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自立したクライマーとは?

はじめに

私のような未熟な人間が書くにはやや緊張するテーマですが、私たちアンコールクライマーズネットの活動がいよいよ最終段階へ差し掛かった今、やはり先代の頃からよく語られたテーマである「自立したクライマーとは?」について書いておこうと思います。

2008年から始まったカンボジアにクライミングを広める活動は、クライミング施設の建設から始まり、ワールドカップ出場を経て、国技の1つとしてカンボジア政府に認められました。それは喜ばしいことで、今大人となった当時の子供達の活躍もまた、めざましいものです。

私たちに残された最後の仕事は、相手に勝つ世界から、相互扶助の精神で地球環境までを視野にクライミングと向き合うことの出来る人材作りです。

アンコール・クライマーズ・ネット代表理事
浅井和英

カンボジア、シソポンエリア、TAO初登5.12d

チュウさん

アンコールクライマーズネットの創設者である伊藤忠男氏(通称チュウさん)と、カンボジアでは信じられない数のビールジョッキを空にしながらたくさんのことを話しました。ほとんどが私のどうでも良い話に、彼は父のように優しく耳を傾けながら自らの仕事に精を出す。そして、夜どんなに飲んでも、翌朝にはランニングシューズを履いて川沿いをジョギングしていました。今となっては何を話したのか正確に思い出すことはできません。それでも、一種の熱のような想いは、言葉の表現の域を超えた部分で私たちには共有されていたような気がします。その想いのうちの1つ。そして私たちの活動の精神的支柱となったものがあります。それが、自立したクライマーを育てるということでした。

アンコールクライマーズネットHP引用

コンペ嫌い

私たちはコンペ嫌いでした。だからこそ、コンペを必要な通過点として認識したのです。コンペというと、クライミング大会を思い浮かべる人も多いでしょう。それが無かった時代はコンペが無かったかというとそんなことはありません。初登攀争いという名のコンペが山岳界隈で白熱していた時代があったのです。今となっては殆どのルートが初登攀されているので、初登攀争いが加熱していた時期は過ぎたと言えます。

競走よりも調和を

チュウさんはよく私にこう言いました。「競争より調和を」どんなに酔っ払っていてもこの言葉だけは忘れません。この言葉の優れた部分は「競争よりも」が先にあることです。競争を過ぎた先に調和があるのです。いきなり調和に達することはとても難しい。でも一度競争を味わった上で、調和へと至ることはそれほど難しい作業ではありません。

日本も世界も最初は開拓からクライミングが始まり、目ぼしい岩塔は争うようにクライマーによって登られていきます。そうしてある程度ルートが揃うと、次はルート図(トポ)が出始めます。このあたりから楽しむことを目的としてクライミングをするクライマーが増えていきます。クライマーの増加に比例して、メディアの露出が増え、雑誌が生まれ、専門用具も開発され、さらにクライマーが増え、クライミングは文化としての輪郭を作っていきます。

カンボジアの大会は草コンペから始まった

オリンピック

チュウさん没後、私は「オリンピックは文化形成を加速させる添加剤のような役割を果たすのではないか?」という1つの仮説を抱きます。そうして活動を続けた中で、カンボジア人によるオリンピック出場の効果は想像以上でした。オリンピックは、世界規模で白熱した岩場の初登攀争いとモデルとしては同じです。「エベレストに1番最初に登るのは誰か?」を想像すると分かりやすいかもしれません。

カンボジアは今、オリンピックを通して文化の輪郭を作っている上昇期に差し掛かっています。歴史を見ると、やはり次の段階として倫理観が生まれやすい特徴があります。競争を経て調和へと向かうクライマーが出てきやすいフェーズです。

調和とは

次に調和を紐解いてみます。競争は分かりやすいですね。資本主義経済は殆どが競争によって成り立っています。では、調和とは一体なんなのでしょうか?一言で言うと、自分以外も自分と同じように大切にして全体のバランスを取ることです。

例えば、コンペに出場するためには、会場となるクライミング施設が必要です。練習のためには練習環境も必要です。用具を購入する費用。それを輸出入する業者。教えてくれる先生。クライミング施設やコンペを開催、管理維持するスタッフ。それらの条件が全て揃って、あるいはある程度満たされた時、はじめてコンペに出場することが出来ます。コンペ出場者は1人ですが、その1人のために多くの人、たくさんのエネルギーが必要になるのです。そういった全体に目を向けて、その重要性に気づくこと。これが自立したクライマーの条件です。

それでは、今度は場面をクライミングエリアに移してみましょう。岩場にはルートを作る開拓者がいます。彼らが必要に応じてボルトハンガーを設置したり、クライミングエリアまでの道を作ったりします。この活動がないと、クライミングエリアはただの岩場のままです。そして作ったクライミングエリアは、これからもクライミングを楽しむために維持する必要があります。維持する作業、そして備品交換用の資本も必要になります。

開拓方法を学ぶカンボジア人メンバー

自然環境の保護

それから最後に1番重要な問いをしましょう。「岩場であるその環境は誰が作ったものですか?」答えは簡単です。自然です。何億年という歳月を経てクライミングに適した岩場が偶然出来上がったのです。そのことに大きな敬意を払う必要があります。なぜなら、最初にルートを作る開拓クライマーでさえ岩場が無ければルートを作れないからです。その自然環境に目を向けられるようになったら、完全な自立したクライマーと言えるでしょう。

チッピング

チッピングという作業があります。これは保持することが極度に困難なホールドを大きく加工したり、或いは岩に穴などを開ける行為です。また、課題を破壊する目的で登れなくする為のチッピングもありますが、いずれにせよクライマーにとって最も重要な部分、自然環境を大切にしている行為とは言えません。チッピングはどのような理由があれ行うべきでは無いと言われています。

チッピングのような分かりやすい例もありますが、やはり自然を大切にするためには「なるべく自然のままの状態を楽しむ」ことも忘れてはいけません。あまりにも短い間隔で設置されたボルトハンガー。クライミングエリアに散乱したゴミ。ローカルコミュニティーに敬意の無い行為。これらもやはり、自然を大切にした行為ではありません。

村の小僧さんたちに見守られながらボルダリング開拓。当時はクラッシュパッドの代わりにマットレスを使っていた。

まとめ

必要なのは広い視点です。広い視点を持つためにはたくさんの経験が必要です。今まであるものだと思っていたその裏側や側面をよく観察して、自分をとりまく世界に感謝すること。そしてその世界を次の世代に渡し、その先の未来まで想像できた時、持続可能な文化としての歩みがようやく始まるのです。

ローカルの子供たち

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