恐竜卵屋 その5
連載小説 ぼくの夢?
九 修行?
【曙町平田4ノ11 菊田源一】
ぼくと義広は、額をくっつけるようにして小さな紙切れを見ていた。
「これって隣町の曙町のことだよな?」
「だと思う」
「裕也、グーグルマップにアクセスして、これがどこか調べてみろよ」
スマホで検索してみると、すぐに目的の場所が現れた。
「やっぱり隣町だ。平田4の11は・・・ここだ」
「けっこうでかい家だよな」
ぼくらはじっと画面を見ていた。
「菊田源一ってさ、名前からするとぜったい若くないよな?」
「うーん、断定できないけど、その可能性大だな」
「年よりって、どんな修行をさせるんだろう?」
「わかるわけないだろ」
修行って何をさせられるのか想像もできないけれど、今はそんなぶっ飛んだことができるなんてラッキー、とでも思うことにする。じゃないと今晩眠れそうにないからさ。
五日目。
今日も朝から暑い。そして体育館では、この暑さを倍増させる罵声が響いていた。
「佐々木ー、なにやってるんだー、そんなパス出すな!回れ回れ、リバンド、よーし」
汗が目に入ってしみる。髪の毛はシャワーを浴びたかのようにびしょぬれだ。
「よーし、今日はこれまで」
ハードな練習とそれに続くコートの清掃がようやく終わったのは、十二時半だった。
「義広、家に帰って、着替えてから出直す?」
「いや時間がもったいないから、このまま行こう」
「このまま?うへぇー、何か食べないと死ぬって」
「裕也も今日は自転車だろ?ちょっと遠回りになるけどさ、オレんちで賞味期限が切れそうなパンを仕入れようぜ。パンだったら自転車走らせながら食べられるだろ?」
「そうだな」
全力で自転車を走らせる。
真夏の一番熱い時間、のどはカラカラ、そのうえ胃の中は空っぽ状態で自転車を走らせるなんて自殺行為だ。
「ガス欠ー」
ぼくは倒れるようにスーパーHARAの通用口横にへたりこんだ。
義広はすぐに店に入って、二、三分するとペットボトルとパンでふくらんだ袋を抱えて出てきた。
「ほら、まずこれを飲めよ」
ぼくは差し出されたスポーツドリンクを一気に飲み干す。
「パンは自転車を走らせながらだ。ほら、時間がないから行くぞ」
ぼくはパンを口にくわえ、また自転車を走らせた。
「裕也、知ってたか?今から行く菊田源一っていう人って、四柱推命の占い師なんだってさ」
「占い師?マジ?」
「ああ、それもその筋ではけっこう有名みたいだぞ」
義広がこう言った時、ぼくらは平岩と書かれた交差点を通り過ぎた。
「こっちでいいよな?」
「ああ、このまままっすぐ行けば、公園の前に出るはずだぞ」
児童公園の前を通り過ぎ、自転車のスピードを落としながら角を曲がると、茶色の板塀が長く続いていた。
「けっこう金持ちみたいだよな」
ぼくは古いけれど立派な門の前に自転車を止めた。
かなり年季のはいった格子の引き戸の横に、すごく旧式なインターホンがある。
「これって、今でも使ってるよな?」
義広がうす汚れたインターホンを押そうとした時、ぼくはなぜか不安に襲われた。
「なぁ、天使のおっさん、話つけてるんだよな?」
「ああ、大丈夫だろ」
義広がもう一度インターホンに手をやる。
「あっあのさ。ほら着替えてないから汗臭いだろ?」
「別に婚活するわけじゃないんだから、そんなの平気だって」
「あっ、なんか腹が痛くなってきた」
「ちょっとぉ、もうっ、いいかげんにしてください」
ひぇっ、この声?
