えますからね」
フレッド「ともかく、サンドリヨンはその日から灰とホコリだらけの部屋に住まわされることになった。食事は一日一食。掃除、洗濯、雑用を全て押し付けられる奴隷生活のはじまりだ」
掃除をしているレティシア。今日は一日中、家の掃除を命じられていた。
レティシア「あっ!」
バケツにつまづいてしまい、中の水が勢いよくぶちまけられる。
ドリス「あらあら……やってくれたわねぇ」
リゼル「本当に使えない子。早く片付けなさい」
レティシア「っ……」
ドリス「ほら灰かぶり。最初からやり直し」
レティシア「もう、いや……」
ドリス「なに?」
レティシア「もう疲れた……掃除はイヤ!」
ドリス「聞いたお母様? この子もう嫌なんですって」
リゼル「仕方ないわねぇ……。マリエラ」
マリエラ「は、はい」
リゼル「あなたがお仕置きしてあげなさい」
マリエラ「!」
ドリス「ざーんねん。お母様がそう言うなら仕方ないわ。今回はあんたにゆずってあげる。はいこれ」
マリエラ「こ、これは……」
マリエラが手渡されたのは、先端がオレンジ色になるまで熱された暖炉の火掻き棒だった。
ドリス「せめて見えにくいところにしてあげたら? 灰かぶりでも一応女の子なんだしねえ? あっはははは!」
レティシア「い、嫌ッ!」
リゼル「これは躾けよ。お前が同じ失敗をしないように、痛みで覚えておくの」
レティシアの片腕を、その細腕からは想像できない力で掴むリゼル。
ドリス「お前が悪いんだ。これは罰なんだから、我慢しなさいよね」
もう片方の腕をドリスが掴む。
レティシア「いや! いやあぁ! 離してえぇっ!!」
マリエラ「……」
リゼル「マリエラ? どうしたの?」
ドリス「ほら、早くしなよ、ほらぁ」
レティシア「やめて! やめてお姉様! お願い! お願いだから!」
マリエラ「っ……」
リゼル「マリエラ、私の言うことが聞けないの?」
マリエラ「お、お母様。レティシアはまだ小さいから……」
リゼル「躾は小さい頃にしておくものよ」
マリエラ「で、でも」
リゼル「(ため息)マリエラ……あなたも躾が足りなかったのかしら? いいのよ別に。あなたが出来ないなら、父親と同じ方法でおしおきしましょうか」
マリエラ「!?」
ドリス「お母様、それ量を間違えたら死ぬやつじゃない? あっははは!」
マリエラ「わ、私は……」
レティシア「お姉さま……やめて……」
ドリス「やっちゃえ!」
マリエラ「あなたを………死なせたくないの!!」
レティシア「嫌ぁ!!」
マリエラ「だからッ!」
じゅうっと肉が焦げる音。
レティシア「──ぁあああああっ!!!」
場面転換。レティシアの回想終わり。
カール「――ティシア」
レティシア「……」
カール「レティシア?」
レティシア「! あ……なに?」
カール「今、なにかものすごく思いつめた顔をしていたよ?」
レティシア「あ、あは。そう見えたかしら? 何でもないわ」
カール「そうかい?」
レティシア「(話を逸らそうと)あ、それよりあれ! あの行列はなにかしら?」
レティシアが指差した方向には、大勢の人が列をなしていた。しかも全員女性のようだ。
カール「ああ。パーティーが終わったら、王子とのお見合いタイムがあるのさ」
レティシア「えぇ? お見合いって……あの人たち全員と?」
カール「そうさ。でもお見合いと言っても言葉を交わせるのは二言三言(ふたことみこと)、なんたって人数が多いからね。一人一人じっくり話してたんじゃ時間がいくらあっても足りないよ」
レティシア「そうなの……」
カール「君はいいのかい?」
レティシア「えっ?」
カール「お見合い。それが目的でここに来たんだろ?」
レティシア「違うわよ、王子様なんかに興味はないわ。私は――」
レティシア「(そうよ、こんなところで油を売ってる場合じゃない)」
カール「私は?」
レティシア「ごめんなさい、カール。私もう行かなきゃ」
カール「え?」
レティシア「あなたと踊ったダンス、とっても楽しかった。ありがとう」
カールに近寄り、その頬に軽く口付けをする。
カール「!」
レティシア「さよなら」
そう言うとレティシアは人ごみの中に消えていった。
カール「っ……やってくれるね……」
険しい表情で何者かを探すレティシア。ふと、肌に風を感じた方向を見るとバルコニーがあった。そこに人影をみつける。
