「恐竜卵屋」 その1
連載小説 ぼくの夢?
序章
「自分の身におきることは偶然ではなく必然で、すべて本人が引き寄せたもの」
これは誰かがテレビで言ってたことばだ。
じゃあ、あいつを引き寄せたのは、このぼく自身ってこと?
そんなのウソだろ?
だって、ぼくはあんな奴に会ったことをものすごく後悔しているんだ。
あいつさえ現れなかったら、そう、あいつさえ現れなかったら、こんなものを手にすることはなかったのに・・・。
淡いオレンジ色の空がまっ黒な闇に包まれるまで、ぼくは膝を抱え、部屋の中のクローゼットをじっと見ていた。
キィーッ、窓の外から自転車のブレーキをかける音が聞こえた。
この音が合図かのようにぼくは立ち上がり、クローゼットの奥からタオルケットに包まれた塊を取り出した。
そして、これを抱えて階段を降りた。
廊下からリビングを覗くと、白い布に包まれた小さな箱の前で母さんがうたた寝をしていた。
頬にいく筋もの涙のあとが見える。
ぼくは塊をぎゅっと抱きしめ、音をたてないように玄関の戸を開けると、門扉の外に義広が立っていた。
「おまえのことが気になって・・・」
こう言った義広の脇を無言で通り抜け、ぼくは隣の空き地に入った。
「ちょっ、ちょっと待てよ。おまえ、何持ってるんだ?それって・・・、裕也!」
空き地のまん中に立ち、ぼくはかすかに星の瞬きが見える空に向かって叫んだ。
「おいっ、ぼくの声が聞こえるんだろ?話があるから降りてこいよ!」
「裕也、どうしちゃったんだよ?」
「早く降りてこいってば!」
「裕也!ちょっとこっちを見ろ。おまえ、自分が何してるのかわかってんのか?」
「ああ」
「ああって・・・」
揉みあっているぼくらの後ろで声がした。
「坊ちゃん・・・」
ふり向くと、そこにはあいつ・・そう天使のおっさんが立っていた。
天使、天使、天使・・・。
ぼくは、どうしてこんな奴と出会ってしまったんだろう?
あの時、窓さえ開けなければ・・・、何も見なかったことにしていれば・・・。
すべては三週間前のあのときから始まった。
1 不思議な光
「裕也、裕也ったら、義広君から電話よ」
ドアをックする音で目を覚まし、母さんからコードレスの受話器を受け取った。
「もしもし」
「裕也,おまえのスマホ、つながらないぞ」
「スマホ?」
眠気で頭が働かない。
「ライン送ったのに、全然既読になってないぞ」
ここにきてようやく思考回路が回復。
「ああ、わりい。充電忘れてたからきっと電源ゼロだ」
「おまえねえ、さっさと充電しろよな」
「わかったわかった、今するからさぁ」
ぼくがスマホを取り出そうとディバックの中をまさぐっていると、窓の外から目が眩むほどまぶしい光が飛びこんできた。
うわっ、なんだ?と窓を開けると、七月には珍しく濃い霧がたちこめていた。
この霧の中、さっきの光の正体を見極めるために目を凝らす。
えっ、マジ?
「お・・、どう・・・」
手に持った受話器から、義広の声がかすかに聞こえてくる。
でもこれを無視して、もう一度しっかりと霧の中を見た。
やっぱりある。あれって家、だよな?隣に家が建ってる?
そんな、まさか・・・隣はずっと空き地なんだぞ。
塾の帰り、そう一時間前までは、たしかになにもなかった。
じゃあ、あれは何だ?・・・わからない。
なんだか一人で部屋にいるのが恐ろしくなって急いで階段を駆け下りると、トイレからでてきた母さんと鉢合わせになった。
「か、かあさん、あの光見た?隣の家見た?」
「光?家?なに言ってるの?」
「なにって、ほら、さっき、外がものすごく光っただろ?」
母さんは首を横にふった。
あんなにまぶしい光に気がつかなかった?ウソだろ?
