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上京15年へのレクイエム

先日、誕生日を迎え、私はアラフォーの仲間入りを果たしてしまった。
歳を取るたびに頭によぎるのは、「母が同じ歳だったころは…」だ。

実際、母が私の今の年齢の頃、私は小学校高学年だったようだ。
比べても無駄だけど、気がつけば自分もいい歳になっていて、自分は何者にもなっていないし、何もなせていないのではと打ちのめされる。
もし、上京してなければ…とか「IF」の人生を考えてしまう。

そんなわけで、明後日でおそらく上京15周年になる。

上京のきっかけはシンプルに就きたい仕事が地元になかったこと。
当時付き合っていた恋人の上京行きが決まっていたことが後押しになり、20歳の誕生日を迎えた直後に上京した。
そんな恋人とは8年ぐらい一緒にいて、なんとなくこのままずっと一緒にいるだろうと呑気に思っていた。でも全然そんなことはなく、想定していた人生のレールはある日完全に吹っ飛んでしまった。
(紆余曲折あったけど、結局の所、当時の私は覚悟もなにもない甘えたな愚かな小娘だった)

別れるまで家族以外で一番長く一緒にいた人と一緒にいた期間が8年、それから7年たった。
人生の比率を一番占めていたはずなのに、どんどん比率が狭まってもう少しでいない期間のほうが多くなってしまうのだなぁ、としみじみしてしまった。
そんなレールが吹っ飛んだ跡の人生をダラダラ過ごしているうちに、私はアラフォー直前に、母はもうすぐ還暦に手が届く歳になった。

そして迎えた誕生日の夜、母と電話で話をした。
母曰くどうも最近パソコンでWordの使い方を勉強しているらしい。
しかも、自分で「YouTubeでWordの使い方を教えてくれるYouTuberがいるのでは!?」と思い至り、iPadでその使い方動画を再生しつつ、横にパソコンを並べて、文書を作ったようだ。

その話を聞いて、私はなんだかすごい感動してしまった。
(話しながら涙が出てきて花粉症だとごまかした。)

私がいろんな気力をなくして、グダグダ停滞している間に全く使い方がわからない不慣れで苦手なパソコンを自力で勉強する母。
そのバイタリティよ…。
振り返れば、数年前急に「ガラケーからiPhoneに変えたい」といって機種変したこともあった。
理由としては「今変えないと、今後もっと使い方がわからなくなるから」とのことで、当時は本当に使えるのかな…と半信半疑だったけど今ではアマプラで動画を楽しみ、YouTubeで勉強を行い、孫の写真を撮影するなど立派に使いこなしている。

いつだって先を見て前進しているのだ。
今が一番若いんだし、やりたいと思ったことはさっさとやったほうがいいを体現している。
思い返せば私が上京するときとか何かをやりたいと言う話をしたとき、ほぼ反対されたことがなかった。いつでも背中を押してくれるのは母だった。

もし上京しなければ、地元で適当に就職して恋愛して結婚して現時点で子供が2人ぐらいいた人生もあったのかもしれない。
でも「もし」は来ない。
悲しいことも苦しいことも色々あったけど、総合的には私は上京できてよかったなと思う。
これから先の人生、未だにまったく全然想像つかないし、すごく結婚したいとかいう願望もそこまでない。
しかしもう停滞は疲れた。いつも似たようなこと言っては、現状維持バイアスに囚われてしまうけど、ただ歳を取るような自分の浪費はしたくないと心の底から思った。

1年後私は、東京にいるのかいないのかさえももはや全然わからない。
でもやりたいことを全部やる自分で在りたいと思った。

うまくまとまらないけど、気持ちを忘れないうちにメモしておく。
なにはともあれ私の上京物語はまだ続いているのでね。明日も生きる。


余談、心情的に聞きたくなった。私の中での上京生活振り返りソング。


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