レティシア「見つけた……」
マリエラ「………」
女は城下に見える町の灯りを、物憂げに見つめている。今晩の舞踏会で何としても王子とお近づきになるよう厳命されていたのだが……。
レティシア「(気付かれないように、ゆっくり……ゆっくり近づいて……)」
マリエラ「……レティシア」
レティシア「(! ひ、独り言……?)」
マリエラ「舞踏会、来たかったでしょう……」
レティシア「(ええそうよ。だから来たわ。この手で復讐するために!)」
マリエラ「ごめんなさい……」
レティシア「えっ――?」
マリエラ「誰?」
驚き振り返るマリエラ。
レティシア「(しまった!)」
マリエラ「あ、さっきの……カール様と踊っていらした方ね?」
レティシア「え、ええ……。またお会いしましたわね」
マリエラ「……やっぱり、似ているわ」
レティシア「似ている?」
マリエラ「私の知っている人によく似ているの。あなたが」
レティシア「……」
マリエラ「不思議。雰囲気が似ているのかしらね」
レティシア「……」
マリエラ「ごめんなさい。気を悪くされたかしら」
レティシア「さっき、その……私に似ている人の事を考えていたんですか?」
マリエラ「あら、ボーッとしてる所を見られちゃったのね。いやだわ。……そうなの。その子は4つ歳下の妹。血は繋がっていないんだけどね」
レティシア「……」
マリエラ「私、その子に非道いことをしてしまったの……。絶対に消えない傷をつけてしまった。体にも、心にも。姉として……いいえ、人間として最低のことをしたのよ」
レティシア「……いまさら、遅いわよ」
マリエラ「!」
レティシア「人に打ち明けて少しでも罪の意識を軽くしたかった?」
マリエラ「あ、あなた……」
レティシア「私は許さない。あなたが生きている限り、恨んで、憎み続けるわ」
マリエラ「レティシア……なのね?」
レティシア「だから死んで? この憎しみを止めるにはそうするしかないもの。先にふたりが地獄で待ってるわ。あなたで最後。全部終わるの」
マリエラ「そう……。それでいいわ。あなたは、私を許さなくていい」
レティシア「飛び降りなさい。そこから」
バルコニーの外を指差すレティシア。マリエラは言われるままに手すりに足をかける。
カール「やめろッ!!」
レティシア「!?」
二人を見つけたカールが叫ぶ。だが、同時にマリエラは前のめりに倒れていった。
カール「ッ! ぐうっ!」
マリエラ「……!?」
間一髪、バルコニーから飛び降りたマリエラの腕を、カールが掴んでいた。宙吊りになっているマリエラ。
レティシア「カール、邪魔しないで!」
カール「くっ! 手が滑る……! 君! 腕をしっかり掴め!」
マリエラ「カール様!? いいんです。私はこれで……」
カール「よくない! ううっ!」
マリエラ「手をお離しください! あなたまで落ちてしまいます!」
カール「だ、だめだっ! 早く腕を掴め!」
マリエラ「……」
カール「ぐ、ああっ……!」
落ちる。そう思ったとき、急に腕にかかっていた力が軽くなった。
レティシア「くっ……!」
カール「レティシア!」
マリエラ「あなた……!?」
レティシア「勘違いっ……しないでっ! カールが落ちそうだったからよ! あんたを助ける為なんかじゃない」
カール「よし、このまま一気に引き上げるぞ! せぇーのっ!」
なんとかバルコニーの中にマリエラを引き上げる。そのはずみでレティシアが懐に忍ばせていたナイフが階下に落ちてしまった。
カール「はぁ、はぁ……」
レティシア「はぁ、はぁ……」
そのとき、急に部屋の隅に飾ってある花瓶がカタカタと音を立てて揺れだした。
カール「なんだ……?」
マリエラ「えっ……」
レティシア「これは……魔人の時と同じ!?」
花瓶から水が噴き出たかと思うと、それは激しく燃えさかる火柱に変化した。次の瞬間、そこにはレティシアの望みを叶えた、あの魔人がいた。
カール「ま、魔人だと……?」
魔人「――我は世界の均衡を保つ者。調整者なり」
レティシア「調整者?」
魔人「正と負の力の均衡が崩れし時、わが力をもって世を調整せん」
レティシア「ど、どういう事……?」
魔人「汝が受け、その身に宿した負の力を打ち消す奇跡を授ける。それが三つの願いだ」
レティシア「……つまり、私が不幸だったぶん、3つの願いを叶えて帳尻を合わせたってこと?」
