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スイスイさんの本を読んで、メンヘラ踏みぬいて自分にぶつかった話。

メンヘラ女子を語れば世界一(と私は思っている)作家スイスイさんの2020年8月新刊 #すべての女子はメンヘラである を読んだ。
この本を思わず手に取ってしまったのは理由がある。この本の効能書きだ。『メンヘラの謎を解き明かし』『メンヘラのひと及びメンヘラでない人の悩みを解決する実践トレーニング』が謳ってある。


打ち抜かれた。


ここでいう『メンヘラ』とは、主に恋愛にて発揮される感情ジェットコースターをぶん回し回される精神状態を指す。
振り返れば、私も10~20代の頃はだいぶ愛されたがりの痛いメンヘラ女子だったと思う。
 

でも、スイスイさんが語るメンヘラ女子経験は、本当に韓流ドラマもまっ青になるくらいのメンヘラっぷりで、私なんて本当にかわいいもんだわ…と胸をなで下ろした。私なんてせいぜい夜中に電話したり、独り暮らしの部屋に押しかけたりしたくらい。あとは、モトカレが乗り換えた私と仲のよかった後輩女子に「先輩がつきあってるから間違いないと思ったのに、全然良くない!」という理不尽なクレームをくらったくらいである。(略奪はノークレーム・ノーリターンで!) 後は離婚時のひと騒動くらいか。
さすがに今は収まった(と思いたい)が、あの感情の暴走にはもう付き合いきれないので、耳を傾けることにした次第である。

で、読んで実践した結果としてはなかなか上々だった。
特に『3章:完全社外秘脱メンヘラトレーニング』の『死ぬまでやりたいこと100を書く』
これは本当にやってみて欲しい。まるでお猿が玉葱(らっきょうでもいいけど)の皮を剥き続けるようにやりたいことを書き続けた結果、最後に残った自分は無ではないことに気づける。やりたいことこそが自分だったことにワクワクできるのだ。

 100コやりたいことを書くには、体力と精神力が必要だ。私の場合は読んだ直後に書き始め、最初の20~30コ目くらいで一旦限界が来た。いつの間にかお昼寝に突入していたのである。再び目が覚め…分岐点の質問が出てからは早かった。勢いがついて100コを抜けた。結局お昼寝含め3時間くらい書き続けて、仏教の煩悩の数と同じ108コまでいけた。

書き終えてから、108コの望みを分析していった。分岐点になった望みは、まさかの『会いたい』だった。ひとりでぼんやり生きるをよしとしてきた私には、衝撃だった。
『会いたい』は『悔い』だった。会いたいのはモトカレでも元配偶者でもなかった。かつて私の言葉を受け止めてくれた人だった。

今は昔。
上司の机に置いてあった業務研究レポートに添えられた詞書きが目に入った。美しい字だった。上司の許可を取り、レポートも読ませてもらった。頭の中へ綺麗に整えられていくような文章だった。聡い人の文とはこういうものかと思った。空の香りがする。ふと、文章の息づかいに覚えがあるような気がした。誰が綴ったかも知らないというのに。


聞けば、その文章の主は新入社員のうちのひとりだという。
「この間着任して挨拶しとった男子おったやろ。昨日もそこの席におったで」と上司が教えてくれた。しまった。新しく来た上司かと思って、2週間くらいずっと敬語で挨拶していた。実際、若いのに冷静沈着で判断もずば抜けて早かった。良く出来た御仁であった。覚えた先から忘れていく私とは大違いであった。年齢で人を判断してはいけない。

このレポート書いた人とちょっとだけお話ししてみたい…
機会は意外に早く訪れた。大人数で様々な職種が入り乱れて仕事をする為か、いまいち意思の疎通が取りにくいから親睦を深めるべきという言い訳のもと、職場で飲み会があった。その時の私は既婚だった。夫がいたのだ。顔だけ出すつもりだった。結局長居してしまった。話が弾み過ぎた。

二次会に移り、席はぐるぐる変わっていき…いつの間にか…上司だと思って敬語で話していた新入りさんのお隣だった。

座っていきなり運転免許証を提示された。なんでやねーん!
打てば響くような賢さだった。羨ましい。お酒の酔いもあって、仕事以外にも話が拡がっていった。
 

ハッと我に返った。いつの間にか目の前に出される質問が、かつて書いていた私の文章の内容との照合に変わっていた。
数年前の独身時代、私はまるっこい名前でWeb上で日記形式の文章を綴っていた…遠距離恋愛中で暇だったのだ。若さ故の過ちだな。