後ろを振り向くと、いつの間に現れたのか天使のおっさんが立っていた。。
「おっ、おっさん、なにしに来たんだ?」
「なにしに来たもこうもないでしょ。もうっ坊ちゃん達ときたら、ようやく好きを絞り込んだと思ったのに夢を導き出せないし、修行に来たら来たらでこんなところでとん挫してるし、ほんとしっかりしてくださいよね」
「そ、そんなこと言われたって・・・」
「こんなところでビビっている場合じゃないでしょ?さっさと覚悟を決めて先に進む!」
こう言って、天使のおっさんはかってにインターホンを押してしまった。すると
「はい、どなたかな?」
と返事がかえってきた。
「えっと、あのー、ぼくたち、て、天・・・」
どうやって言えばいいのか困ってしまい、天使のおっさんに変わってもらおうとしたら・・・、あれ?天使のおっさんは?
「なぁ、天使のおっさん、どこにいった?」
「えっ?今ここに・・・いない。消えた」
「消えたー?あいつ、一体なに考えてるんだよー?」
ぼくらがもめていると、インターホン越しに怒鳴り声が響いてきた。
「だれだ?イタズラなんて承知せんぞ!」
「うわっ、やべっ。裕也、ちょっとどけ。あ、あの、オレたち修行にきました」
「修行?」
この後しばらく間があいたけれども、無事返事が返ってきた。
「ああ、そうか、そうだったな。じゃあ入ってこい」
この言葉に従って引き戸の門を開けて中に入ると、そこは大きな木々に囲まれまるで森のようだった。
敷地の奥には見上げるほど高い木に覆われた古い平屋の日本屋敷があり、ぼくらは足首まで伸びた草に隠れた踏み石にそってこの家の玄関まで歩いた。
「すっげえ草。じいさん、金持ちだったら人雇って草とりぐらいしろよな」
湿った草むらから腕や足を目ざして群がるヤブ蚊を叩き潰しながら、義広がぼやいた。
「なんかさぁ、こんな所でやってる占いなんて、うさんくさくないか?」
「裕也、わかってないなぁ、こういう所だからこそ、かえって正統派の占い師って感じで客が来るんだって」
ヤブ蚊と戦いながら、ようやく開け放された玄関前に着き
「すいませーん、こんにちは」
と声をかけようとしたとき、下駄箱の上に飾られたいくつもの卵に目が吸い寄せられてしまった。
「すげぇ、この黒いのエミューの卵だ。こっちの青いのはチョウサギか?」
「ああ。で、こっちがダチョウ。なぁ、うまく接いであるよな?」
どれも一見完璧な卵のようだったけれど、よくよく見るとはぎあわせた筋が何か所もある。
「これで決まりだな」
義広が自信ありげに言った。
「なにが?」
「菊田源一は、天使のおっさんから夢発見のサポートを受けた貴重な一人だってことがさ。ここにある卵がなによりの証拠。こんなの普通は玄関に飾らないだろ?菊田って人も卵好きが災いして、天使のおっさんと波動が合っちゃったわけだな」
かがみこんでまじまじと卵を見ていたぼくらの首筋に、フンッ!と生暖かい息がかかった。
「修行したいっていうのは、おまえたちだな?」
驚いて振り向くと、南国の葉っぱ模様がプリントされた渋いアロハにヒザ下までのハーフパンツを穿いた坊主頭のじいさんが立っていた。
白いあごひげ、細い体、七十代後半くらいかな?年寄りのわりに顔つやがいい。
「名前は?」
「あ、あの川村裕也です」
「えっと原田義広です」
「うむ、裕也に義広か」
こう言って、ぼくらの頭の先から足元まで値踏みするかのようにジロジロと見ていたじいさんが、突然がしっと腕をつかんだ。
「イテテテ」
「ふむ、いい腕しとる。使えるな」
使える?何に?
何が何だかわからないままその場に立ちつくしていたぼくらの前で、じいさんがクンクンと鼻を動かした。
午前中、みっちりバスケの練習をしたからものすごく汗臭いはずだ。
もしかして、このじいさんは潔癖症?やっぱり着替えてくるべきだった?