魔人「いかにも」
カール「話が見えないが……。レティシア、君が人殺しをした事と関係があるのか?」
レティシア「……ええ、そうよ。父が他界して以来、私はこいつらの奴隷だった。私は復讐のためにここにやってきたのよ。魔人に頼んで、城に入れる見た目にしてもらってね。……元の私の姿じゃ、とてもじゃないけど無理だったもの」
カール「いまの君の姿は、本当の姿じゃないのか?」
レティシア「……そうよ。がっかりした? この声も、顔も、全部魔人にやってもらったのよ。綺麗でしょ? 傷一つ無い体。もとの私とは比べ物にならないわ」
レティシアが自嘲気味に言う。
カール「傷一つ……?」
その言葉を聞いて、カールは疑問に思ったことがあった。衣裳部屋でレティシアの肌を見た時のことだ。
カール「……ちょっと失礼」
レティシアに近づき、ドレスの背中をぺろりとめくる。
レティシア「ひゃあっ!? ちょっ、ちょっとカール!?」
カール「君の背中には火傷のようなあとがいくつもある。これはどうしたんだ?」
レティシア「えっ」
マリエラ「……」
レティシア「ちょっと魔人さん! いい加減な仕事してるんじゃないわよ。これも消してよね」
魔人「それはできない」
レティシア「なんでよ?」
魔人「打ち消すことができるのは、負の力によって生じた現象のみ」
レティシア「はあ?」
マリエラ「レティシア」
レティシア「な、何よ」
マリエラ「あなたの顔、全然変わってないわ。いま目の前にいるのは、間違いなく私の知っているレティシアよ」
レティシア「そんなわけないでしょ! 魔人が記憶まで変えたの?」
魔人「否。確かに我は、汝の望みを叶えた。だがそれは元々そうあったように戻したのみ」
レティシア「なんですって……?」
カール「どういうことだ?」
マリエラ「はじめは気付かなかったけれど、確かにあなたはレティシアだわ」
レティシア「ちょ、ちょっと、よく見なさいよ! 自分で言うのもなんだけどね、こんな綺麗な顔してなかったでしょ!?」
マリエラ「だって、あなたがそんな格好したの初めて見たんだもの。家では灰やほこりで汚れていたし……お化粧してるのだって、今日が初めてでしょう? みちがえたわ」
レティシア「な……」
マリエラ「ちゃんと体を洗って、髪をとかして、身なりを整えれば、あなたは立派なレディになれたんだわ」
レティシア「じゃ、じゃあ声は!? もとはガラガラだった私のこの声はどう説明するのよ?」
カール「毎日ホコリまみれで生活していたんなら、喉がやられて当然だと思うが?」
レティシア「あ……」
魔人「我は汝の穢れを取り除き、浄化した。今のその姿こそ、本来あるべき姿なのだ」
カール「だが……それならどうして背中の傷だけが残ったんだ」
レティシア「そうよ。おかしいじゃない」
カール「あれは誰かにつけられた傷痕だな? 誰がやった」
マリエラ「──私です」
カール「あなたが?」
マリエラ「暖炉で熱した火掻き棒を……嫌がるこの子に、無理やり……」
カールの瞳が怒気を帯びる。
カール「それは、あなたの意思で?」
マリエラ「……そうです」
魔人「否(いな)」
マリエラ「!?」
カール「!?」
魔人「我の前で嘘はつけぬ」
マリエラ「い、いいえ! 私はこの子が憎かったのよ! だから傷付けた。レティシア、あなたには私を殺す理由があるわ。さあ、殺しなさい! 恨みを晴らしなさい!」
レティシア「ッ……!」
パンッ! マリエラの頬が鳴る。
レティシア「どうして……どうしてッ!」
なおも腕を振りあげようとするレティシア。だがカールがその腕をつかむ。
レティシア「離して!」
カール「彼女は本心から君のことを嫌っていたわけじゃない。そうだろ?」
マリエラ「いいえ、違う! 違うのよ!」
魔人「否」
マリエラ「大嫌いなの……あ、あなたを見ていると吐き気がするわ……。さあ、私を殺しなさい! でなければ私があなたを殺すわ!」
魔人「否」
マリエラ「黙りなさい!!」
カール「レティシア、魔人は嘘を見抜く。彼女は君のことを嫌ってなんかいない。家族に逆らえず、心の中では君に謝っていたんじゃないのか!?」
レティシア「そんなこと……たとえそうだったとしても、何もかも遅いのよ! 私の受けた痛みは、屈辱は消えやしない! 何も知らないくせに勝手なこと言わないで!」
カールの腕を振りほどくレティシア。
