虎と馬
「あと10年で出来上がるさ」これが彼の20年前からの口癖だった。
その口癖を言わなくなった3年前から彼は確信に至った。
それは、究極の発明だった。
思考具現化マシン――ただ思うだけで何でも現実にすることができる装置。
多くの科学者が夢見たアイデアをついに実現させたのだ。
最初に彼が具現化したのは、完璧な花だった。
これまで存在しなかった、様々な花の要素を芸術的に織り交ぜたとても魅力的で完璧な花。
彼のラボに所狭しと並べられた鉢植えのコレクションにふさわしい堂々たる風格だった。
しかし不思議なことに、この花が具現化された瞬間からラボの鉢植えには見たこともない花が咲き乱れているのだ。
まるで完璧な花の一部を再現したかのような花々だった。
思わぬ副産物――彼はそんな余韻に浸りながら机の上にある、子供の頃に犬と花壇のある公園で撮った思い出深い写真を眺めた。
「そんなバカな!」写真に映る花に、深い戦慄を覚える。
過去に見たであろうその写真に写る花も、初めて目にする花だったのだ。
思考を巡らせるうち、彼は悟る。
このマシンは、具現化するための「材料」として、使い手の記憶を消費していたのだ。
彼がその花を具現化したことで、その花にまつわる記憶はすべて消え去ってしまった。
使い手の記憶を消費して具現化するマシン――無我夢中で作ったそのマシンの本質を理解した。
ならば、嫌な記憶を消費して具現化したらどうだろうか?
彼には消し去りたい記憶があった。
彼が大学を首席で卒業したパーティで達成者だけに振舞われる伝統料理を口にした時のことだ。
その料理は、滅多にお目にかかれない高級魚を使った料理で、彼は重度のアレルギー反応を起こし、生死をさまよったことがあった。
医者からは次は「ない」と宣告された。
今でもふとした瞬間にその記憶がよみがえり彼を苦しめていた。
彼はこの嫌な記憶を材料にその高級魚をマシンで具現化した。
彼の嫌な記憶はなくなり、かつ高値で売れる魚を得ることができた。
そのマシンは、世界中の人々を魅了し、彼は一躍時の人となった。
その後、彼の功績をたたえるパーティが催された。
多くの賞賛の声とともに会話を楽しみながら、彼は至福の時の中で振舞われた伝統料理に手を伸ばすのだった。