舐めプリン
曇り空の下、凛はよく訪れる本屋へ向かう途中で、いつもとは違う風景に足を止めた。
かつてずっと空き店舗だった場所に、新しく出現した店の扉には金色の文字で「謎解きゲーム、異世界の扉。―あなたを異世界にご案内します―」と刻まれていた。これが流行の体験型脱出ゲームの一つだとすぐに理解した。
好奇心に駆られた凛は、店内に踏み込む決意を固めた。
店員の話によると、数々の謎を解き明かすことで、文字通りの「異世界へと通じる扉」が現れるという。
アトラクションと言う事で、異世界の描写には期待していなかったが、謎解きのチャレンジには胸が躍った。
店内に入ると、目の前に広がるのは多様なテーマで設計された複数の部屋。
最初の部屋は古風な図書室で、年季の入った本が棚にずらりと並んでいる。
これらの本のタイトルがヒントとなり、正しい順番で並べることで次の段階へ進む扉が開かれた。
次の部屋は中世の塔を模した空間で、壁には複雑な数式や暗号が記されていた。これはかなり難解だったが、ゲームである以上解けない事は無いと、
凛は床に散らばる象形文字と壁の模様からパズルの手がかりを掴み、光の道を導くことでさらに深くへと進むことができた。
各部屋を進むにつれ、心地よい謎解きの手ごたえに、だんだんと凛の興奮と期待は高まっていった。
そして、ついに最後の扉に辿り着く。建物の構造からするとこの扉の先は通常ならばただの裏通りのはずだ。一瞬現実に引き戻されるも、どんな「異世界」というオチを見せてくれるのか、少しドキドキする心を抑えつつ、凛は扉を開けた。
その先に広がるのは、赤紫の空に鳴り響く怪奇音、暑苦しく、重たい空気が支配する、まさに異世界。
その光景に凛は目を疑った。その地には見たこともない巨大な悍ましい異形の生物たちが彼を凝視していた。
彼らの目には、単なる好奇心以上の、何かを計るような冷ややかさが宿っていた。凛はその場に釘付けになり、恐怖で声が出せなくなった。
これが映像や作り物でないことを、体の細胞が本能的に理解していた。
慌てて扉を閉め、全力で元来た道を引き返した。
冷たい汗が額を伝い、心臓はまるでドラムのように鳴り響いていた。
凛の胸は恐怖と安堵で混ざり合い、無事に元の世界へ戻れたことに心からの感謝を感じていた。
店の入り口で、青ざめ、体を震わせながら立つ凛を見た店員は、何かを悟ったような微笑を浮かべ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「本当だったでしょう?異世界。」