カール「!」
レティシア「終わらせるわ。私の手で」
レティシアは片方のガラスの靴を脱ぐと、力任せに柱に叩きつけた。美しい曲線を描いていた靴の踵は砕け散り、いびつな凶器に姿を変えた。
カール「やめろレティシア」
レティシア「カール……そこをどいて」
カール「嫌だね。これ以上君に罪を重ねてほしくない。どうしてもと言うなら僕を刺してから行け」
マリエラ「カール様!? おやめください!」
レティシア「何で邪魔するのよ? こんなかばう価値もない奴を……なんで!」
カール「血のつながりは無くとも、彼女は君の家族だろ! ファミリーを殺して後悔しなかった奴を僕は知らない!」
レティシア「ファミリー? ……ふ………あっはっはっはっは! 笑わせないで! 殺して後悔するような家族だったらこんな苦しみはなかったのよ! 綺麗ごとはもうたくさん。何もかも手遅れなのよ。私の手はね……とっくの昔に汚れてるんだからああぁッ!!」
ガラスの凶器を振り上げるレティシア。その時だった。ボーン、ボーン、と時計の音が鳴り響く。針はちょうど12時を指していた。どういうことかレティシアの手にはガラスの凶器の代わりに、ボロボロの革靴が握られていた。
魔人「時間切れだ」
レティシア「な……によそれ……そんなの聞いてないわよ! なんで靴だけ元に戻るのよ!」
魔人「言ったはずだ。ガラスの靴はサービスだと」
レティシア「そんな……!」
カール「もうやめるんだ。背中の傷痕だけが消えないのは何故か、まだ気付かないのか?」
レティシア「――!?」
カール「魔人は君が背負った負の力のみを打ち消し、調整する……そうだろ?」
魔人「いかにも。悪意なき力によって生じた傷は消さぬ」
マリエラ「いいえ! あれは間違いなく悪意だった! 逆らえば私もレティシアと同じ仕打ちを受ける……そう思うと怖くてたまらなかった。だからこの子に全部押し付けて……目を背けた。臆病者なのよ! 私の弱さがこの子を傷つけた……!」
レティシア「うっ……うっ…うああぁ……」
その場に泣き崩れるレティシア。
レティシア「ちがう……本当はわかってた……! マリエラお姉様は私と同じで……逆らえないだけだって……でも……それでも、守ってほしかった!」
マリエラ「ごめん……ごめんねレティシア……お姉ちゃんがバカだった……。一人ぼっちで辛かったよね、痛かったよね……寂しかったよね……」
レティシア「うっ、ううぅ……うああぁ……」
母子のように抱擁を交わし泣き崩れる二人。その光景をカールは優しく見つめていた。
リア「最後の家族を失わずに済んだんですね……サンドリヨン。よかった……」
フレッド「まあな」
リア「でも魔人が調整者だったなんて驚きました」
フレッド「調整者は正と負のバランスを調整する力を持つ。いわゆる神様だな」
リア「なるほど……そういえば最初に魔人が言ってた”対価”って、どうなっちゃったんでしょうか?」
フレッド「ああ。それはだな……」
・・・
魔人「――では、さらばだ」
レティシア「いいの? このまま帰っちゃって。対価がどうとか言ってたじゃない」
魔人「汝は門番と継母と姉を……力の均衡を崩すものを消し、調整した。それが対価となる」
レティシア「……そう」
カール「門番? 君、まさかイザルも?」
レティシア「イザルっていうの……あの門番さん。私は何の罪もない人まで殺してしまった。一生かかっても償いきれないわね」
カール「イザルは王室に仕えているのをいいことに、一般市民に暴行をはたらく不逞者だった。市民や同僚から多数の証言を得ている。いずれ裁判にかけられ極刑を言い渡されていただろう」
レティシア「それでも……人殺しは罪よ。罪の対価は罰として受けるわ。それが人の世のルールだもの」
カール「そうだな……。だが罪は償うことができる。姉たちのことは、君の受けた迫害をちゃんと説明すれば情状酌量の余地もある。僕とマリエラが証人だ」
レティシア 「……カール……私……」
目に涙を浮かべるレティシア。
カール「なんだい?」
レティシア「……ギロチン………怖いわ」
カール「ぷっ! くくっ、あっははははは!!」
レティシア「な、なんで笑うのよ!」
カール「あれ嘘」
レティシア「え?」
カール「くくっ、君を怖がらせるための嘘に決まってるだろぉ? 今さらギロチンなんて流行んないよ」
