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【短編】バトン③
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第三話 杉崎夕陽とまたひとり
起きるのが苦手。
夜眠りについても、昼寝でも。なんで起きなきゃいけないのって眠くて眠くてぼーっとする。
「おはよう」
朝はまず、カーテンを開けるから眩しいし、次には頭をくしゃくしゃにしながら枕に押し付けられる。ここに泊まるといつも。
「ほら、起きな。」
無理やり体を起こされる。抵抗して目を閉じたままにしていても。
「起きてるんでしょ?」
体をくすぐられるからたまらない。
「やめてよ!」
「なんでキレるの?起こしてあげたのに。」
膨れっ面で前を見るとニヤッと笑って、頬を潰してくるのが引くほど痛い。本当、嫌で嫌で涙が出てくる。
「起きない夕陽が悪い。」
夕方、日の沈む頃に生まれたから夕陽。ギリギリまだ、月が出てなくて良かった。月がつく名前になってたらほんっとに馬鹿にされていただろう。
「ん!ん!」
僕は抵抗して、頬を潰している手をどかそうとする。
「んぐっ!」
僕より力が強い。今度は体を倒される。毎日毎朝こんな調子。
「夕陽、いつになったら1人で起きられるの?ずっと俺が起こしてあげないとダメなのかな?」
顔が顔の近くにあって、はっとした。この人は、兄ではないが僕より5つ年上だ。
今村くんと同じ歳で、今村くんを少しだけ知っている。
僕はいくつか人のうちを泊まり歩いていて、この人のうちに来るのが1番頻度が高い。
「夕陽。」
そう言って僕の唇に唇を重ねる。
「目、覚めた?」
その人の手は、僕の頭を優しく撫でている。撫でられるたびに目が冴えてくる。
「あの、大輔さん?」
「何?」
目が覚めた僕は、昨日目の前で起きたことが頭に浮かんだ。
今村くんから預かったものは、自宅の押し入れに見えないように隠してきた。あの地図は、いったいどこの街なんだろう。
大輔さんは見た目、心が男だけど、体は女から男になって性別が女だった。Xジェンダーで、戸籍の性別をまだ変えていない。時々タバコを吸うその指の爪は赤い。人間としてオシャレに余念がないんだ。
「…今村くんに昨日会った。」
「ふーん。…で?」
「うん。」
「相変わらず、バカみたいだった?」
「えっと、…うん。」
「友達になると損するから、今くらいの距離でいなよ。」
「…うん。」
今村くんが、死にかけてるとは口が滑っても言えないと思う。預かったもののことも言うのをやめておこう。
「セックスしよう、夕陽。」
「…そのために起こしたの?」
僕のTシャツに手を潜らせて、背中を撫でてくる。大輔さんの恋愛対象は、男でも女でも関係なく、好きになった人。
「違うけど。今村の話聞いたら、なんかムカついて。」
「やだな。」
「なんで?」
「ムカついてするなんてバカみたいだよ。それより」
「ん?」
「ハムエッグ作って。ハムは2枚。」
「は?」
「大輔さんと一緒に朝ごはん食べてから家帰りたいんだ。」
「夕陽って、本当にバカじゃない?」
僕の耳を軽く齧って、ふっと笑う。
今村くんの本当のことを話さなくて良いんだろうか。あの地図の通りの場所に行ったら、二度と大輔さんには会えないかもしれない。
立ち上がって、キッチンに行く大輔さんを見送る。
振り返る大輔さんが、ベッドから降りない僕に
「ほら、起きな。」
そう言って笑った。