crystal-z Sai no Kawara / 20200615
今日何気なくTwitterを眺めていて、何となく聴いてみた曲。
※動画↓に貼ってあるのでツイートから飛ばなくても大丈夫です。
crystal-z Sai no Kawara
まだ聴いたことがない人は、この機会に5分ください。最後まで見てみてください。
この下に書いてあることは、できれば聴きながら読もうとはせず、聴き終えてから読んでいただけるといいかもしれないです。
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最初は何のビデオかわからず、流れ始めた緩やかになアニメが興味深く、目を奪われる。少し疲れた顔で、ヘッドフォンを耳に、ノートに書き込みを続ける男性。
窓の外には線路や橋、川とビルが。おお、この景色、御茶ノ水っぽいなー。
それと音楽。エレピの音が心地よく、色々な音や声が少しずつサンプリングされている。一瞬こういうループ系のアニメ短編かな?なんて思った刹那、ビートとラップが入ってくる。ラップ音楽なんだ。ということはcrystal-zというのがアーティスト名かな。「Sai no Kawara」っていうのはあの「賽の河原」かな。
歌詞を聴いてみるとどうやら以前音楽活動をしていた時の思い出を歌っているようだ。この主人公は音源を創ったり、結構盛んに活動していたらしい。
(※歌詞耳コピ抜粋)
あの頃はクルーもまだ活発で
セルフパッケージのシングル自主で出して
出したら即行でオンエアされて
よく画面を見るとその前にはサンプラーが置いてあったり、机の上や本棚のタイトルが細かく書き込まれていたりと、ディテールが凝っている。
やがて歌詞は、その音楽仲間もそれぞれ人生の道が分かれていき、音楽活動にも終わりが来たことが歌われる。
終わる共同生活 シェアハウス解約してクルーは解散した
もうない行き先 機材も意味ない
貯めたBeats & Rhymesじゃ腹は満たされない32歳
ここでこのラップの主人公が32歳であると明かされる。…自分ととても近い年代だ。グッと引き込まれた。
目指してみようか医学の道 それは茨の道
だけど欲しいのは日々 何かに打ち込めるゆるぎない意思
お?「イガクの道」?としばらく困惑したものの、その後のリリックを聴いて、「医学」と確信。
ここで「医師」と「意志」が掛かっていると後から気づく。
32歳で勉強しなおしたくなる気持ち。めちゃくちゃ分かる。18歳の時は別に勉強したいこととか無かったけど、いまめちゃくちゃ知りたいこと沢山ある。文学とか社会とか法律とか。
このあたりでノートを書く男性がページを延々とめくるループアニメなことに気づいたりもする。とにかく音もシンプルだけど手が込んでいて心地よく、そのまま聴いてしまう。
その頃のバイト先の塾には辞表 最後のお別れは英語の授業
でかけた「I Used to Love H.E.R.」和訳したプリント
配ったらめちゃくちゃに怒った塾長
この主人公はこれまで塾講のバイトをしながら音楽活動をされていたんですね。辞める前、最後に好き勝手して怒られる擽りエピソード。面白い。
このバイトをやめて、医学の道に進むんですね。
Hip Hop詳しくないけれど、Common「I Used to Love H.E.R.」は知ってる。なぜならTERIYAKI BOYZ®「I Still Love H.E.R.」の元ネタだから。
毎月御茶ノ水で受けるテスト 塗り替えていく先月の自己ベスト
あっ、やっぱり御茶ノ水!御茶ノ水でしょこの風景!川沿いの線路!橋とビル!
進む今日も 明日も 明後日も前に
知識蓄えた 寿命と引き換えに
寿命と引き換えに何かしてる気分。ちょっとわかってくる年齢かもしれない。
毎晩救われた彼女の晩御飯
彼女いるんかーい!いや別にいいですけど!