人気ある書き手さんはたくさんいたし、私の文章など読んでる人は少ないはずだ。覚えられることもなく忘れ捨てられる。そう思っていた。身元がバレ難いようフェイクを差し挟んだつもりだったけど、そうじゃなかったかもしれない。
そのサイトには掲示板もあったので、ネットの向こうの誰かと他愛もない話をしていた。利用者は丁寧な言葉遣いの人が多かった記憶がある。その中でよく言葉を交わしていたある若いコがいた。盛り上がった話題からすると、もしかして未成年なのかもしれないと勝手に推測していた。なのに折り目正しい言葉の選び方が成年の私より大人びて感じられた。

いろいろあって書くのを止め、名字も住所も職場も変わり…あれから何年経ったのだろう…

何で免許証からと思ったけど…君だったのか。久しぶりの日記友達のとの再会。そのままの流れで、かつて掲示板でしていた話の続きをしていた。本当に日常の些細な話ばかりだったけど。

「今も使ってるんですか?」
愛機の話になった時、何ともいえず言いよどんだ。
「昔使っていたのは売られちゃって…夫が組んでくれたPCを使ってるんだけど…メールとWeb見るくらいしかしないんだろうって…」と笑いながら言ったけど、本当は笑い事ではなかった。そのPCでは文章は一切打ってなかった。打てないのだ。怖くて。
「…管理者権限がないのよね…」
さっきまで弾んでいた会話が急に止まった。
「…それって」
沈黙が訪れた。
さすが、賢い人は違うな。

本当は言葉に出来ない口に出せないことがぶわわわわっと溢れそうだった。
私の言葉は、諦めていたから。

私と夫の結婚には、結婚式がなかった。籍だけ入れた。感情は土地につく。今は昔となっても戦からの感情の諍いに終わりはないのだ。夫側のご両親は気にしないからといってくれたけど、敗者側の土地のこちらはそうもいかなかった。
結婚してしばらくは仲良くやっていた。
数年がかりでやっと双方の両親の顔合わせの食事会が開かれ、和やかに場はお開きになった。
母は言った。夫には「ふつつかな娘ですが、行き届かないことがあったら、いってやって下さい」
そして私には「あちらの家に入ったのだから、何があってもこちらの家へは戻ってこないように」と。

夫の態度が急変したのは、いつだったか…
理由は未だわからない。何にせよ、私は見えない彼の地雷を踏んだらしい。

夫は急に私を蔑ろに扱うようになった。まず、私がつくった食事は一切口にしなくなった。仕事から帰宅するとそのまま自分の部屋に引き籠もってしまった。話もしなくなった。夫の部屋は施錠できたけど私の部屋には鍵がなかったので、私が寝ている間に携帯電話を弄られた形跡があったり、仕事から戻れば書類を荒らされた形跡があったり、誰にも見せていないはずの隠してある手帳の中の言葉を唐突にぶつけられて嘲笑われたり、他にもいろんな…いろんなことがあったのだ。たぶん疑われていたのだと思う。宿直があるお仕事にはあるあるらしいけど。勿論やましいことは何もなかったが。

夫は言葉の暴力は振るっても、証拠が残る身体への暴力は加えることはなかった。そして夫はとても外面よく振る舞っていたので、私が事実を話しても誰も信じてくれなかった。そのうち私は伝えることを諦めた。伝える言葉を持たず傷つけられた言葉で傷つけるのが精一杯だった。家に帰れば酒をあおり、夫の機嫌を損ねぬ程度に外面だけの幸せを演じることに慣れていってしまった。

夫は言った。「外で男をつくってもいい。でも絶対死んでも別れない」
そうは言っても、夫からかつてにこやかに贈られた数々のデジタルガジェットたちが、データ収集とどう紐付いているのかもうすうす感づいていた。そして、もしその言葉に乗せられて不貞行為をやらかしたとしたら、不貞側からは離婚訴訟は立てられないことも知っていた。

夜中に目が覚めたら、夫が私の首を絞めていたこともあった。いっそそれもいいかもしれないと静かに目を閉じた。朝起きて目が覚めたことに驚いた。
毎日がこんな感じだったので、仕事が終わって家に帰るのが本当に憂鬱だった。自宅が怖かった。
一言で言えば、「夫がメンヘラ」だったのだ。そしてそんな状況が「普通」だと思っていた私も。

…そんなことは人前では言えなかったけれど。
もっと話したかったので酔った勢いでメアドを聞いた。でもそれだけ。
結局それから話す機会もなく、時は過ぎていった。聞いたはずのメアドも無くしてしまった。