「あっ、あの部活の練習で汗かいちゃって、えっと着替える時間がなくって・・・・」
「これだったら、汚れてもいいな。ついてこい」
じいさんは玄関を出て、家の裏手にまわった。
逆らうこともできず、ぼくらもおずおずとあとに続くと、じいさんは母屋の裏に建っていた物置小屋に入りなにかを探し始めた。
「たしかここに・・、あったあった、ほら」
ぼくと義広の前に差し出されたのは、ふちが少しほどけたボロい麦わら帽子と軍手だった。
「これ・・・どうするんですか?」
「帽子はかぶって、軍手は手にはめるに決まっとるだろ。お天道様がこう照ってると帽子なしで外にはおれん。ああ、それと今から蚊取り線香を持ってきてやるから、少し待っとれ」
いったん母屋にもどっていったじいさんの後姿を見て、義広がつぶやく。
「あのじいさん、オレたちに何をさせるつもりなんだ?」
これってもしかして・・・。ものすごくイヤな予感がする。
「さてと、まずはこのあたりから始めてもらうか」
蚊取り線香の煙とともに現れたじいさんが、母屋の裏の草むらを指さした。
「あ、あの、それって・・・もしかして草とりをしろっていうこと?」
義広の問いに、じいさんは大きくうなずいた。
「制限時間は一時間。草とりの成果次第で修行をするかどうか決める」
「えっ?なに、それ・・・?ちょ、ちょっと待って・・」
ぼくが呼び止めたのにじいさんは立ち止りもせず、さっさと母屋にはいってしまった。
「クソーッ」
義広はひとこと悪態をついてから、その場にしゃがみこみ手あたりしだいに草とりを始めた。
「裕也、おまえもさっさとやれよ」
「あ、ああ、わかった」
一日のうちで一番気温が上昇する時間帯、じっとしていても汗がふきでてくるという状況下で草とりを始めると、ものの五分もしないうちに全身汗まみれになる。
それでもがんばって草をとり、草の山が四つできたとき、ようやくじいさんがもどってきた。
「よし、及第点だな。ほら、飲め」
ぼくらはじいさんのさしいれのペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
「生き返ったぁー」
「ここは暑いから縁側にまわれ。あそこは涼しいから、そこで話をする」
縁側は、屋根に覆いかぶさるように伸びた木の枝が日陰を作っていた。
ここはじいさんの言葉どおり涼しく、開け放された部屋を通り抜ける風も気持ちいい。
「もしかしたら、おまえたちが来るかもしれんと聞いてはいたが、まさかそれが本当になるとはな。夢リストは落伍したのか?」
この言葉でぼくらはしょげこんだというのに、じいさんの方は嬉々としている。
「だが、おまえたちは運がいい」
同じセリフ、だれかが言ったような?
「どうして運がいいんですか?」
ぼくが聞くと、じいさんは自分の鼻を指さした。
えっ鼻?鼻がどうかしたのか?
「鼻がかゆいんですか?」
「ちがう!わしに修行をつけてもらうから運がいいんだ」
と一喝される。
「あ、はぁ」
なんか意味不明の返事をしてしまった。
「あのーここで修行をすれば夢を見つけられるんですよね?」
義広が聞くと、じいさんは鼻にシワをよせた。
「見つけたいか?」
「そりゃあもう」
「なんのために?」
「金のため」
間髪入れず、義広が答えると、じいさんの眉がわずかに上がり、その後しばらくだまっていた。
「金のため・・・か。まぁそれもいいだろう」
「だよな?このじさん、案外話がわかるじゃん。大体さぁ、おとなって金の話をするのをイヤがるだろ?そのくせ金が欲しくてたまんないだよな。欲しいなら欲しいと言えよな。じいさんもそう思うだろ?」
ぼくは内心ヒヤヒヤものだったけれど、じいさんはフンと鼻で笑っただけだった。
「まっ、おまえたちはウダウダ言わずに、さっさと夢を見つけることだな」
「そういうこと。夢が見つかれば、オレ達も、あの天使のおっさんもハッピーだって」
義広は、じいさんとタメ口でしゃべっている。
こいつって、ほんとどういう神経をしてるんだ?
