①④『白獅子夢物語』
♰14 黒馬の騎士。
「……貴方に名前を呼ばれると……変な感じがするの。なんかね。今までと違う響きに聴こえるの。……嫌いな名前だったはずなのに」
抱えた膝の上に顎を置いて、あたしは話題を変える。
「意味をつける名もあれば、意味のない名もある。重要なのは、その名を呼ぶことだと我は思う。呼ばなければ、意味を成さない。意味のなかった名も、呼ばれて初めて意味を持つ。お前が気に入るならば、我が幾度も呼ぼう。キオリ」
彼はあたしに目を戻すと、また呼ぶ。
意味ある響きで、あたしを呼ぶ。
呼ばれる度に意味のない名前だと悲しくなっていたはずの名前だったのに、月光に照らされた白い彼の唇に、意味を込められた。
それにどれだけ、救われるか。彼は理解しているのだろうか。
ちょっと涙が浮かびそうになり、瞬きをして堪える。
「我もお前に呼ばれる名の響きが好きだ……。初めて本当の名を見付けた――――そんな気がするほど、その名を気に入っている」
白い幹に寄り掛かって、もう一度満月を見上げた彼は、優しげに青い瞳を細めた。
低い声は、とても穏やかだ。
「……あたしが呼ぶ、名前って……?」
あたしが首を傾げると、横目で見下ろしながら、彼は呆れたように息を吐いた。
咎めるような眼差しにビクリと小さく震えて膝を強く抱き締める。
「キオリ。いつまでも現実から、目を背けられないぞ」
彼の厳しい声に、あたしはなにも言えなかった。
「現実から逃避しようとも、なにも解決しない」
あたしは、じっと堪える。頭の中がすべてを理解しないように、じっと堪えた。
彼の言う現実を、受け入れたくない。受け入れられない。
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