鈍った頭のバンドマンも何とか 青から赤に変わっていったチャートが
ここで画面のアニメの中、机の上に置いてあったチャート式数学が「青」から「赤」に代わっているというアハ体験。どんどん勉強ができるようになってレベルアップしてるわけです、チャート式。
順調じゃなくていいから
天才じゃなくていいから
堂々巡り 繰り返し問う今日
偉大なこの町
順調じゃなくていいから
天才じゃなくていいから
堂々巡り 繰り返し
東京じゃ春も来ないし
サビではサンプラーが色とりどりに煌めき、フックが緩やかに歌われる…。
2番に歌が入ると勉強は順調で、試験もうまくいったかに思えたが結果は不合格。
だけど全く結果は出ず
目標の東京の学校は全部 その年も その次の年も全滅
ペーパーが出来ても超えられない面接
模試の判定はいつもA判定
でも合格発表では「えっなんで?」
勉強って大変だなあ…と思っていると違和感のあるバース。
年齢のハンデ?夢にさえ思わねえ
ゴールテープごとズラされるなんて
この時は何の話してるんだろう、年齢のハンデ?と思っていた。
東京にこだわれば確実に落ちる 地方受ければ彼女とは離れる
さっき「彼女いるんかーい」ってツッコんですみませんでした。いや、切実だよほんとに。東京に居て希望のところ受かればいいけど、辛い選択を迫られる。「私と仕事どっちが大事なの?」と尋ねられたときの正解は「どっちも」なんていうけど、そうもばかり言ってられなくなることだってある。
このラップ、リアルなとこついてくる。
で、主人公は地方を受けることを決意します。
ここで一瞬画面がブラックアウト。
次の瞬間、画面から男性が消え、窓の外には桜が。
合格発表のページにはついに
俺の番号があった間違いじゃない
シャワー浴びてた彼女にプロポーズをして
びしょ濡れのまま泣きながら抱き合った
おおおっ!よかったねえ!春が来たねえ!ハッピーエンドだ。
人生何歳になってもやり直せるねえ!
主人公は家族や友人に街に感謝し、別れを告げます。
順調じゃなくていいから
天才じゃなくていいから
堂々巡り 繰り返し問う今日
偉大なこの町
順調じゃなくていいから
天才じゃなくていいから
堂々巡り 繰り返し
東京じゃ春も来ないし
再びサビとなり、アウトロへ。
心地よいエレピとビート、高い声等がループし、春の暖かな日差しを思わせる素敵な時間。
よく見るとこれまで書き込んだノートに「再の河原」の文字が。
「賽の河原」じゃなくて?あの地獄で小石をひたすら積んで崩されるやつでしょ?あ、窓際のスマホの横に小石が積み上げてある…
…すると、急に女性アナウンサーの声が入ってくる。
その窓際のスマホにニュース画面が映っている。
ヒップホップではよくアウトロなどでそういう喋りものの音源を流す(カーステから流れるイメージ)ことはある気がするけど、よく聞くと様子がおかしい。
医学部入試で年齢などを理由に不合格にされたと主張する
元受験生の男性が大学を提訴しました。
34歳の男性は去年、不合格にされましたが、
その後、大学側が調査したところ
合格点に達していたことが分かりました。
そしてもう1回この部分がループする
合格点に達していたことが分かりました。
ん?
