恐竜卵屋 その2
連載小説 ぼくの夢?
三 不思議な店
、
玄関から突然現れた店までは、ゆっくり歩いても二分とかからず着くはずだ。
ところが隣の敷地に一歩足を踏み入れた途端,二、三メートルほど先にある店に全然近づけない。まるで下りエスカレーターで、一生懸命上まで昇ろうとしているみたいにだ。
「これって、どうなってるんだ?」
義広が聞いたけど、ぼくだってどうなっているのか全然わからない。
「ダッシュしよう」
やっぱり変だ。足はたしかに地面をけってるけれど、ちっとも前に進まない。
「くそっ、こんなに走っても着かないなんて、やっぱここってマジやばいって。なぁ、もう引きあげようぜ」
ぼくが義広の腕をぐいっと引っ張ると、こいつはその手を振りはらって叫んだ。
「いやだ、オレは卵が見たいんだー」
その瞬間、足がぐっと前に進んで、今までの焦りがウソのようにあっけなく店の前にたどり着いた。
つかれたー。ぼくはその場に寝転んで目を閉じ、息きれがおさまるのをまった。
「おい、裕也おきろ。店にだれかいるみたいだぞ.おきろって」
義広に体を揺さぶられ目を開けてみると、ついさっきまで暗かった店の窓から明かりがもれていた。
「なぁ電気がついたってことは、あそこにはだれかいるんだよな?」
「う・・ん、たぶんな」
「どんなやつがいると思う?」
義広はすっかりハイ。
でもぼくは、こいつみたいに単純に喜べない。
「この店って・・・」
隣で飛び跳ねていた義広がふりむいた。
「この店がどうした?」
「なんか・・・変」
「変?」
「ああ、あの板壁見ろよ。窓枠や引き戸も灰色に変色してるだろ?
木の板ってさぁ、長い間雨や風にあたり続けないと、あんなふうにならないはずだぞ。それに東側の壁がツタでおおわれているし・・・」
「おまえ、何が言いたいんだ?」
「つまり、この外観から判断すると、この店はずっと以前に建てられたってこと」
「そんなわけないって。ここは、さっきまで何もなかったんだぞ」
「そう、だから不思議なんだ」
ここで義広は、ウヒョヒョーと叫んでバカ踊りを始めた。
「いよいよおもしろくなってきたな。
歩いても歩いても、なかなかたどり着けない古い店なんてさ、やっぱりここは幽霊屋敷?それともXファイルものだったりして?」
これを聞いただけでもびびったというのに、こいつはさらに恐ろしいことを言いだした。
「さあ裕也、中に入ろうか」
「えっ入る?じょうだんだろ?こんなところに入って出られなくなったらど
うするんだよ?」
「大丈夫だって」
「大丈夫って、おまえ、どうしてそんなにはっきりといいきれるわけ?」
「主人公は無事生還できるにきまってるだろ」
こいつの思考回路は小学生か?
「あのさぁ、それって、おまえが好きなSF小説の中のことだろ?それもガキ用のさ。
いいか義広、これは物語じゃなくって、まぎれもなく現実なんだぞ現実」
「ああ、わかってるよ。だからこそ中に入るんだって。
なぁ裕也、いいか?よーく考えてみろ。目の前に恐竜卵屋なんて看板をつけた店が突然現れた。オレたちがいる現実世界の常識からすると、店の中にはこの看板どおりの物があるはずはない。
けど、さっきおまえも言ったただろ?この店って変だって。つまり、こんな変な形で出てきたっていうことは、この店が異次元から現れた可能性があるっていうこと。
もしそんなところから来たとしたら、まぁオレはそれを望んでるだけどさ・・・」
義広の話はいったんここで止まった。
「で、なんだよ、その先は?」
「裕也、おまえ、わかんない?これが異次元から来たとしたら、ここには看板どおりの卵があるかもしれないんだ。恐竜の卵だぞ、恐竜の」
「うん・・・だけどさぁ、今、目の前に恐竜卵屋って店が現れたっていうことが現実だからこそ、めでたしめでたしで終わらないんじゃないのか?」
「おまえ、びびってるわけ?」
そう、正直いって,ぼくはこの店に入るのが怖い。
「まっいいさ。オレは無理強いはしないって」
こう言って、義広はさっさと一人で店の入り口に向かって歩きだしてしまった。
こいつ、ほんとに店に入るつもりなのか?
