お買い物も命懸け

涙目であった。

小雨降る中の買い出しから戻って、豚汁の材料で膨れあがった持参の買い物バッグを床に置き、コートを脱いだ瞬間…気がついた。
「豚こま肉買い忘れた…」
仕方がないなぁ…と財布の現金を確認した。余り現金は使いたくないんだよな。

おお、そうだ。世の中にはキャッシュレス決済という便利な支払方法があるじゃないか。慌てて銀行口座からスマホのなんとかPAYにチャージした。終わった瞬間、気がついた。
「チャージ先間違えた…」
私のアプリにはなんとかPAYが3種類ほどインストールされていて、焦った結果チャージしたのは…何とうちの近所のスーパーでは使えない方だった。

仕方がないので、うっかりチャージしてしまったなんとかPAYが使えるお店に行くことにした。
歩いて行けなくはないができれば自転車で行きたいくらいの微妙な距離にそのスーパーはあった。
外は花散らしの雨。天気予報では午後から大雨。夜は大嵐が来る予定だそうだ。
出るなら昼の今。比較的雨が少ないことになっているらしい今しかない。
面倒くさい…だいたい今外出制限中なのに何で一日二回も買い物に行かなくちゃならんのだ。それもこれも忘れた私が悪いのだが。
一度着たコートを再び羽織り、傘をさしつつさっきの道とは逆方向に雨の中黙々歩いた。

食材の買い物を楽しくうきうきとこなせる人は幸いである。
私にとっては、なかなかの大仕事なのだ。
まず、食材の寿命である。
基本家で過ごす人や朝仕事に行き夜帰宅する日勤のお仕事をしている人は、今日以降の日が順番に来ることを前提に買い物をすればいい。
だが私はそうではない。基本宿直ベースだし、勤務シフトの変更も頻繁に発生する。なので、うっかり食材を使い切る予定の推測を誤ると肉や魚そして野菜などの生鮮食品はあっという間に賞味期限切れになってしまう。値段の安さにつられてうっかり大容量のファミリーパックなど買おうものなら、食べきれずに冷凍。その後すっかり忘れて冷凍庫の底から自家製フリーズドライとして発見…ということも二度三度ではない。今の季節だと柔らかい春キャベツが最高だが、それもうっかりすると、お好み焼きにキャベツ炒め、そしてロールキャベツ…と数日間キャベツ料理がずっと続くことになる。決断は難しい。
とりあえず千切りキャベツを買い物かごに放り込んだところで、綺羅綺羅しい華やかな棚に足が向いた。お菓子売り場である。
コロナ禍で延期された東京五輪の公式キャラクターが大きく印刷された大袋のファミリーパックのチョコレートアソート詰め合わせが目に入った。ポップにあしらわれたスポーツロゴがかわいい故に切ない。思わず買い物かごに放り込む。
そして慌てて精肉売り場へと豚こま肉を探しに行った。あぶないあぶない。
その後ぐるぐると店内を見て歩き、いろいろ考えあぐねたあげく、チョコとバニラアイスの層になったアイスも買うことにした。人生に楽しみは必要だ。

さて、レジで支払だ。次々と計上されていく商品たち。思ったより買いすぎたなあ…となんとかPAYでの支払いをお願いしたところで、キャッシュレス決済できるレジは別ということが判明。取っ手がない精算かごを両手で持って移動した。
レジ袋不要のカードをかごに放り込みながらレジ打ちのパートさんに事情を話してなんとかPAYで支払いを済ませた。
後は持ってきたエコバッグに詰め込んでさっさと帰りましょう。

…とポケットを探ったが…ない。財布を入れたポシェットの中にもない。羽織っていたコートを脱いでわたわた探すが…やっぱりない。見つからない。
焦りつつ記憶の糸をたどったところで思い出した。先の買い物の袋…エコバッグは…自宅の床にある。
どうする?!店員さんにお願いして袋をもらうか?でも有料なのよね。サービスカウンターにエコバッグが売っているのがみえる。でもエコバッグは自宅に何個あると思ってるんだ、私よ。これ以上増やしたくない。
「…いいものがあるじゃないか!」
手に持った薄手のロングコートが視界にあった。コートも風呂敷も布である。もういっそコートで包んで持って帰ればいいんじゃない?ご乱心である。コートを袋状にして、買った物をばっかばか放り込み、そのまま捻って雨の中傘もささずに帰って来た。

「…もう…もう疲れた…しんどい…」
やっとの思いで、家の鍵を開け、どっかと包んだコートごと荷物を床に置いた。
もう今日は買い物に行かない。
そう決めて、買った食材を冷蔵庫に振分けながらふと見た…気がついた。
味噌が…ない。
まさか…と吊り戸棚の扉を開いた。
ラップもない。
…涙目である。



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芝桜文鳥
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