悠久のエルドラド〜サービス終了するオンラインゲームで親友と再会する話〜(ショートショート)【短編集:創作1000ピース,43】
【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。創作1000ピース 第43作品目。
*
「【重要】悠久のエルドラド サービス終了のお知らせ
平素はWINTECHの製品サービスをご愛顧くださり、誠にありがとうございます。
勝手ながら弊社のオンラインゲーム『悠久のエルドラド』は2022年12月28日をもちまして、サービス終了とさせて頂きます。
長らくのご愛顧誠にありがとうございました。
尚、……」
それは6月9日のことだった。思いもよらない突然のメールに、スマホを持つ手が震えた。
(あの『悠久のエルドラド』がサービス終了!?)
ゲーム中の不吉な効果音が胸の中で響く。
それは俺の青春がおわりを告げる音でもあった。
(嘘じゃないよな……)
通勤中の電車内、再びメールを見る。
何度見返しても『サービス終了』の文字が俺の胸を打つ。衝撃的だった。
タイトル通りエルドラドは悠久の世界だと思っていたから。
(もう何年もログインせずによく言うよ)
そう。
大学生になってからログインしていない。多分10年は久しい。
熱中していたのは高校の頃。
だが、久しくても、俺の青春であることに変わりはなかった。
(直也、どうしているかな)
高校の同級生、直也のことが頭に浮かぶ。
俺がエルドラドを始めたきっかけになった友人だ。
別々の大学に進学してから連絡が途絶えてしまった。まだガラケーが主流だった高校時代に交換した連絡先。今はメアドも電話番号も変わっているらしく、連絡が取れない。
心苦しいのは直也からの連絡先変更のメールを放置して、機種変をしてしまったからだ。電話帳の変更を怠った俺は、直也と音信不通になってしまった。
大学生になって1ヶ月がたったところだった。
4月に受け取ったメールの返信をしていない。しなきゃと迷いながらメールを送る。すぐに「送り先が見つかりません」と返ってきた。
言い訳になるが、メールは苦手だった。いつも面と向かって話している相手に、わざわざ文面で何を伝えたらいいのか。返信しようとしてケータイを開くが、言葉が思いつかずすぐに閉じてしまう。俺は不器用だった。
忙しいことを理由に大事なことを後回しにしていた。自分の怠惰に深く後悔した。
いつも一緒で、楽しい時間を共有していた友人との関係が、こんな簡単に途切れてしまうなんて。虚しかった。
エルドラドに行けば会える。
そう安易に思えなかった。
進学のため上京し、一人暮らしを始めた俺(当時)は、忙しない毎日に忙殺され、エルドラドから足が遠のいていたのだ。しばらくログインしていなかった。
加えて、直也との連絡手段が途絶えてしまった。
余計にエルドラドに行くのが心苦しいと思うようになった。
心残りなまま時間だけが過ぎていき、今に至る。
それでも俺は思い出す。
直也とともにエルドラドの世界を駆け巡った日々のことを。
確かにあの日々は、俺のもう一つの青春。
仮想世界に生きるもうひとりの俺が積み重ねてきた青春そのものだった。
「おまえ、ネカマかよ」
俺のアバターに対する直也の第一印象がそれだった。
名をゆたまる。俺の名前、裕太からとった猫耳少女のボクっ娘キャラ(設定)だ。
「別にいいじゃんか。可愛いんだし」
仮想世界の分身は自分そのものじゃなくていい。ゲームの世界なら、何だってなれるのだから、男じゃなくても良かった。
当時実家で飼っていた猫をモチーフに作ったキャラだ。とにかく可愛くしてみた。
直也はグエンという名の剣士タイプキャラ。仮想世界ではなりたい時分を投影させるタイプだったのだろう。現実に比べ背が高く、ガタイもいい。刺繍が施されたマントをなびかせ、腰に長剣を携えている。勇者様か騎士様と言ったところだ。直也はとにかくヒーロー作品が大好きだった。
悠久のエルドラドのジャンルはRPG。舞台は中世ヨーロッパ風の世界。神話などに出てくるような雰囲気だ。モンスターを討伐しながらエルドラドに眠るお宝を魔王の手から守るというストーリーだ。メインシナリオの他に、クエスト形式のサブシナリオがあり、メインシナリオを攻略しなくてもモンスター討伐や宝探しだけでも楽しめた。牧場育成ゲームのように、農園を作ったり、自分の家を建てたり。ぶっちゃけ、魔王なんて倒さなくてもいい。モブキャラとして、エルドラドで暮らすだけでもいい。なんでもありなファンタジーの世界。
とにかく没入感があり、アバターの体を借りてもうひとつの人生を体感する感覚が心地よかった。直也の家で初めてプレイした週末、親から金を借りてパソコンを買いに走るほど心を奪われた。やればやるほど夢中になり、のめり込んだ。
ゲーセンで遊ぶよりもずっと楽しかった。電車に乗らないと行けない繁華街より、ずっと自由だし、魅力的だった。
直也と外で遊ぶ時間よりも圧倒的にエルドラドで過ごす時間の方が多く、俺の高校生活と同じくらいの重みだった。
モンスター討伐はもちろん、お宝探しもした。期間限定のお宝をいち早く見つけたときは嬉しかったし、お宝リストがいっぱいになると満足感を覚えた。
俺よりも上級者である直也の戦闘能力は高く、ドラゴンをばっさばっさと切り倒していく様は爽快で頼もしかった。
時には馬に乗ってエルドラドを旅し、自分たちしか知らない秘境を探して回った。
ふたりとも彼女が居ないことを理由に、クリスマスはエルドラドで過ごした。どちらかに彼女ができるまで、クリスマスはエルドラドで遊ぼうと約束した。
12月25日。クリスマス。エルドラドの終焉が近づく。
悲報を受け取ってから半年後が経っていた。
あんなに躊躇していたのに。俺はPCモニタの前に居た。
日に日にログインしなければいけない気持ちが募り、使命感が俺を突き動かしていた。
やっと思い出したログインパスワードを打ち込み、エルドラドの大地に立つ。
プレイヤー、ゆたまる。ネコ耳少女の姿で。
10年ぶりのエルドラドは、かつてのように雪が降っていた。
白く染まった広大な大地に、俺は呆然と立ち尽くした。
エルドラドは変わっていなかった。あの頃のまま、俺の帰りを待っていた。
おぼつかない操作で歩く。何をするわけでもないが、行きたい場所があった。
山に囲まれた湖畔。
直也と旅した中で、一番綺麗なスポット。思い出の場所だった。
ようやくたどり着くと……。
(誰か、いる……!)