だったらと居間のカーテンを開けると、靄でかすんでいるけれどブロック塀を挟んだ向こう側には、やっぱりなにか建っていた。
ぼくは、それを指さした。
「ほらあそこ、霧の中に家が見えるだろ?」
「どこに?なんにもないじゃない」
「な・・・い?」
「裕也ったら、もう小学生じゃあるまいし、中三にもなってなに寝ぼけてるのよ?」
「違うって,寝ぼけてなんかないって」
「はいはい、わかったから、ほら、今日はもう寝なさい」
どうして母さんには、あの光や家が見えないんだ?
あれって幻?そんなまさか・・・。
考えれば考えるほど頭がこんがらってきた。もうわけわかんないよ。
だからぼくは母さんの命令どおりベッドに入り、さっさと寝ることにした。
翌朝カーテンを開けて外を見ると隣に家はなく、いつもと変わらぬ空き地のまま。
やっぱり寝ぼけていたのか?でも、寝ぼけていたとしても、あの光は妙にリアルなんだよな。
釈然としない気持ちを抱いたまま学校までの道を歩いると、背中をドンと叩かれた。
「いってぇなー」
振り向くと、義広が立っていた。
「おい裕也、昨日の電話、なんだよ、あれ?」
「電話?電話って・・・、あっ、やばっ!」
今頃になって、部屋のどこかに転がっている受話器のことを思い出した。
「わりい、あの時なんか寝ぼけててさ、妄想みたいなもの見ちゃったんだよなぁ」
ぼくがこう答えると、少し間を置いて義広がにやりと笑った。
「たまってるものを発散しないとさ、そういうことがおきるんだって」
最初はこいつが何を言ってるのかわからなかったけれど、しばらくすると解明できた。
「あっ、ちょっ、ちょっと待て。おまえ,完全に勘違いしてるって。ぼくが見た妄想っていうのは、なんかすっごい光で・・・」
「はいはい、わかってるから、言い訳なんかするなって。ほら朝練に遅れるぞ」
「おっ、おい待てよ」
ぼくと義広は走って体育館に入った。
小学一年でミニバスのクラブに入ってから、中三になる今までぼくはずっとバスケを続けている。そして義広は、ぼくより一年遅れて同じミニバスのクラブに入ってきた。
ずっとコンビを組んでバスケ一色だったぼくと義広は一見スポーツで汗をながす健全な青少年、けれど実はほかの奴には言えない秘密を持っている。
朝練が終わり、コートにモップをかけているぼくの横に同じくモップを持った義広が並び、ぼそっとつぶやいた。
「裕也、今日プログの更新日だろ?塾の帰りに、おまえんちに寄るから」
学校内の誰にも知られていないけれど、じつはぼくと義広はすごい卵フェチで、お互いの部屋にはネットのコレクターサイトで集めた卵の化石や写真等々、卵に関するものが山ほど飾ってある。
こんな卵フェチになったきっかけはというと、ぼくは自然観察会でムクドリの青い卵を見つけた時、そして義広は笹薮の中でウグイスの赤茶色の卵を見つけた時、この卵の色や、形、模様の魅力にはまってしまったんだ。
まあ普通はこんなことはないと思うけどね。
でもこの卵の魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたくって、ぼくと義広は共同でプログのサイトを立ち上げた。
実名はのせてない。それこそ誰が見ているかわからないからだ。
サイト名は「LOVEエッグ」内容は、もちろん卵一色。
「卵にメロメロなんて、オレたちって、ぜったいオタクだよな」
「まぁいいじゃん。世の中にはゴキブリが好きだって奴もいるみたいだし、コスプレ命って奴もいるからさ、人それぞれだって」
「オレ、裕也が同じ趣味でマジよかったよ。こんなこと話せるの、おまえしかいないもんな」
お互い小学校低学年の頃、友達に卵のことを夢中になって話した結果キモイ奴っていじめられた苦い記憶がある。
こいつが卵好きって知ったのはいつだっけ?