「頼まれたからには、きちんと修行をしてやる。だがな、一つだけ念をおしておくが、わしはあくまでも手助けをするだけで最終的に夢を見つけるのは、おまえたち自身なんだぞ。まぁ自分をごまかしている奴には、夢は見つけられないがな」
これって片桐に言われたことににてないか?
「あっ、それだったら大丈夫。オレ達、自分をごまかしたりできない正直者だから」
ヘラヘラと笑いながら答えた義広を、じいさんはうさんくさそうに見ていた。
「じゃあ修行を始めるが、おまえ達はいつから来れるんだ?」
「えーと、ちょっと二人で相談したいんですけど、いいですか?」
じいさんがうなずいたので、ぼくらは頭をくっつけるようにして話をした。
「明日の日曜は午前中は部活練習、午後はあいてるけど夜は塾だよな?」
「ああ、で明後日の月曜は午前中は授業で、午後から三者面談。夜は塾。火曜日は終業式で午後から部活。夜は塾。水曜日は試合で一日潰れる。これで二回勝てば翌日も試合になるんだ」
「そのあとはお盆前まで一日中塾の夏期講習」
「オレ達、修業なんてやれる時間ないじゃん。どうする?」
この夏、予定のない時間はほとんどない。そしてなければどこかを削るしかない。
「塾だな」
「ああ」
これで決まりだ。ぼくはじいさんに明日の午後にまず来ること、けれどもそのあとは、とりあえず木曜まで時間が取れないことを正直に話した。
「今の子どもは忙しすぎる」
じいさんは。頭を小さくふって嘆いた。
「まあいい。とにかく明日、一度来い。それ以後のことは、また考える」
今日はこれで開放となった。
この修業て夢を見つけ、そして恐竜を孵す。これを最短距離でこなすとして何日かかる?必ず恐竜が孵るという保証はあるのか?こんなことを考え出したらきりがないけれど、今はとにかく前に進むしかない。
義広と別れてから、家に帰ると五時を過ぎていた。
「ただいま」
キッチンではパートから帰ってきたばかりの母さんが、食料品を冷蔵庫に入れていた。
「父さんは?」
「あら、今日から警備の仕事が入ったって言ってなかったっけ?」
「警備?」
「そうビルの夜警」
「そんなの全然畑違いじゃん。父さんって、今までの経験が活かせる仕事を探してたんだろ?」
母さんの顔が曇る。
「そうだっだけど、年齢とかいろいろネックがあって希望どおりの仕事がなかなか見つからないの。もうすぐぐ失業保険だって切れるから、とりあえず募集があった仕事をしようって・・・、あっ、でもあなたは何も心配しなくてもいいのよ。裕也がこのあと高校、大学って行けるように父さんも、母さんもがんばるから」
心配するなって言われても、こんな事実を知らされたら気が落ち込むに決まっている。
ぼくは部屋に戻り、クローゼットから卵を出した。
「なあ、おまえさぁ、いつまで待ってくれる?」
卵は返事をしてくれなかった。あたりまえか・・・。
十 どう思ってる?