「なぁ、ちょっとまてよ」
ぼくが止めるのを聞かず義広が引き戸を開けると、そこは一部屋だけの空間だった。
そして部屋いっぱいに木製の大きなひな壇があって、そのひな壇には卵、卵、卵、ずらっーとたくさんの卵が並んでいたんだ。
「うぉーすげぇ」
こんなのを見せられたらたまらない。ぼくらは、吸い込まれるように店の中に入った。
青、黄、白、オレンジの色鮮やかな卵。茶色や斑点模様のものもある。大、中、小、大きさだっていろいろだ。
卵は、ひな壇になった棚の上に一つ一つ間を空けて並べてあり、その下には転がらないように卵の色に合わせた座布団が敷いてあった。
一番下の段には、ビーチボールより一回り大きな卵、上にいくほど卵は小さくなり。一番上にあるのは、ちょうど鶏の卵ぐらいだ。
「すっげぇー。これってもしかして全部恐竜の卵?ああこの色、この形、完璧だ。きれいだよなぁ」
義広が一番下の卵をさわった。
「勝手にさわんないほうがいいって」
今まで見た事もない卵がずらっと並ぶこの部屋は、ぼくらにとってたしかに夢のような空間だ。でも、こんなのありえない。びくびくしながら店の中を見回してみた。
といっても、店の大部分はひな壇に占められていたけれど。
「いいなぁ、これ欲しいよなぁ」
義広は、いつのまにか茶と白の斑点が入った大きな卵を抱きかかえていた。
「おい、なにやってるんだよ。そんなことしたらやばいって、ほら、早くもどせ」
「なんでだよー、オレ,小遣い全部はたいてもいいから、これ買いたいんだけどさぁ」
「ばかなこと言ってないで、さっさともどせって」
義広が卵をもどしたそのとき、部屋の奥にあった扉がギィッーと鈍い音をたてた。
うわっ、やばい!すぐに逃げようとしたけれど、足がすくんで動けない。義広はというと、こいつも緊張しているのか顔がこわばっている。
ギギギーッと引きずるような音をたてて、さらに扉が大きく開き、そこから出てきたのは、白のシャツ、黒いズボン、そして丈の長いギャルソン風の黒いエプロンの紐をでっぱった腹の上できゅっと結んだおっさんだった。
このおっさん、なにかに似てる。なんだっけ?・・。あっ、そうだ不思議な国のアリスに出てくるハンプティダンプティにそっくりだ。
このハンプティダンプティおっさんとぼくの目が合った瞬間、おっさんの目が大きく開いてフリーズしたように動かない。
一分、二分、しびれを切らしてぼくが
「あのー」
と、おそるおそる声をかけると「ヒッ!」とひきつった声とともにフリーズ解凍。
「ぼ、坊ちゃんたち、どこから入ってきたんですか?」
坊ちゃん?それって、もしかしてぼくたちのことか?
「どこって、そこの入り口からだけど・・・」
義広が答えると、おじさんの目がますます大きくなった。
「入ってきた?入口から?あ、あのですね、ということは、坊ちゃんたちにはここが見えたってことですか?」
「あったりまえだろ」
こう答えたのも義広。ぼくはその間、じっと目の前のおっさんを観察していた。
「ここってさぁ、なんかすっごくいいよなぁ」
義広のことばに、おっさんの眉がぴくっと動いた。
なんかやばそうと逃げ体制で一歩後ろに下がったぼくと義広の手を、おっさんがガバッと握った。
「もしかして・・・、坊ちゃんたちも卵が好きなんですか?そうなんですよね?」
おっさんの気迫に押され、ぼくらは思わずうなずいた。
「やっぱり・・・」
やっぱりって、なんだよそれ?