ああそうだ、義広はミニバスに入ったばかりの頃、体育館の隅でなにかを見ながらニヤニヤしていたんだよな。
何見てるんだ?って気になって、そっと後からのぞくと、それが青い卵の写真だった。
「それってコルリの卵だろ?コマドリのは、もう少しみどりっぽいよね?」
あの時、義広はすっごくうれしそうな顔をしてうなずいたんだ。
「裕也君も卵好きなの?」
「うん、だって卵ってきれいだもの」
この瞬間から、ぼくたちは親友になった。
二 再び不思議な光
七月の初旬には期末試験も終わり、それぞれの部は地区大会に向けて猛練習が始まった。
もちろんわがバスケ部も例外じゃない。
顧問のゴリヤンこと武田先生が組んだハードな朝練と授業後の練習が終る頃には体はクタクタ、このままバタンキューと眠りたい。
でも受験生のぼくらには、ゆっくり休む時間なんてなかった。
部活が終って家に帰り、急いで夕飯を食べて、塾まで自転車で猛ダッシュ。こんな状況で、九時まで続く塾の授業を受けるのは、まさに拷問。
「今日さぁ、マジ寝てたよ」
塾の帰り道、義広がぼそっとつぶやいた。
「いびきかいてたしな」
「ああ、やべぇ。今度の模試最悪かも」
「それはお互いさまだって」
ぼくたちは、同時にため息をついた。
「裕也、おまえ、もう少しがんばれば海南の合格ラインだろ?あそこでバスケやりたいんだったらさ、これから死ぬ気で勉強しろよな」
「あーそれ無理っス。うち、金ないから私立パスして公立一本」
私立海南高校のバスケ部は、毎年インターハイや選抜に出場し、そのうえ何度も優勝経験があるほどレベルが高い。そしてこの高校は、入学金や授業料も他の私立よりも一段と高いときてる。
「おまえちの父さん、仕事見つかったのか?」
義広に聞かれ、ぼくは肩をすくめた。
「おまえんちの店、客、増えてるか?」
今度はぼくが聞くと、義広も肩をすくめた。
居酒屋等に食品を卸していた浜岡フーズはコロナ禍の影響で売り上げが大々的に落ち込んだ。いろいろ立て直しを図ったみたいだけれども、結局にっちもさっちもいかず二月の末に倒産。その時点でここに勤めていた父さんはリストラをくらった。
家のローンがまだ十年は残っているのに退職金は雀の涙。その結果、我が家の家計は火の車。
父さんはハローワークに通い詰めているけれど、この不況時では次の職がなかなか見つからない。一方、義広んちは駅前の春岡商店街で小さなスーパーを開いているが、一年前、駅から車で三十分ほどのところにできた大型ショッピングモールに客を奪われたしまった。
お互いの家族が近頃よく聞く不況話の当事者になっているわけだ。
ペダルを漕ぐ足にも力がはいらない。
次の角をまがれば、我が家が見えるという場所に来た時、ぼくは昨日のあのリアルな光を思い出したんだ。
塾に行く時、隣は空き地のままだったから怖がる理由なんて全くない。それなのに曲がり角の少し手前で、自転車を止めてしまった。
「おい、どうしたんだ?」
先に曲がり角についた義広が自転車を止めてふり返った。
「義広、あの・・な、そこからうちの家が見えるだろ?家の隣、どうなってる?」
「はっ?何言ってるの?空き地にきまってるだろ」
「あっそう、なにもない?空き地のまま?だったらいいんだ。さっ、行こうぜ」
ぼくは、腑に落ちないって顔をしている義広の横を走り抜けた。
「ただいま」「お邪魔します」
ぼくたちの声で、父さんがリビングから顔を出した。
「おう,お帰り」
父さんに向かってぺこんと頭を下げた義広は、二階のぼくの部屋に入るなり言った。
「裕也の父さんってさぁ、ほんといい人ぽいよなぁ」
そういい人、そのひと言につきる。
でもそれって、何の得にもならないような気がする。
「オレんち、おやじの奴、すっかりでこが広くなっちゃってさぁ・・・」
義広が、たまんねえって顔をしてつぶやいた。
「心労からか?」
「かもしんねぇ。なんかやばいよな」
「体がか?」
「いや、あの禿げぐあいがさ。ほら、禿って遺伝するっていうだろ?
