所感4 罪悪感との向き合い方(社不向け)

社不向けとか初心者向けとか入門編とか、最初の一歩が踏み出しやすいですよね、ハードルが低いと。

過去を振り返って、誰しも罪悪感を抱くことがあると思います。その事がもう許されたとしても、許されなかったとしても、どちらにせよ相手は全く気にしていなかったとしても。

もうしないと誓っても、精神の不調や病気が原因でも、悪気がなかったとしても、その他如何なる理由があっても、悪いことをしたという事実は覆りません。

この、時折くる罪悪感との向き合い方について日々考えています。
私も、数多くの悪いことをしてきましたから、時折押し寄せる後悔の波に溺れています。今もずっと。この海から生涯出られることはないんだと思います。航海と掛けているわけではないのですが。

初めは、罪悪感が押し寄せるたび後悔や懺悔をしていました。それが、私にできる唯一の償いであると思ったからです。
でも、ずっとこれをしていると心を病んでしまう。悪いことをした当然の報いだといえばそれはそうですが、できれば許されたい。もう謝る機会もないけど、許されたくて救われたくて懺悔していた。救われないことに意味があるとも思ったりしますが。
許されたい気持ちがずっとあることだけは確かです。この気持ちに終止符を打ってほしい。

そこでおすすめなのが、罪悪感を感じた時は、開き直ることです。唐突ですね。
開き直るって、「過ぎたことだし」「仕方なかったし」「たまたまそうなっちゃっただけだし」みたいなことです。社不向けってこういうことです。
最初の方にも言いましたが、どれだけ後悔しても過去は変わらないです。そして、謝る機会もない今、謝ったとして許される確証もない今、というか謝ることが自己満足でしかない今、自分を許せるのは自分だけです。

せっかく悩んでも、許してくれる相手も節目も無いので、悩むだけ無駄ですよ。

自分の過ちを振り返ってウジウジしていることが好きだったり、罪悪感に浸ることが贖罪と思うのなら好きなだけそうしていたらいいんです。
でもそうじゃないなら、もう忘れていいんですよ。

自分勝手なことを言っているのは重々承知しています。相手からしたら罪の意識を忘れるなんて!って思うかもしれないですし。または、ずっと罪を覚えてろよ!って言うかもしれない。これって実は嫌がらせで言ってるので、間に受けなくていいんじゃないかな。
あとは逆に、自分のことなんか微塵も覚えてないかもしれないし。
罪悪感できゅうとなってしまう方って、相手からどうみられているかをとても意識すると思うんです。あと賢いんじゃないかな。でも、現実の相手が何を考えているかなんて分かるわけないから、想像上の敵と戦わなくていいんですよ。
まぁ、負い目を抱えて生きる方が楽ですから、無意識に罪悪感を大切にこねくり回してる可能性もありますけど。

こんな過疎のnoteに行き当たるくらい悩んでる人って、じゅうぶん自分の過ちを理解してるんです。もういいんですよ、許されても。許されたいなら。
でも、自分で自分を許さなくちゃならない。

今まで、私たちは自分自身や関係者にじゅうぶん責められたと思うし、そこまで思い詰めるほどのことをしたらずっと罪の意識に苛まれるのは当然だと思います。けれど、本人がその意識に呑み込まれないように抗うことは許されるはずです。

もう過去の出来事は全て諦めて、これからの行動で償うしかない、くらいテキトーでいいと思うんですよね。償いたければ行動すればいいし、別に償わないならそれでいい。

何かごちゃごちゃと理由をつけて、過去を忘れて生きていくくらいやってもいいんです。

どっとはらい!


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