価値9
「Tシャツにグローブ」「何色ともつかない奇妙な形のサングラス」
冬でもないのにグローブをしたり、ファッションに疎いとはいえ、私の中にそれはない。
何かを期待して街中に繰り出しては、することもなく周りの人間を観察してケチをつける。私の日常だ。
そういえば最近、この街で妙な噂をよく耳にする。
「それはこの世で一番エキサイティングな競技だ」
「いや、世界で一番のアクティビティーだ」
「どんなアトラクションよりも興奮する!」
「一生に一度体験しないと損だ」
何なら、大金を払い参加権を買うものまでいると。
情報をつなぎ合わせると、新月の夜ごと、ある古い村の広場で行われる競技があるのだという。
しかし、その全貌は表のニュースに出ることもなく、唯々人々の噂の中に存在するだけだった。
退屈な毎日から抜け出すべく、噂を聞くに連れ居ても立ってもいられなくなっていた。
新月の晩、私は街の光も届かないその古い村の広場に行った。
そこには同じように噂を聞きつけた人が集まっていた。
競技のスタッフのような人に声を掛けられる。
「あなたも参加希望ですか?受け付けはあちらへどうぞ」
少しの参加費と登録を済ませ、拍子抜けするほどあっさり参加できた。
人の噂はあてにならないものだ。
この分だと、世界で一番のアクティビティとかいう噂も怪しいものだ。
しばらくすると、参加者が一か所に集められこの競技の説明を受けた。
この競技は感覚を研ぎ澄ますため、暗く静かな新月の夜に行う、この村の周りを一周する競技なのだそうだ。
参加者には専用のゴーグル、グローブ、シューズと脱水症状を起こさないようにドリンクが支給された。
更に説明が続く。
競技にあたり、ケガの予防にグローブとシューズを着用するように、暗闇では危険なので予めドリンクを飲むように勧められた。
最後にゴーグルの着用を促された。装着すると様々な障害物と走るべきコースがはっきり見えた。
ほどなく競技のスタートが切られた。
体を動かすと明らかに普段と違う感覚がわかる。何というか普段出ないような力が出るのだ。
走れば世界記録をはるかに超える速度。数メートルある障害物も軽々飛び越え、なんならその力で破壊することもできた。
まるでスーパーヒーローになったかのように何でもできた。
夢中で楽しんだのだと思う――競技はあっという間に感じたが、空はもう白みががっている。
私は他の参加者とこの体験を語り合わずにはいられなかった。皆そうなのだ。
「俺が粉砕した岩を見たか?すごい破壊力だっただろう」
「私の跳躍を見た?とても興奮したわ」
話は尽きなかった。その興奮は収まらないまま家路についた。
翌朝目が覚めると、体には時差ボケのような重さが残り、あの感覚が忘れられないのか体に力が入らない。
次の日も同じだった。さすがにマズい気がしたので、気だるい体にむち打ちなんとか近くの病院に行った。
診察室に入ると奇妙な眼鏡をかけた医者がいた。手術後なのかグローブをしたままだった。
医者は症状を聞くと少し考えて私に一足のシューズを勧めた。
「足に力が入らないのは、靴が合っていないからなのかもしれない」
同じような理由でグローブの着用も勧められた。
そのメーカーのシューズもグローブも趣味に合わなかったが、身に着けると微かにあの時の感覚がよみがえる。
症状は改善に向かった――
今ではすっかりこのスタイルが気に入った。なんだか自分を表現できている気さえした。
何組も買いそろえた同じメーカーのグローブの中からその日の気分にあったものを付ける。もう他の靴は受け付けない。今度買う靴もまた、あのメーカーのシューズにしよう。
街中に出ると、ちらほらと同じシューズにグローブをはめたスタイルが目立つ。
あの競技に参加して以来、私のファッションセンスに磨きがかかったのかもしれない。