あーあ、金はないし、禿げの心配はあるし、もうやってられないって」
義広がぼやきながらプログを開いたその時、窓からピカッとものすごい閃光が飛び込んできた。
「うわっ、なにこれ?やべぇ」
義広はとっさに身を屈めたけれど、ぼくはその義広を押しのけて窓を開けた。
「お、おい、なにやってるんだよ裕也。これってやばいって」
叫ぶ義広を無視して昨日と同じように霧がたちこめ始めている外を見てみると、やっぱり・・・ある。
「裕也,おい、どうしちゃったんだよ?」
「なあ・・・義広、ちょっと外見てみろよ」
「おまえ、なにびびった声出してんの?あっ、もしかして幽霊?へへっ、まさかね」
そう言って外を見たとたん、義広は驚きの声をあげた。
「うわっ、なんだ?なんでおまえんちの隣に家が建ってるんだ?さっきまで何にもなかったよな?」
ぼくはうなずいた。
「だよな。さっき横を通った時はなかったよな?」
もう一度うなずいた。
「じゃあさ、いつ建ったんだ?」
首を横にふって、念のために聞いてみた。
「おまえは、あの家が見えるんだよな?」
「あたりまえだろ。オレ、目だけはいいの」
「あの・・・さ、今朝話しただろ?ほら妄想って」
「ああ」
「それって、あれのこと」
義広は、もう一度窓の外を見た。
「へっ?あれ?あれのどこが妄想なんだ?ちゃんとオレにも見えるじゃんか」
「だろ?昨日もさっきみたいなすごい光があったのに、母さんは光なんかなかったって言うし、それにあの家だって見えないみたいなんだ」
「おまえの母さん、目、悪かったっけ?」
ぼくは首を横にふる。
「じゃあ、どうして見えないんだ?」
「こっちが聞きたいって」
「もしかしてオレたちしか見えないってこと?そんなのあり?」
「う・・・ん。この状況からすると、ありみたいだ」
「でもさぁ光ったあとに家が建つなんてさ、ほんと不思議だよな。
なぁなぁ、今まで知らなかったけど、もしかして、あそこUHO基地だったりして?」
「そんなわけないだろ」
ぼくらがもう一度外を見ると、そこではたちこめていた霧が薄くなり、隣の不気味な家が少しづつその全貌をあらわし始めていた。
「あっ、おい、見ろよ。あれって看板じゃないのか?」
義広が指さした屋根の上には、たしかに看板らしきものがある。
「裕也、フィールドスコープ持ってたよな?あそこに、なんて書いてあるか読んでみろよ」
ぼくは机の引出しからフィールドスコープを出し、隣の屋根を見た。
えっ?うそだろ?
「なあ、なんて書いてある?」
義広にフィールドスコープを渡すと、すぐ横で大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「げぇー、なんだよ、あれ?すげぇ、すげぇ。なぁ、これって夢じゃないよな?」
「夢じゃない・・・と思うけど」
義広が、にやっと笑った。
「行こう」
「行こうって、どこに?」
「あの家に決まってるだろ」
「えっ、マジ?冗談だよな?」
ぼくは義広を見た。だめだ、こいつ完全にマジ。
「なぁ裕也、今からあそこの正体を突きとめに行こうぜ」
「ちょっ、ちょっとまて。それってやばいって」
「なんでやばいんだよ?」
「おまえさぁ、この状況がちゃんとわかってる?霧の中から突然現れたりする店だぞ。これがやばくないわけないだろ?」
「だからおもしろいんだって。裕也は興味ないわけ?あの看板の文字がさ」
「うっ、うん、まぁ興味がないといえばウソになるけど・・・」
「だろ?だったら話しははやいよな。ほら、行くぞ」
義広に腕をがしっとつかまれ、ぼくは引きずられるような形で部屋を出た。
SF小説なみの現れ方、さらにあの看板の文字。自分が好きな物ベスト2がそろったからか、義広の奴は喜々としている。
まあ、現れ方はともかく、あの看板は魅力的だ。なんたって『恐竜卵屋』だもんな。