見出し画像

[創作1000ピース]21,マニュアル人間(ショートショート)

 13時10分。電話が鳴る。

 やっぱり、あの人だ。いつも会議中にかけてくる。

 深呼吸のようなため息を吐き、席を外して電話を取る。
「すいません。さっきのメールの件ですが、どこに書いてありますかね」
 メールをしても、電話をしてくる。
「いや、どこにも……」
 言葉を詰まらせてしまった。
「そうですか。発言の根拠が欲しかったんですよね。ここに書いてありますよ的な……」
 心の中で深いため息が出てしまう。
 いつも自分の発言、行動を裏付ける根拠を自己証明に使っている。ここにそう書いているからそうした。自分の意思ではない。自分の考えもない。マニュアルがすべて。教科書がすべて正しい。

「そうしたら、申し訳ないんですけど、発言に責任が持てないので、そちらの部署発信で返答してもらっても良いですか」
 一方的に電話が切れた。
 マニュアル人間はマニュアルにないことはやらないし、責任も持たない。

 責任を持つって自分で考えて自分で行動して自分で発言することなのに、逃げるなんて卑怯だ。

 指先に力が入る。けたたましくタイピング音を響かせながら、理路整然と、自分の考えで、風が吹いたら桶屋が儲かるまでの理屈の通ったメールを打つ。
 ボールを受け取った当人が自分の考えて自分の言葉でボールを返さないと意味はないのに。

 「なのになのに」を頭で繰り返しながら自販機のボタンを押す。
 15時のコーヒーはいつもより少しだけ苦かった。


*** 創作1000ピース ***

 たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。

******

さわなのバックヤードへようこそ! 閲覧ありがとうございます。あなたが見てくれることが一番の励みです。 あなたの「スキ」「感想やコメント」「SNSでのシェア」などのアクションが何よりのサポートです。