【短編】バトン①
僕が、今村くんと出会ったのは、3年前の高2の夏で蝉がジリジリ鳴いてる時だった。
今村くんは自転車で僕の目の前を横切って、2メートル先で転んだ。
半ズボンを履いていて、膝がパカって割れて血が湧いて出るようだった。
「おい!ボサっと突っ立ってないでなんとかしろ!!」
自業自得な怪我なのに目が合っただけの僕にえらい上から目線で助けを求めてきた。
僕はその姿があまりにもおかしくて目の前で起きている悲惨な状況を笑ってしまった。
「笑うか!?こんなシチュエーションで!!」
大声で怒鳴り散らすも痛いとは一言も言わない。強がりなんだろうか。怒鳴り散らすことで気を紛らわせているんだろうか。
僕は持っていたハンカチで傷を抑えた。他には何も持っていなくて止血できないから血はどんどんハンカチに吸い込まれていった。
「俺、今村ってーの。お前は?」
「杉崎。」
「杉崎、これは救急車案件じゃないか?頭がだんだん涼しくなってきたんだが。」
「意識はあるし、今のうちに自分で呼んだら?」
「なんだと!お前が呼べ!」
「立てないの?」
「バカヤロウ!!立てるわけあるか!」
今村くんは、そんなことを言いながらも立ち上がったけど、すぐに立ちくらみで地面に吸い寄せられた。
「人生の最期に話した人が杉崎だと思うと悔しい。」
僕は顔色の悪くなる今村くんを見て仕方なく救急車を呼んだ。
「おい、杉崎。」
木漏れ日が降り注ぐ境内。
祭りの最中、原付で僕の目の前に現れた今村くんは相変わらずだった。アロハシャツで、タバコを咥えて威張り散らかしたような視線を向けてくる。
「相変わらず冴えねーな。祭りなのに彼女もいねーのかよ?」
僕を見て冴えないと言うのは、今村くんくらいだ。僕はそんなにいかにも幸の薄そうな人間ではない。
「杉崎、悪いんだけどさ。」
大概、本当にまずい話の時にはこんな切り出し方をするものだ。しかし、その逆もあるから、両方の心の準備をしなければいけない。
僕は、唾を飲み込んで話の続きを待つ。
「預かってほしいんだよ、これ。」
意外と勿体ぶらずに僕の目の前に厚い封筒が差し出された。中には何が入ってるんだろうか。
「さて、問題です。」
…何が入ってるでしょうかクイズが間も無く出題される。
「この中には現金がいくらか入っています。これを持ってどこに行くのが杉崎は1番安全でしょうか。」
「え。」
予想とは全く違うクイズだった。
「なんのお金?」
「後で話す。」
「いくらかって、いくら?」
「数えてねーわ」
今村くんは、僕に渡した封筒を見ながら深刻そうな顔をしている。その顔が冗談に見えるのは、元々の今村くんのキャラクターのせいだろう。
「待ってよ。預かれないよ。」
「俺はお役御免だから。じゃーな。」
原付に跨ったままだった今村くんは、エンジンをかけるとアクセルを吹かして走り出そうとする。
「待って!意味がわかんないよ。」
「時間がねーんだ!またな!」
原付で今村くんが走り出し公道に戻っていく。僕は追いつけないと分かりながらも追いかける。
「今村ー!!」
僕の声ではない今村くんを呼ぶ荒々しい声と共にパチンと音がした。
黒いバンが今村くんの原付を追い越して、今村くんが原付と一緒に転んだ。
今の出来事は、僕しか見ていないような感覚に襲われる。厳かな雅楽が境内に響き始めて神楽の奉納が定刻通りに始まりそうだったから。
僕は封筒をシャツに潜らせて今村くんを助けないといけないと思って駆け寄ろうとした。
「バカヤロウ!!来るんじゃねー!!」
声を振り絞って叫ぶ今村くんは自分から流れる血液の中に寝転んでいる。頭からも腹部からも赤い色が広がっていく。
僕は顔色の悪くなる今村くんを見て仕方なく救急車を呼んだ。
バトン① 20220508
②につづく