六日目。
窓を開けると、七時前だというのに外はむせかえすような暑さだ。
「いってきます」
スポーツバックを肩にかけ自転車をとばす。今日も目一杯予定が詰まっている。
「おおっす」
校門の前で合流した義広は、自転車置き場までぼくと一緒に歩いた。
「裕也、いよいよだな。オレさ、ここまで来たらがんがんいくからな。あー、なんかさぁ叫びたくなった」
突然義広がワォーって叫んだので、すく近くにいた二年の女子が変態を見るような目でぼくらの横を通り抜けた。
「よせよ、恥ずかしいだろ」
「いいじゃん。よしっ、なんかやる気がもりもりでてきた。もう一回・・・」
慌てて喜広の口をふさぎ、引きずるようにして体育館に入った。
この日の練習もやっぱりハードで、着ていた体操服はしぼれば汗が落ちるほどだ。
ようやく練習が終わるとすぐに体育館を出る。
「今日は楽勝でじいさんちに行けるな」
昨日の帰り際、インターホンを鳴らさず勝手に入ってこいと言われていたので、じいさんちに着くと黙って門の引き戸を開け中に入った。
「こんにちわー」
玄関から声をかけると、廊下の横の部屋からじいさんが顔をだし、手招きした。
「おう、あがって、こっちに来い」
「おじゃましまーす」
和室に一歩入った途端、思わず声をあげてしまった。
「わぁぉ」
飾り棚に、いろいろな種類の卵が飾ってある。
「すっげぇなぁ」
ぼくらが感心していると、じいさんは満足気にうなずいた。
「離れには、もっとたくさんあるんだぞ。まっ、そっちはおいおい見せてやるから、とにかくここに座れ」
ぼくらは座卓をはさんで、じいさんとむきあう形で正座した。
「まず聞くが、おまえたちは、まだ夢のかけらもみつけてないのか?」
「はぁ、まぁ・・・」
「だが、夢は見つけたいんだな?」
「はいっ」
「そのためには、どんな修行もするんだな?」
どんな修行でもって言われてもなぁ・・、ぼくらは返事に戸惑っていた。すると
「やらないのかっ?」
と、じいさんに怒鳴られてしまった。
「はいっ。やります、やります」
あわてて返事をする。
「フン、まだ心構えがなっとらんな」
そんなことを言われても、何をさせられるのかわからないのに気軽にはいと言えない。
「まぁいい。結果はお前たち次第だからな」
これにもどう答えていいのかわからず押し黙っていると、じいさんはいきなり話題を変えてきた。
「おまえたち試合とか言ってたが、なんの試合なんだ?」
「えっ?あのバスケです」
こう答えたのはぼく。
「練習試合か?」
「いえ地区大会で、これに勝ち進むと県大会に出られるんです」
今度は義広が答えた。
「じゃあ大事な試合なんだな?」
ぼくらはうなずいた。
「で、おまえたちは県大会に行けそうなのか?」
義広はチラッとぼくの方を見てから、こう言った。
「ムリ、ムリ」
「なんだ?試合をやる前からあきらめてるのか?」
「どうがんばっても二回戦どまり・・かな」
がんばっても二回戦どまり?なんだよ、それ?ぼくは二勝なんかじゃなく、ずっと勝ち続けたいと思っているんだぞ。
もちろん県大会に進むチームとの実力の差は歴然としていて、二勝だって危ないかもしれないけど、気持ちの上ではずっと上を目指しているんだ。
八年間一緒にバスケをやってきた義広だって同じ気持ちだと思っていたのに・・・。なんかなぁ、落ちこんできた。
視線を感じてふと顔を上げると、じいさんがなんか意味ありげにぼくのことみていた。
「さてと、もうすぐ客が来る時間だ。今日はおまえ達の気持ちを確かめたかっただけだから、もう帰っていいぞ。今度は水曜か木曜になるんだったな?どっちになるにせよ、朝八時には来るんだ」
「あの・・・、修行って三、四日で終わりってことは・・・?」
「それもおまえ達しだいだ」