「あの・・・ですね、ちょっと聞きますが、ここって一体何ですか?」
相手がなに者かわからないので、丁寧に聞くことにした。
「あらっ、ほっほっほ。そうかそうか、そうですよね、申し訳ございませんでした。紹介が遅れましたが、わたくし、こういう者です」
おっさんは、気色の悪い笑い方をした後、エプロンのポケットから名刺をとり出した。
【ドリームカンパニー ジャパンサポート事業部 スキタマ ダイゴ】」
ドリームカンパニー?ジャパンサポート事業部?スキタマ ダイゴ?全く意味不明。
「えーと、ですねぇ・・・ここがドリームカンパニーの会社なんですか?」
「あらっ、いえいえ違います。ここはこのスキタマ ダイゴの営業所なんですよ」
「営業所?ってことは、もしかしてこの卵、売り物?だったらオレ、ひとつ買いたいんだけど、これいくら?」
こいつはまったく・・・。
「義広、おまえさぁ、この名刺見て何の疑問もわかないわけ?」
「名刺?ああこれ?べつにいいじゃん、ここがどこだろうが、このおっさんが何してようとさ」
「よくないね。もしこいつが・・・こいつがだなぁ、う・・・」
とっさに言葉をのみ込む。うかつに宇宙人なんていえないって。
「う?うがどうした?あっ、もしかしておまえ、このおっさんが宇宙人だと思ったりして?」
「ほっほっほっ。いやですねえ坊ちゃん。わたしは宇宙人なんかじゃありませんよ」
「なんだ、違うのか。オレ的には、それを期待してたんだけどなぁ」
「宇宙人がよかったなんて、ほっほっほっ、こっちの坊ちゃんはおもしろいですねぇ」
「じゃあさ、おっさん、何者?どうしてここに来たんだ?ここって、さっきまで何にも建っていなかっただろ?」
そう、それなんだよ、ぼくが聞きたいのは。
「ああそれはですねぇ、わたし、この地域の周回捜査を始めたんですけど、このあたりで何か惹かれるものがあって、それを調べるために昨日この空き地に着地してみたというわけです」
「惹かれるもの?着地?」
義広の目がらんらんと輝いている。
「はい、さっきまでそれが何なのか不明でしたが、今わかりました。発信元は坊ちゃん達で、キーワードは卵。
わたしの卵好きと坊ちゃんたちの卵好きの周波数がぴったりと重なり合ったから、坊ちゃんはこの店に気がついたし、入ることもできたんですね」
卵が発信元?なんだ、それ?全然意味不明。
「何言ってるのか全然わからないから、ちゃんと理解できるように説明してくれよ」
「ああ、すいません、すいません。ほんと、わたしったらなんか興奮しちゃって。じゃあえーと、まずなにからお話しましょうかねえ・・・そうだ、まずドリームカンパニーのことから話しましょうね」
「ドリームカンパニーって?」
「ドリームカンパニーは、人が幸せになるのをお手伝いする会社なんですよ」
「人が幸せになるお手伝い?それって、もしかして宗教勧誘ってやつじゃないのか?」
「違います、違います。純粋に人が幸せになるお手伝いをしているんです。だって・・だって・・わたし天使なんですから」
「天使ー?」
このおっさん、完全に頭がいかれてる。
四 天使のおっさん
ぼくは義広のTシャッをそっと引っぱった。
「こいつ絶対ヤバイって。なぁ、さっさと帰ろうぜ」
「そうか?なんかおもしろそうじゃん」
「おもしろいって、おまえねえ・・・、ちょっとこっちにこいよ」
義広の腕をつかんで、部屋の隅に連れて行く。
「おまえも聞いただろ?あのおっさん自分のこと天使だって言ったんだぞ。それって絶対怪しいって。だいたい天使なんて存在するはずないないし、万が一いたとしてもだよ、おまえ、あれが天使に見える?」
「オレは、今まで本物の天使なんて見たことないからわかんないね」
「こっちだってないけど・・・。でも普通天使っていうと、ほら、こう背中に羽があってさ、なんか白いドレスみたいな服着ていつも変な楽器を弾いてる・・・」
「ちょっとぉ・・・」
「うわっと!」
いつのまにか来たのか、ぼくらのすぐ後におっさんが立っていた。
「もう、わたしたち天使の世界も、今はきちんと組織化されているんですから、いつまでもそんな古典的なイメージを持っていられると困るんですよね」
そんなことを言われても、組織化された天使なんてイメージできないって。
「詳しく説明させていただくと、天使の世界は、わたしが所属するドリーム部門の他に、インスピレーション部門とシンクロニシティ部門があります。坊ちゃんたちは、今までラッキーと思ったことがたくさんあるでしょ?
