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誰もこの世界の真実を知らない(6・完結)【短編集:創作1000ピース,50】

【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。6話でお送りした「誰もこの世界の真実を知らない」完結です。

【前話】

 時刻は8時15分。

「失礼します」

 新人看護師の有希子は、ゆっくりと病室の引き戸を開けた。ノートパソコンや筆記用具、医療用品を乗せたワゴンを運び入れる。

 いつものように患者からの返事はない。
 ベッドには黒髪の青年が横たわっている。意識が戻らず、1週間眠ったままだ。

 由希子は患者の腋下に体温計を挿入した。モニタを確認しながら、『川本泰助』のカルテに数値を入力していく。
 ピピピッと計測音が鳴ると、同様に体温を入力した。手慣れた手つきで、淡々と業務をこなす。

 最後に患者の周辺を見回し、状態を確認する。

 ——異常なし……。ん?

 退室するところで、棚の上にある花瓶に気がついた。

 花瓶にはサザンカが一本生けてあった。
 病棟の窓から見える、中庭のサザンカと同じものだった。無理矢理枝を折られた状態になっている。

 昨日は患者の見舞いはなかったから、誰が生けたのだろうかと不思議に思いながら、有希子は花瓶の水を変えた。

「痛っ……」

 花瓶の口が欠けており、有希子は指を切ってしまった。よく見ると、縦に大きなヒビが入っている。

 幸いにも軽症だが、こんな危ないものを、と憤った有希子は花瓶ごとサザンカを片付けてしまった。

 ガラガラッ!——

 有希子が次の患者のもとに行こうとした時だった。勢いよく扉が開き、何者かが入ってきた。

「川本さんの調子はどうだい?」

 訪問者は普段着に白衣を羽織った青年だった。大きい瞳に、茶色いショートヘアが印象的だ。

「ええ、“先生“。お元気ですよ」

 有希子は慣れた様子で”先生”をあしらい、病室を出た。
 たぶん、サザンカと花瓶は“先生”がやったのだろう。証拠はなにひとつ無いが、不可解な出来事と言うことだけで、彼の仕業だと確信した。
 余計な会話を交わしたくない有希子は足早に去って行く。

 病室に取り残された白衣の青年は、ベッドに横たわる川本に声を掛けた。

「川本さん、いつになったら目覚めるの? ねぇ……? あれからかなり時間が経ちましたよ! 1ヶ月? いや、半年? もしかしたら1年かもしれない」

 至近距離で声を掛けるが、川本は瞼をピクリともさせず、何も反応を返さない。

「だめか……。やっぱり、この世界が怖いですか?」

 白衣の青年は肩を落とした。

「あー! ここに居た! ”水野先生”」

 中年の女性看護師2人がやってきた。

「だめじゃないですか、自分の病室から出ては……」

 パワフルな体格の中年看護師は、”水野先生”の肩を掴み、川本の病室から連れ去った。

「精神科病棟に戻りましょうね~」

「今日は、川本さんに花を……」

「だめですよ。また庭の花を取っては」

「やっと昨日、荒れ果てた大地に花が咲いたんだ。川本さんを安心させてあげたい。花が咲く世界ですよって」

「用務員さんが昨日植えてくれたお花ですからね。みんなで見ましょうね」

「離せっ! 僕をどこに連れて行く!?」

「どこって、水野さんの病室じゃないですか。まだ今朝の薬飲んでないでしょう」

「いやだ。あの冷たくて白い世界には行きたくない」

「もう、薬飲み忘れるから、嫌なこと思い出しちゃうんですよ。今日はお部屋でゆっくり休んでくださいね。先生の白衣も後で返してもらいますからね」

 廊下に響き渡っていた声がだんだんと小さくなっていく。それを待っていたのか、ナースステーションから声が聞こえてきた。

「やれやれ」
「終わった」
「仕事するか」

 騒がしい朝の風物詩が終わったようだ。ここからは仕事に集中できる時間だ。

 庭のサザンカにはヒヨドリが舞い降り、くちばしで蜜を吸っていた。窓の向こうには太陽で光輝く緑の葉っぱと、鮮やかな赤色の花弁が広がっている。
 その様子を病室から眺めていた有希子はつかの間の平和に癒やされた。

 さて、次の患者の部屋に行こう。だんだん忙しくなってくる。

「ねぇねぇ……」

 有希子が廊下に出たとき、先輩看護師の立ち話が耳に入った。

「川本さん、事故から1週間よね。このまま意識戻らないのかしら」

「頭部の手術は成功して、命は助かったけど……、どうかしらね。可能性は低いみたい」

「残念ね。ところで、水野さん、また今日も来たの?」

 川本ことを不憫に思った看護師が話題を変えた。

「そうなのよ。寝ている患者さんのところにやってきて、『目覚めろ』とか、『本当の世界が待っている』って語りかけるのよ。変わった行動をするから、病棟の看護師は困っているみたい」

「言動も良くわからないわね」

「水野さんにしか見えないものがあるんじゃないかしら。私たちにはわからないわよ。」

「とは言っても……。川本さんのところに毎日やってくるのかしら?」

「しょうがないわよ」

 二人はもうこりごりと言わんばかりに肩をすくめた。

「水野さんもそうだけど、川本さんにはどう見えているのかしらね」

「どういうこと?」

「私たちには意識がなくて眠っているようにしか見えないけど、眠りながら夢のようなものを見ているのかしら」

 それは当の本人にしかわからない。通り過ぎながら、有希子は思った。

 ——見えているものこそが、真実だ。そしてそれは、他人には理解できないものだ。

 せわしなくも、木漏れ日のように暖かく、ちいさな日常という世界が、有希子の視界には映っていた。

<完>

*** 「創作1取り組みについて取り組みについて ***

 たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。

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さわなのバックヤード[創作RooM7号室]
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