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誰もこの世界の真実を知らない(5)【短編集:創作1000ピース,49】
【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。全6話で完結。
【前話】
*
ずっと真剣に悩んでいた空のヒビ割れを水野さんの妄想話と一緒にされ、俺はうんざりした。
「もういい……! あんたの話なんて聞きたくない! 俺が知りたいのは空のヒビ割れが何なんだってことだ……!」
「今、僕はその話をしているんだ!!」
水野さんは俺の頭痛を吹き飛ばす程の気迫で激昂した。大きい瞳で俺に訴えてくる。
彼の発言を噛み砕こうと試みるが、理解不能なため、言葉の羅列が頭の中でぐるぐると旋回する。頭を働かせるだけで目眩がした。
返す言葉がない俺はそのまま黙り込んだ。
水野さんは静かになった俺を見て、満足そうだった。
「川本さんの言う、空のヒビ割れですが、僕の場合は空に薄いベールが掛かっているように見えるんです。ベールの向こう側がずっとはっきり見えなかったのですが……」
彼は目をまた見開き、俺が苦手な顔で捲し立てる。
「今日、はっきり見えたんです! 川本さんに出会ったおかげです! 僕は世界の真実に近づくことができた……!」
彼は急に立ち上がり、窓の外に向かって叫んだ。
「ほら、僕には見える……! この世界の真実が……!」
水野さんは不気味な笑みを浮かべていた。
「自然災害か、環境破壊か、核兵器なのかはわからない。荒廃した世界が、僕には見える……! 植樹しても何も育たない痩せた土地を耕し、残されたわずかな食物を食べ、貧しい環境で這いつくばって生きている僕達が見える……! これは僕達の本当の姿なんですよ」
彼が語るのは、彼が見た、彼の夢の話だ。俺にはまったく関係ない話だ。
互いに空の異常は認識しても、見え方が違う。その解釈も違う。
俺は一体何を見て、何を議論しているのかわからなくなってきた。
「それは……、あんたの夢の話じゃないのか」
「そうですよ。でも、僕にはそう見えるんです。空の向こう側にも同じ景色が広がっています。僕が夢で見た景色が」
何もかも知っているかのような口ぶりが頭にくる。
他人が都合よく見ているものを、どうやって信じればいいのだろうか。
俺が感じてきた危機感は、彼が見ているもの、感じていることと同じなのだろうか……。
キーンと耳鳴りがした。一度は引いた頭痛が襲ってくる。
彼は得意げな態度で考察を続けた。
「僕は自分の夢との相似をこう理解しました。睡眠中、脳が日中の出来事を整理しているとき、それが夢となって出てくることもあるんじゃないかと。僕が見ている夢は体験した記憶の断片なんです。空の向こうに透けて見える景色と同じということが、それを証明している……!」
「馬鹿げてる……。信じられない……」
「みんな、自分が見えているものしか信じられないものです」
「俺たちが、生きている……、この世界、今……見えている世界が、現実……だろ?」
俺は言葉を確かめながらゆっくりと彼に問う。
「それはどうでしょうか? 今、僕らが見ている景色は脳が見せているものなんです。脳の錯覚も混じっている」
脳の錯覚。信じたくない言葉だ。
「あまりにも悲惨な現実だったので、僕らは……いや、人類は現実から目を背けたいがために、空想の世界に逃げ込んだ。これが今の僕たちです」
こんなこと、聞きたくなかった。
震えが、止まらない。
「まさか……!? あんたは、今が夢の世界だって言いたいのか」
「そうですよ」
水野さんは自信に満ちた顔で唇を歪ませた。不気味な微笑みのせいで身震いが止まらない。
「その証拠に現実を覆い隠したこの世界が壊れようとしている。あなたが見ているヒビ割れです。空想産物で固められた世界の壁が壊れ、真実の姿が目の前に現れようとしている……!」
甲高く捲し立てる水野さんの声が、俺の頭痛を誘う。
「僕の空もそうです。薄いベールが剥がれ落ちようとしている……! 今まさに!」
水野さんは両手を広げて天井を仰いだ。
「僕らは今、殻を破って、目覚めようとしているんですよ」
ミシミシミシミシ……ッ!——
頭の上で、いや、頭のなかで何かが割れる音がした。
「この真実に気付くのがずっと怖かった。確信が持てなかったんです」
水野さんはずっと喋っている。
「……でも、川本さん、あなたに出会えた。僕はやっと現実に立ち向かう勇気を持てました」
声が明るい。
言葉が弾んでいる。
笑っているようだ。
「あなたと一緒なら怖くない。僕らが帰るべき場所に帰りましょう」
近くで水野さんの声がする。
俺を覗き込んでいるようだ。
「川本さん?どうしました?」
動揺しているような声だ。
俺がどうしたって言うんだろう?
よくわからないが、身体が重い。
さっきまで何を話していたのか。
……たしか、空が、どう、とか。
空?
俺は空を見ようとした。
でも体がうまく動かなかった。
……見るって、何だ?
目の前が真っ暗で、奥行きすらなかった。
「川本さん、僕にが助けてあげますからね」
またさっきと同じ声が響く。
でも、徐々に遠ざかっていく気がした。
俺の身体は軽くなり、空を飛んでいるようだった。
なんとなく、自由になれた気がした。
だんだんと、すべてが真っ白になっていく。
「向こうの世界で会いましょう……」
遥か遠くから、誰かの声が聞こえた——
<続>
*
*** 「創作1取り組みについて取り組みについて ***
たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。
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