後ろ姿に見覚えがある。
そこには、剣士風のキャラクターがいた……!
プレイヤー名はグエン。間違いない。直也だ……!
恐る恐るチャットを打ち込み、プレイヤー名で呼びかけた。
「俺の相方、直也(グエン)さんですか?」
振り返ったグエンからチャットで返事が返ってくる。
「よう、ゆたまる(裕太)。久しぶり」
やっぱり直也だった。
(うおおおおお! 直也ーー!!!!)
ボイスチャットをする勇気がない俺は心の中で叫んだ。
心臓がバクバクする。リアルなら抱きついていたかもしれない。
指先が思うように動かない。何を伝えたらいいのかわからない。
文字を打っては消すを繰り返す。1秒、また、1秒と積み重ねる謎の間に、俺は焦りだす。
「ごめん」
必死に絞り出した言葉がそれだった。
連絡を怠っていたことを申し訳なく思っていたから。
「何が?」
予想しなかった言葉が返ってくる。あっけらかんと返しているようで、直也はめちゃめちゃ怒ってるんじゃないかと思った。恐る恐る言葉を打ち込んだ。
「俺、ずっと連絡返さないでごめん。連絡先紛失しちゃって」
「そうだろうと思った。ゆたまるらしいな」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「それよりさ、行こうぜ」
直也に先導される形で俺たちは再びエルドラドを旅した。楽しかったプレイを思い返しながら、記憶とともに各地を巡る。
俺たちには会わなかった時間を埋める言葉は要らなかった。
ただ一緒に居れること。それだけで充分だった。俺が一方的に感じていたわだかまりは、雪が溶けるように消えていった。
お宝探しも、モンスター討伐も、打倒魔王ですらどうでも良かった。当時から興味がなかったかもしれない。思い返せば、直也とただ一緒に過ごせる時間が、俺にとって大事な時間だったと気づかされた。
ログアウトする時間になり、俺は本音を語った。
「終わっちゃうんだな。もう、一緒にエルドラドで遊べないんだな」
寂しかった。エルドラドの存在が無くなってしまうことが。
まるで、直也と過ごした思い出が無になってしまうようで。
「なんだよ。いまさら」
俺の発言に呆れているらしい直也は言葉を続けた。
「しょうがないよ。でも、俺は忘れない。ゆたまると一緒で楽しいことばっかりだったから」
「そうだな」
俺も忘れない。直也と過ごした時間も、エルドラドのことも。
「ここじゃなくても会えるだろ」
直也の提案に俺は救われた。
「そうだな。会おう! 会って話そう」
俺たちは10年振りの再会を約束した。
のちに、直也(現在妻子持ち)はこんなことを語っていた。最後は笑いながら……!
「俺だって全然プレイしてなかったよ。もう最後だから、記念にログインした。もしかしたら、裕太に会えるかと思って。クリスマスに遊ぼうって約束してたのを思い出して。まさか本当にいるとは……」
最後は余計だ。
(俺はまだ独り身だよ)
それはさておき、俺も同じ気持ちだった。当てはないのに、直也がいるかもしれないと思った。
そのおかげで俺たちは引き寄せられ、再び繋がった。
エルドラドがこの世から忘れ去られたとしても、俺の中から消えることはない。
楽しかった日々は忘れない。何度だって思い出せる。色褪せることなく、俺の心を輝かせてくれる。
悠久のエルドラド。
それは、俺の中に存在し続ける悠久の大地だ。
きっと、ゆたまるとグエンは今でもあの大地を駆け巡っている。
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閲覧ありがとうございました。思ったより長くなってしまった。説明的な話をどこで入れるか悩み、中盤に。前半は主人公の心情描写に重きを置きました。簡潔に印象強い話が書けるように精進します。
作中のゲームの名前は思いつきです。完全に響きだけでつけました。悠久って言葉は好きです。
*** 創作1000ピース ***
たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。
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