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誰もこの世界の真実を知らない(3)【短編集:創作1000ピース,47】
【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。全6話で完結。
【前話】
*
あれから1週間。俺は毎朝ベランダから空を眺めるのが日課になっていた。
空のヒビ割れに変わりがないことを確認して安心する。これをしないと俺の朝が始まらない。
無意味であることはわかっている。
ヒビ割れが悪化していても、俺は何もできないし、ただその状況を受け入れるしかない。
状況が悪化しても、どうすればいいのかもわからない。
だが、状況が変わらなければ、悪いことは起こらないはず。日常生活が約束されているはず。その安心感を得るために、俺は空を眺めていた。
「よし、今日も変わらないな」
俺は胸を撫で下ろし、家を出る。
通勤中、これまでは下を見ていることが多かった。電車の中、昼休み、外にいてもスマホを見ていた。
だが、今の俺はずっと空を見ている。スマホの中に俺の関心事はない。
空が見えない地下鉄通勤は不安でしょうがない。
会社の最寄駅に着き、やっと地上に上がる。空はいつも通りで、俺は安心した。
これは目の病気ではないかと疑ったこともあった。
それなら目線を変えても視界の端にヒビ割れが見えるはずだが、ある方向にしか見えない。その空間に亀裂が生じているように見えるのだ。
限りなく続いているはずの空が、絵画や液晶テレビの平面のように感じた。四角い境界線の右上から中央に向かってヒビ割れが生じている。俺にはそう見えた。
空が空ではないみたいだ。
空が一瞬、画像のように見えて目眩がした。ズキンと頭が脈打ち、思わず目を閉じた。
頭痛よりも胸が騒いだ。とてつもなく嫌な予感がする。
目眩を覚えたまま、まぶたの隙間から空を見上げた。
「……嘘だろ」
なんと亀裂が少し大きくなっていた……!
ずっと変わらなかったヒビ割れが変化した。
再び目眩が襲ってきた。俺は立っていられず、歩道の植木に寄りかかった。ハラハラと銀杏の葉が降ってくる。
誰も空を見上げない。空の異変に気づかない。
歩道に落ちた銀杏の葉を踏みながら、多くの人間が通り過ぎていった。
「大変だ……」
小さな声が聞こえた。
通行人の中に足を止めている青年がいる。彼は立ち止まり空を見上げていた。
年齢は20代後半から30代前半だろうか。会社勤めには向かない明るいブラウンヘアが目を引く。
さっきの声はこの青年の声だと思う。誰にも聞こえないような独り言だったが、俺にははっきりと聞こえた。
彼は空の異変に気づいたんだ。
俺の視線に気づいた青年が大きな瞳でこちらを見た。落ち着いた雰囲気。もしかしたら自分より年上かもしれない。
彼は軽く会釈をして少し唇の端を上げると、俺の方に近づき、耳打ちした。
「あなたも空がおかしいと感じているんですね」
その言葉を聞いてふっと力が抜けた。
――ああ、良かった。俺だけじゃなかった。
ずっと張り詰めていたのだろう。身体のこわばりがなくなった。頭痛も和らいだ気がする。
――本当に良かった。俺だけじゃなかったんだ。
そう思うと安心した。
この青年にはこのヒビ割れがどのように見えているのか。ヒビ割れは一体何なのか。知っていることがあれば教えて欲しい。彼と話がしたい。
考えを巡らせていると、ふっと力が抜けた。
「……大丈夫ですか!?」
緊張感のある彼の声が頭の中で響く。
その声を最後に、俺の意識は遠のき、視界は真っ白に包まれた——
<続>
*
*** 「創作1取り組みについて取り組みについて ***
たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。
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