これはね、インスピレーション部門とシンクロニシティ部門の天使が、ハッピー現象を仕掛けたからおきたんですよ」
「なんか天使って、すっげぇな」
義広は、心底感心したようにつぶやいた。
「ほっほっほ、そうでしょ?でもね、この三つの中でも一番重要なのは、わたしが所属するドリーム部門。なにしろ人間が自分の夢を見つけるのをサポートするんですからね」
「ちょっと待てよ」
ぼくはおっさんの話を止めた。
「おっさんが夢をサポートする天使かなんかしらないけど、その天使がどうしてこんな古い店で恐竜卵屋なんてやってるんだ?」
「あら、さっき言いませんでしたっけ?ここは営業所兼コレクタールームだって。
わたし、ギャラクシーアース地区要員、つまり地球担当になって初めて卵というものを見たんですけどね、これを一目見た瞬間から、この楕円形のフォルムと質感、それに一つとして同じものがない色の虜になっちゃったんですよ」
「やっぱりおっさんもそうだったのか。いいよなぁ、この形」
「はい、鳥の卵もいろんな種類がありますよね。でもバリエーションが一番豊富なのは恐竜の卵。
だから、わたしはこうやって恐竜の卵を蒐集してるんですよ。でもねぇ、これだけ集めるのには苦労しました」
「おっさんはどうやって恐竜の卵を手に入れたんだ?いまの時代、こんな卵は存在しないだろ?」
「だってほら、それはわたくし天使でしょ?だから時間なんか超越して恐竜がいた世代に行けるんですよ。
でもねぇ、やっぱり本物の恐竜は恐ろしくって・・・」
義広とおっさんの話が、ずれ始めている。
「違うって!まずぼくが聞いたのは、どうして天使が恐竜卵屋をしているかだって!」
「まぁ、わたしったらごめんなさいね。卵のことになると夢中になっちゃうから。じゃあえっとですねぇ、坊ちゃんたちは聞いたことありません?
天使が姿を見せないで、そっと後ろからサポートするっていう古典的な方法を。
仲間の天使のほとんどは、この方法で人間に夢を見つけさせて、その夢が実現するのをじっと待つんですけれど、わたしはそんな地味なのはまっぴら。もちろん夢を見つけるまでは、いろいろアドバイスはしますよ。
けど、見つけた夢を実現させるには、毎日のように自分の夢を言い続けなければダメッ!
言葉には魂が宿るんですからね。言霊です!言霊!」
「言霊はわかったけど、どうしてそこに恐竜の卵が必要なんだ?」
「あらー、だって、どうせ言うのだったら、素敵な物に向かって言った方が気持ちがこもるじゃないですか。
それに、ここにある卵は、わたしがちょっと細工した特別製で、言葉にして言い続けることで夢はすくすく育ちますし、卵からヒナがかえるように夢もかえるんですよ。で、この店は、大切な卵を置く場所が必要だったから作りました。
レトロっぽくしたのは、わたしの趣味。
本当は行く先々まで店を持ち歩かない方がいいんですが、ほら、卵っていつでも見ていたいじゃないですか」
卵で夢を育てるだって?ウソくさ。
それなのに義広ときたらこんなことを言いだした。
「夢のたまごかぁ・・・いいよなぁ。オレもそれやりてえ。裕也もやりたいよな?」
「やりたくないっ!」
「えーなんでだよ。なあ、オレと一緒に卵孵さない?」
この言葉を聞いて、天使おっさんの顔が文字通りパァッと輝いた。
「そう、そうですよ!ここに卵好きな少年が二人もきてくれた。なんというめぐりあわせ、なんという幸せ。ああ神様感謝します」
天使のおっさんは、手を胸の前で組み合わせ上を見上げている。
このうえ神様まで現れるのかとおそるおそる上を見上げてみたけれど、そこには店の天井しか見えなかったのでほっとした。
「坊ちゃん!」
天使のおっさんが、またしてもぼくたちの手を握った。
「ここにある卵の中から、好きなものを一つ選んでください」
「マジ?それって、もしかして選んだ卵をくれるってこと?」
義広が身を乗り出した。
「そうです」
「裕也聞いたか?おっさんが、好きな卵くれるってさ。なあ、おまえ、どれにする?」
「だから、ちょっとまてって」
「なんだよ」
義広は、もろ嫌そうな顔をしている。
「卵をもらうのは、このおっさんの考えを聞いてからの方がいいって」
「考え?」
「ああ、どうしてこれをただでくれるかをさ」
「くれるって言ってるんだからさ、べつに考えなんて聞かなくてもいいじゃん」