その直後、トラックの音量が下がり、アニメは突然消え、不自然な映像に切り替わる。
複数の男性の声がする。何度かループしたり、細かく切り貼りされている。
どうやら隠し撮りしたムービーのようだ。
「33歳という年齢は新しくこの部に入られる年齢の中では高い年齢であるということは認識しておりました。」
「大変申し訳ないけれども、年齢の問題で不合格になりましたと」
「不正ではない」
「せっかく受けていただいて」
「これは不正ではないと思う」
「真面目でいらっしゃるから、…なことを余計に考えられると」
「申し訳ないとしか言いようがない」
「医学教育には真摯に対応して」
「成績外の差別要素…」
「私 た ち も 一 緒 に そ う い う と こ ろ を 勉 強 さ せ て い た だ い た ほ う が い い と 」
何だこれは。
困惑していると、最後にスマホを持ち上げて、ムービー撮影を止める男性の姿が一瞬写って、画面がブラックアウトする。
えっ、なにいまの。
えっ、ちょっと待って。
さっきの、ニュースの情報の音声。ラップで歌ってた年齢。医学部受験。
慌ててGoogleの検索窓を叩いた。
医学部入試で「年齢差別あった」 男性が順天堂大提訴へ
えっ、このことが題材なの?34歳…。順天堂大学医学部。
どうやらこのことが題材どころか、見た情報によれば、ラップされてる方がご本人のようだ。
えっ、こんなクオリティ高い音楽を。
あっ、だってそうだよね!音楽活動を諦めて医学の道を志したんだ…。
何度か聞いているうちに(というかこのnoteを書こうとしていた時に)
サビの縦読みに気づく。
「順」調じゃなくていいから
「天」才じゃなくていいから
「堂」々巡り 繰り返し
「偉大」なこの町
順天堂!医大!まさに御茶ノ水!
この川のそばにある場所は、「賽の河原」であり、「"再"の河原」なんだ。
ルールを見えないところで捻じ曲げられ…。本当は受かっていたのに。
寿命を削って捻出した勉強する時間も、彼女との関係も含めて進路に悩んだ労力も、「"再"受験」だ「"再"検討」だ「"再"トライ」だで余計に積み上げなければならなかったのに、いざ不正が明らかになっても、その積み上がった小石をかるーくかかとで蹴り崩して、形ばかりの謝罪と、心ない言葉を投げつけられる。ほんとにさ。「非を認めない」「事を荒立てたくない」「責任を負いたくない」が先に立ってる言葉たち。言葉では謝っているが、その姿勢は高圧的にこの不合格にされた男性を黙らせようとするものだ。これが構造的な抑圧じゃなかったらなんなのか。
曲の終わりで一瞬「ハッピーエンドだ」「人生は何歳でもやり直せる」って思った自分が辛い。
色々な「"再"」をこちらに積み上げさせておいて、いとも簡単に崩していく、「再の河原」。
こんな身も心も打ちのめされるような酷い事態に、キッパリと「訴訟」という形で戦うことだけでも十分すごい(よく簡単に「裁判すればいい」なんていう人いるけどさ!ほんとよく言うよ!)のに、それを更に音楽として素晴らしい形で「作品」にしてしまうということに感動、そしてこの作品に触れたことで、この不正に対する怒り・悲しみを身に染みて感じました。
多分、自分が知らない/気づいていないだけで、曲とか画面に映っているものとか動きとかに、ちゃんと込められた意味とかネタとかたくさんあると思う。めちゃくちゃ手間が込んでる。今回起きたであろう様々で複雑な感情を作品に手間をかけることに向けられるってほんとすごい。
ここ最近は世界的にも構造的な差別(個人が個人を差別する以上のスケール感の話)がこんなに盛り上がっているタイミングでこれを聴いてしまうと、ちょっと震えますよね。
アメリカだけの話じゃない。日本にはこんな形であったんだ、という。
(「知らないうちに、死んでるのかもしれません」も読みましょう。)
なにより、このニュース音声と隠し撮り音源を「サンプリング」という形で作品に組み込んだことに胸が打ち震えました。どこぞの週刊誌に音源を持ち込むでなく、sengoku38するでもなく、ご自分が一度は手放すことを決意した武器=音楽でそれを取り込んで表現したことが凄いと思いました。
「隠し撮りは違法だし失礼ですよ!まして相手に無断でネット上に晒すことはモラルと法律的に~」みたいな怨念野郎が今後出てきたらかわいそうな目で見てあげましょう。
いや、あんま詳しくないのにいうのは恥ずかしいですけど、「This is Hip-Hop」っていう感じじゃないですかね。この自分の持てる武器で、立ち向かっていく姿。メチャクチャカッコいいです。
追記:ご本人のツイッターを発見。まじか。やっぱ実話なんだ。
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