レティシア「な!?」
マリエラ「くす」
レティシア「お、お姉様までっ……」
魔人「汝」
レティシア「私? ちゃんと名前で呼びなさいよね」
魔人「汝のまわりの力は均衡を取り戻した。だが、この世界全体のバランスはまだ大きく傾いたまま。これからも力の均衡を乱すことのないよう努めよ。我は多忙なり」
レティシア「手間かけさせるなってこと? はいはい、わかったわよ」
魔人「では今度こそ、さらばだ――」
魔人の姿は光の集合体となり、天空へと消えていった。
カール「まったく、不思議なこともあるもんだな」
レティシア「ほんと」
マリエラ「レティシア」
レティシア「?」
マリエラ「結局、私の付けた傷痕だけ残ってしまって……本当にごめんなさい」
レティシア「ううん。いいの。この傷はお姉様が私のことを好きでいてくれた証拠でしょ?」
マリエラ「この子ったら……」
カール「さて、そろそろパーティーもお開きかな。――っと、今日の閉会の言葉、僕の仕事だった! 急がないと!」
マリエラ「あら、大変! お急ぎ下さいまし王子!」
レティシア「おうじ……?」
カール「じゃあまた後で! レティシア、逃げるなよ!」
レティシア「ちょっとカール! え? 王子って……?」
マリエラ「クリストファー ルパート ウィングミア ウラジミール カール アレクサンダー フランソワ レジアルド ランスロット ハーマン グレゴリー王子よ? 知らないで一緒にいたの?」
レティシア「ながッ!!」
・・・
フレッド「……刑期を終えたのち、サンドリヨンはカール王子と結ばれ、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
リア「え! 結婚しちゃいましたか! 王室に加わるのって前科とかあっても大丈夫なんですねえ」
フレッド「もちろん二人の場合は例外中の例外だがな。その後の調べでわかったらしいが、あのイザルという門番、どうやら大臣と組んで王家転覆を企んでいたらしくてな。舞踏会の日に王子たちを暗殺する計画を立てていたんだと」
リア「なんと!」
フレッド「ほうぼうから伯爵・貴婦人が集まる舞踏会の日に、門の警備が手薄っていうのはおかしいと思わなかったか? それもイザルたちが手を回していたらしい」
リア「ということは、王室の危機を回避できたのはサンドリヨンのおかげ……?」
フレッド「そういうこと。このことが評価されてサンドリヨンの罪は減刑され、王子の強い希望によりめでたく結婚することができたってわけだ」
リア「ふえぇ……なんかうまく行きすぎてる感も……」
フレッド「物語とは、得てしてそういうものだ」
リア「でも、あの二人が治める国なら、ずっと平和に行く気がしますね」
フレッド「どうなったか知りたいか?」
リア「まだ後日談あるんですか? 聞きたい聞きたい!」
フレッド「二人の間に子供ができて数年後、二人の努力もむなしく国は大きく傾き、やがて戦乱の時代へと突入していったんだ」
リア「え……?」
フレッド「世を正す者もいれば、乱す者もいる。残念だが人は人である限り、争いを繰り返し、時代を進めていくんだろう。大きな視点で見れば、それでバランスがとれているとも言える」
リア「……」
フレッド「おい、聞きたいって言ったのはお前だろ」
リア「いじわる……」
フレッド「はははっ」
リア「――でも」
フレッド「?」
リア「人は変われると思います。きっと。少しずつだけど、確実に」
フレッド「だと、いいな……。で、どうだった。面白かったのか? サンドリヨン」
リア「感想聞きたいですか?」
フレッド「いや。お前の周りのエネルギーが浄化されてる。聞かなくてもわかるよ」
リア「え? ほんとだ……なんだかあったかくて、清々しい」
フレッド「ふー、結局一冊まるまる読んじまったな。さてと、リア」
リア「?」
フレッド「食事の用意と掃除。あと溜まってる洗濯もな。あ、ついでに食材の買出しも頼むぞ」
リア「えええーーーっ!?」
フレッド「ほら、さっさとやる!」
リア「あっ、先生の周りが暗くよどんでます! 負のエネルギー発生ですよーー!」
フレッド「うるせえ。お前がやれば浄化されるんだっつってんだろ! おら、とっとと掃除! メシ!」
リア「あうううーーー! 魔人さーん! ここのバランスも調整して~~~!」
おわり。