トップダウン思考でピンチを切り抜けよう!
「トップダウンの会社はダメだ、現場の声を掬い上げるボトムアップこそ会社が成長する秘訣だ」という話?ではありません。
今回は目標達成のための手法についてのお話です。上記したようにボトムアップが効果的な場合も世の中にはたくさんありますが、この思考法は人間界の社会生活において有効な場合がほとんどで、自然界の適者生存の中ではあまり役に立たないんじゃないか、むしろ場合によってはより危険なんじゃないか?という話です。
登山に例えてみましょう。登山には山行に適した装備と持ち物があります。登山口から山頂まで30分、往復1時間のトレイルを歩くとします。その場合、私だったら水を250ml、写真も撮りたいのでスマホも持って歩きます。
この条件下で私にはリスクがほとんどありません。必要な準備は最低限で済みます。ここで重要なのは「私」のスペックです。私は24時間どの時間帯であっても活動できる知識と経験があります。飲まず食わずで48時間活動出来ることも実証済みです。獣道や獣臭といった情報から、ある程度は野生動物と安全距離も確保できます。ナイフもストーブ類も必要ありません。
しかし、知識も経験も無く体力もあまりない「誰か」であった場合はどうでしょう。水や軽食などの物理的な準備に加え、精神面を支えるための緊急用ホイッスルなども持って行きたくなるかもしれません。スペックが変われば準備も計画も全てが変わります。これがトップダウンの思考方法です。
トップダウンの思考ではまず目標を明確にします。目標は1時間のトレイルを無事に帰りたい。できれば楽しみながら。そのためには、、、という目標から逆算して考えます。クライミングだったら目標のグレードまで到達する手順を明確化できたり、目標の山行が長いものであっても手順を明確化できます。
私がこんなことを考えるきっかけになった出来事がいくつかあります。その中の1つ。ある講習会に講師として参加しました。ロープとハーネスを結ぶ時クライマーは8の字結びをします。他の選択肢としてはボウラインノットも非常に便利です。末端処理もフィッシャーマンズノット以外にもヨセミテフィニッシュも便利です。ではなぜ、講習会では8の字結びとフィッシャーマンズノットを私たち講師は受講生に教えるのか?明確な答えを持っている講師はあまりいません。講師に聞くと、先輩に教えてもらった、資格保有者で圧倒的に多いのが「そう習ったから」というものです。
これは面白い現象だと思っていて、山岳会や、講習会、資格試験など、多くの人は社会的な営みの中でクライミングを学ぶことになります。知識と経験0なので基礎から学んでいこう。しかしこの時点で、明確な目標を持っている人はほとんどいません。(冬の赤岳主稜を今年中に友人と登りたいなど)つまりこのマインドではボトムアップ思考しか選択肢がないわけです。
ボトムアップに必要なことは記憶するスキルです。言われたことを忠実にこなして技術を積み上げます。一方トップダウンは想像するスキルが重要になってきます。目標達成のためにまず何が必要か?ロープを使う必要がある。どんなロープか?どんな技術か?まずはそれを知ろう、、、というように。しかし自然界では誰も何も教えてくれません。いきなり緊急事態に陥ることもあります。人間社会のボトムアップ思考で慣らされたクライマーが、適者生存の自然界でトップダウンに切り替わったことに気付かず、窮地に陥って深刻な事故になる。そうとしか思えないようなニュースや事故の報告を今までたくさん見てきました。
記憶型と想像型、なんだか日本とアメリカの勉強法の違いみたいな話ですが、記憶型のボトムアップには明確な弱点があって(もちろんたくさんの知識を得られる点は素晴らしいです)それは「考える機会が無い」ということです。
自然の中にいると予測できないことがたくさん起きます。クライミング中に雨が降ってきた。登れない。下降しようにもロープが足りない。さあどうしましょう?その時「教えられていないから分からない」という状況は絶望的です。そういう時は手持ちの道具と想像力をフルに使ってどうにかするのです。ではどうするのか?自分のスペックと状況を観察して、安全のために出来る手段を考えるのです。そしてこの時の目標は「安全の確保」になります。
自然の中でどんなに窮地に陥っても、普段からトップダウン思考を身につけておくだけで、サバイバルスキルは向上するはずです。それは、生き延びるために必要な、考える力を養うことができるからです。
先輩の自慢話を紹介します。予定よりクライミングが長引き、雨も降ってきて下降する必要が出てきたそうです。何ピッチも下降して手持ちのスリングは無くなりました。先輩は靴紐を解き、それをスリングにして懸垂をして帰ったそうです。この状況で正しさの追求が何の役にも立たないことは明確です。必要なことは生き延びること。自然には側のようなものは存在しません。別の世界があるだけです。その世界の中では人間が一生懸命作り上げたルールが時として全く役に立たないこともあります。そのことを頭に入れておいてほしいと思います。
日本の事故例を見ると、明らかに想像力の欠如とみられるエラーが多い。それは私たち講師が受講生に考える機会をあまり与えて来なかったことも一因なのではと反省も込めて考える時があります。
プライベートレッスンでは実際に現地でリスクマネジメント講習を行います。興味のある方はぜひご連絡ください!
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