「いや、ここはきっちりおさえておかないとダメだね。なあ、この卵と引き換えに何かして欲しいんだろ?」
「あら、いやですよ、もう、そんな怖い顔しないでくださいよ。わたしは卵を渡したからといって、坊ちゃん達をどうこうするわけじゃありません。ただ・・・」
「ただ・・?」
今までの経験上、ただ・・・のあとに続く言葉って、ろくなことじゃない。
「ただですね、坊ちゃんたちに夢を見つけていただきたいだけなんです」
「夢?」
「そう、将来に対する自分の夢。
坊ちゃん達が夢を見つけてくださらなければ、わたし・・・わたし・・・天使を降格させられてしまうんです」
天使のおっさんが、うるうるした目でぼくらを見つめた。
「なに、その降格って?もしかして、天使にもノルマがあるわけ?」
義広は、このうるうる目に全然動じてない。
「わたしたちの仕事は、人間に夢を見つけさせることって言いましたよね?このサポートが千人に達した天使は、その業績が認められ殿堂入りして、大天使様のお近くで働くことが許されるのです」
「へぇ、大天使様の近くで働くなんて、なんかかっこいいなぁ」
「でしょ?この殿堂入りはわたしたち全天使の憧れなんですよ」
またしても、話が横道にそれた。軌道修正、軌道修正。
「で、天使のおっさんは、どうして降格されるわけ?」
「わたしたち天使は、百年の間に最低でも百人サポートしないといけないんです。わたし、今年が百年目でタイムリミットまで、あとわずか一か月。
それなのにわたしがサポートした人間は・・・」
ここで天使のおっさんは、ぼくらの前で指を一本立てた。
「百人?んなわけないか。もしかしてたったの十人だったりして・・・」
「いえ・・あの・・・一人」
「あちゃー百年かけて、たったの一人?なんかなさけねえの」
「うっ、ううううっ・・・」
義広がぽろっとこぼした一言で、天使のおっさんがさめざめと泣き出してしまった。
「でもさぁ、サポートする人間なんて山ほどいるし、それに殿堂入りした天使だって結構な数なんだろ?同じ天使でも、どうしてこんなに差がつくわけ?」
ここで天使のおっさんは泣くのをやめて、ぼくをキッとにらんだ。
「あのですねえ、サポートは、だれでもいいってわけじゃありません。
制限なしで行き当たりばったりでサポートしたら混乱がおこるでしょ?
だから天使はそれぞれ自分独自の言葉の周波数というか、キーワードを決めて、これに合う人しかサポートできないんです」
「天使のおっさんは、どんなキーワードにしたんだ?」
義広が聞いた。
「わたしですか?もちろん『卵が好き』に決まってじゃないですか」
「ちなみに殿堂入りした天使の周波数って何?」
「愛、癒し」
なんか納得。この天使のおっさん、殿堂入りの見込みなし。
「こうなったら一人でも多くの人間をサポートして、大天使様に誠意だけでもお見せしなければ・・・坊ちゃん、いっしょに夢を見つけましょう」
天使のおっさんは、ぼくらを変な道に引きずり込もうとしている。
こんな店、さっさと出て行ったほうがよさそうだ。
「あのー、ぼくたちもう帰ります。そうだよな?義広?」
「ああ、そうだな。じゃあ、その前にさっさと卵を選ぼうか」
「卵なんて、もういいだろ?」
「よくないね。オレは卵から恐竜を孵したいんだ」
「おまえ、ここにある卵から恐竜が孵るなんてマジ思ってるわけ?」
「ああ」
「あのさぁ、恐竜なんて絶対孵らないって」
「そんなことありません」
天使のおっさんが、横から口をはさんできた。
「へぇ、そんなことない?じゃあ聞くけど、たった一人かもしれないけど、ちゃんと夢のサポートをしたんだよな?
だったら恐竜だって孵っているはずだろ?でも、この百年の間に恐竜がいたなんて話は聞いたことないぞ。これって、どういうわけ?」
天使のおっさんが困ったという顔をしたので、ぼくはこれで帰れると思った。
ところが天使のおっさんは往生際悪く
「わかりません。でも夢さえ言い続ければ本当に恐竜は孵るんです」
なんて言いだすから、さすがに頭にきた。
「わかりません、でも恐竜は孵るってなんだよ、それ?」
「なんだよ、それって言われても、わからないものは、わからないんですっ!」
「それじゃあ全然答えになってないだろっ?」
ぼくとおっさんの会話は平行線のまま交わろうとしなかった。
こんな前にも後ろにも進まない状況下で、義広が意外なことを言いだした。