「じゃあ、一日で終わりっていう可能性もあり?」
「まあな」
「よっしゃあ、オレ達修行は一日で終わらせるから。なっ裕也?」
義広が、ぼくに同意を求めてきた。
「あ、ああ、そうだな」
ぼくの声がよほどうつろに聞こえたのか、義広が顔をのぞきこんできた。
「なにテンション下げてるんだ?裕也、おまえ、さっきからおかしいぞ」
「おかしい?おかしくさせたのはおまえだろ?」
「なんだよ、それ?」
「さぁ、ごちゃごりゃ言ってないで、もう帰れ」
なんかヤバイ雰囲気を吹き払うようにじいさんが言った。
とにかくじいさんちを出て、めちゃくちゃなスピードで自転車を走らせる。
「おいっ、危ないだろ。もっとゆっくり走れよ」
うしろからの声を無視して、さらにスピードを上げカーブを曲がろうとした瞬間、バランスがくずれた。
カーブミラーに激突寸前で自転車がこけ、ぼくは自転車もろとも道路に叩きつけられてしまった。
「裕也、だいじょうぶか?」
義広が、ぼくの腕をひっぱった。
「いってぇ」
「なにバカやってるんだ?試合前にケゲでもしたらどうするんだよ?」
右ひざが、ほんの少しすりむけている。服についた泥をはらうぼくにむかって義広がぼそりと言った。
「なぁ、言いたいことがあるんだろ?だったら、さっさと言えよ」
「試合、勝ちたいか?」
ぼくは義広に聞いた。
「あたりまえだろ」
「どこまで勝ち続けたい?」
ぽかんと口を開けた義広が、あーっと納得したような声を出した。
「裕也、おまえ、さっきオレがせいぜい二回戦どまりって言ったから怒ってるのか?」
「義広はさ、勝ち続けたいと思わないのか?」
「勝ちたいさ。でもオレたちの実力からしたら勝ち続けるなんてできっこないだろ?オレ、おまえほどじゃないけれどバスケ好きだぞ。それにこれからもずっと続けたいと思ってる。けどバスケはバスケ。プロは別として、これで金はかせげないだろ?わるいけど、今のオレのとっての最重要課題は夢なんだ」
「夢に比べて、おまえのバスケへの思いって、そんなに軽いのか?」
義広が顔をしかめた。
「あのさぁ、じいさんちで修行したら夢は見つかるし、金も入るからラッキーじゃん。金と夢はコインの裏と表。切り離せっこないって。おまえ、なにムキになってるんだ?」
バスケで金はかせげないが、これから見つけようとする夢は金と結びついている。それはわかっている。わかっているけど、ぼくはやっぱりこいつみたいに割り切れない。
「裕也が夢を見つけたいのは何のためだ?金を手に入れて海南でバスケやりたんだよな?じゃあなんで海南でバスケがやりたいんだ?海南の次は?その先は?」
「その先?」
「そう、金が手に入って、念願の海南でバスケやって、その先」
「そんなこと・・・考えたことない」
義広が、ぐっと顔を近づけてきた。
「だよな。いいか?修業して夢が見つかったら卵は孵り、オレ達は大金が手に入る。けど金は山ほどあるのにやりたいことがないなんてみじめじゃん。暇をもてあまして、ろくでもないことに金を使う金持ちなんてイヤだろ?
さっきも言ったけど、修行したら金と一緒に、その先何をやりたいのかもわかるんだぞ。夢を見つけて、その夢のために自由につかえる金があるなんて最高じゃん」
こいつ、わかんねぇ。けど・・・、もっとわからないのは自分の気持ちだ。
「短いスパンで考えるのもいいけどさ、オレ達は、もっと先を見すえようぜ。あっ、でもオレ、今度の試合は死ぬ気でがんばるって」
安心しろとでも言うかのように、義広はポンポンとぼくの肩をたたいた。
ぼくはどうしたいんだ?どうすればいいんだ?気持ちが完全に消化不良をおこしている。
「おい、天使のおっさん、ちゃんとアドバイスしろよ」
空に向かって叫んでみたけれど、おっさんは降りてこなかった。
ちぇっ、あの天使、ほんと使えない。