そんな或る日。仕事の帰り際に事務方に立ち寄ったところ、例の彼が異動の準備をしていた。
異動先を聞いて思い出した。同業他社の私の先輩もかつてその任に着いていたはずだ。私が学生だった頃、研究室へその先輩が立ち寄っていかれた時のことだった。しわくちゃのTシャツだった学生時代とはすっかり変わって皺一つ無い濃紺のスーツ。それとは対照的に、水が干上がったように荒れ剥けてがっさがさになっていた唇の皮が印象に残っていた。その異動先の初期はひたすら電話を掛けて受けての繰り返しのはずだ。

5分間だけ待つように言って職場近くのマツキヨへ猛ダッシュした。何で踵の高い靴なんて履いてきたのかと思った。全く関係ないヒールを恨んだ。
袋ごと渡した。(レシートまで渡していたことに、今気づいた) 
彼が受けとった瞬間、きっと周囲の皆に囃されて皆で笑って終わるだろう。そう思っていた。

違った。

私に袋を押しつけられた瞬間、周囲にいた社員さん達に明るく囃されたのは予想通りだった。
その一瞬だった。
何事も冷静にきっちり済ませるその人の目の端…睫毛の隙間に、濡れたように光が入ったのが見えた。
目が離せなくなった。
幼い男の子が気になる女の子に意地悪したくなる理由がちょっとだけわかった気がした。
静かに押し込もうとしているぐるぐるとない交ぜになる感情が垣間見えた数秒の間、その凜々しき若い人が少年のようにも乙女のようにも思えた。

最後、すごくええもん見れたなぁ…
宝塚のサヨナラショーを見上げるお姉様の如く、瞼の奥に焼き付けた。
大人が小さな子どもに言い聞かせるような声で、彼は静かにピシッと言った。
「こういうことは…ここではいけません。場を変えてきちんとお話ししましょう」

私はにこやかに手を振って、しゅるりと抜け出した。既に走りすぎて脚が痛い。さっきの全力疾走でライフはゼロだ。全部高いヒールが悪いのだ。
「ちょっ…ちょっと待って! ここじゃなくて!」
秒で追いつかれた。併走しながら、話は続いた。
「あの時…あの時いいましたよね!」
あの時というのは、掲示板で言葉だけをやりとりしていた時のことだ。
そして、数年前の私が綴った小さな励ましの言葉が、するすると彼の口から滑り出てきた。
肯定もせず否定もせず、私はその言葉を受け止めた。
聞きたい。その言葉の続きを聞かせて欲しい。
いや、聞かせて欲しいじゃなくて…私のターンか。
笑えばいいのか泣けばいいのか…何と返せばいいのかわからない。
…結局、脱兎の如く私は逃げてしまったのだ。
そして彼は異動してしまった。

あの瞬間を踏み台にして、私の時間は、急展開をみせた。

まず、予想だにしない事態が発生。まさかの夫からの申し出で4年半の結婚生活はあっさり幕を下ろした。
(離婚届3枚破られたり最後一つのお茶碗で夫が号泣したり…いろいろあったけど、それはまた別の機会に)

私は名字も住所も変わり、しばらくして会社を移った。
そして…また言葉を綴るようになった。うっすらとだけど。
あの一瞬が、無気力になった私に気づかせ、鼓舞し後押ししてくれたのは確かだ。

でも、振り返ってしまうのだ。
あの時笑って逃げなきゃよかった。ちゃんとお話ししておけばよかった。
あの言葉の後には、どんな話が続いたのだろう。
聞いておけばよかった。
何よりちゃんと伝えればよかった。
私の言葉を大切に持っててくれて、ありがとう。
そして、今さらですがあの話の続きを聞かせて欲しい…と。

あれからもう何年も経ったのに、未だにあの時に立ち戻ってしまうのだ。
当のご本人様は忘れてしまっているかもしれないけれど。
そもそもぼんやりしている私は、彼と街ですれ違っても気づける自信がない。
でも連絡先も無くしてしまったし、何ともしようがない。

…未だに忘れられないっていうのも、メンヘラの一種なんですかね。
大事にしたい瞬間があるというのも幸せよね。たぶん。

スイスイさん、読みやすく悩みから抜け出しやすい楽しい本を書いて下さって、本当にありがとうございます。
未だメンヘラ孕んでる私も、自分の煩悩と共に楽しく生き抜いていこうと思います。

この長文を読み切って下さった心優しいあなた。もしよろしければ、スイスイさんの #すべての女子はメンヘラである 読んでみてください。そしてもし面白ければ買ってください。壮絶で楽しくて悩み忘れるいい本です。

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