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電脳理想郷からの脱出(5)【短編集:創作1000ピース,55】
【はじめに】
これはオリジナルのSF短編小説です。5話に分けて投稿していきます。本投稿が最終話です。
【あらすじ】
かつてメタバースと呼ばれた仮想空間がリアルワールドとなった西暦2923年の地球。人類はエルクラウドと呼ばれる電脳空間にすべての社会活動を移していた。肉体が存在する現実世界と精神が存在する電脳空間のふたつの世界に疑問を持っていたアイコは、秘密を知る人物、ヒデオに出会う。
*
吹き飛んだ壁の破片と粉塵が舞う。
警報が鳴り響く中、煙を背にした青年の姿があった。
アイコはそれがヒデオだとわかった。対物破壊用の火器を肩に担ぎ、弾薬の帯を携えていた。整った顔立ちをしており、鋭い目つきが印象的だった。
ジジジ……ジジジ……。
マザーAIはもう喋ることができない。虫の息だった。機械アームもアイコの目前で停止していた。
「行こう!」
「どこに……?」
アイコは反射的に聞いた。エルクラウド以外で自分が知る世界は何もなかった。
「俺たちの生きる世界に……!」
ヒデオはそう強く答えると、アイコの手を握り、長い眠りから覚ましてあげるように抱き起こした。
彼の手はゴツゴツとした無骨な手だったが、しなやかで慈しみが感じられる所作にアイコは安心した。
「急ごう」
照明は点灯と消灯を繰り返した。さらに大きくなる警報にヒデオは焦りを募らせ、アイコの手を強く引いた。
「ごめんなさい。わたし……」
アイコは戸惑った。体が言うことをきかない。こわばった脚は歩くことさえも忘れていた。
「大丈夫だ。俺が背負う」
ヒデオは微笑むと、アイコを背負った。想像以上に軽かったのか、彼は驚いた。
「行くぞ」
ヒデオは掛け声とともに部屋を飛び出した。
警報が鳴り響き、赤く点滅する通路を駆け抜けていく。
あたりは無人で生き物の気配がなかった。監視カメラやセンサーが一定間隔で配置されていたが、すべて撃ち抜かれている。いたるところで煙が立ち上っており、金属片の焼ける匂いがした。
通路は圧迫感がある高さで、手を伸ばせば届きそうだった。両側には個室が整列しており、窓からそこに暮らす人間の様子が見えた。
みんなアイコと揃いの白い服を着用し、コクーンに横たわっている。
眠っているのか、死んでいるのかもわからない。虚ろに目を開け天井をぼんやり眺めている人間もいたが、ピクリとも動かず、人形のようだった。
アイコは量子化した自分の姿を想像し、恐ろしくなった。
ヒデオは大破した機械の残骸を踏み潰しながら出口を探した。外界に通じているのか、微かに風が流れ込んでくる壁面に目星をつけた。
「ここなら破壊できそうだ」
アイコをおろしたヒデオは弾薬を放り投げ、壁に出口を作った。
外界から強い風が吹き込み、潮風がアイコの髪を撫でていった。外は暗かった。夜なのだろう。水分を含んだ冷気が肌に染みた。
アイコは切り取られた壁の向こうに、初めて外界を見た。この建物は水面に浮かぶ巨大な船のようであり、眼下には海があった。
ヒデオはアイコと顔を見合わせ頷いた。アイコはそれがヒデオの合図だと気づいた。この先自分がどうすればいいのか、本能で理解した。
アイコは息を吸い込み、彼に促されて漆黒の海に身を投げた。
生きるために無我夢中だった。水面から顔を出し、息を吸い込む。両手両足で水をかき、時には助けを借りながら岸を目指した。
アイコは自分が泳いでいることに驚かなかった。自分の体に備わっている生きる力と願望が体を動かしたのかもしれない。
海から陸に這い上がったアイコは素足から伝わってくる大地の感触を確かめるように、何度も小さく足踏みをした。
夜の世界に目が慣れると、漆黒の中に青や紫の色合いを感じるようになった。
やがて水平に橙の線が引かれ、空と地上の境界がはっきりと浮かび上がってくる。徐々に広がっていくまばゆい光が世界を照らした。
これが日の出。本物の太陽だ。
アイコは海に浮かぶ白い船を眺めた。辺りが明るくなると、それは海ではなく湾であることがわかった。船はひとつではなく、いくつも浮かんでいた。既に警報は止み、船は何事もなかったかのように佇んでいる。
「あれがトーキョーサイト。電脳空間で生きる人間たちの居住区だ。かつて、俺もそこにいた」
「どうやって外に出たの?」
「仲間が目覚めさせてくれた」
まるで悪い夢を見ていたような言い方だった。
「君と同じようにね。俺も真実を知りたかったんだ。エルクラウドが世界の全てだなんて信じられないだろう」
アイコは頷くと、朝日に照らされたヒデオを見た。
思ったよりも肌が濃く、たくましい肉付きをしてる。
もう空は明るかった。太陽が大地を、立ち並ぶ居住区の輪郭を照らし、世界の姿を露わにする。過去の建造物は荒廃しかけ、土色や緑が侵食していた。
「外はこんなに美しいのに、外は危険に溢れているって嘘みたい」
アイコはため息を漏らした。
「それは子供たちを部屋に閉じ込めておくための常套句だ。御先祖様は戦争や伝染病、食糧危機や自然災害に悩まされてきたらしい。電脳空間に活動拠点を移せば、安全で平和な世界が創れると思ったのさ。その極論が全人類量子化論だ」
「全人類……量子化……」
アイコは声を震わせながら繰り返した。
恐ろしい言葉に背中が戦慄する。
「電脳空間で意識体となって永遠を生きるなんて、無茶な話だ。俺たちは人間なんだよ。どんなに文明が進歩しても、機械のようになれるわけはない」
そこで言葉を切ったヒデオは荒廃した世界を眺めた。その目は遥か遠くを見据えていた。
「病原菌も災害も、俺たちならきっと乗り越えていける。俺は、この大地を踏みしめて、明日を生きたい」
「わたしも」
「大丈夫か? 自分の力で生きることは思った以上にしんどいんだ」
ヒデオは笑いながら試すようなことを言って、アイコをからかった。
「大丈夫。何も怖くないよ。手を取り合えば、どんなことでもきっと乗り越えていける」
ふたりは固く握手を交わした。
「あなたの手の感触、一生忘れないよ。誰かと触れ合うって、こんなに心が暖かくなるんだね」
「ああ、俺たちは関わり合って社会と人間を作っていく生き物なんだ。ひとりじゃなにもできない」
「そうだね。ひとりはずっと寂しかった。何もできなかった。あなたに出会えて良かった。……ありがとう」
涙で滲むアイコの瞳をヒデオは冷静に見つめていた。感情を抑えているようにも見える。
ヒデオは名残惜しくアイコの手をそっと離した。
「行こう。仲間が待っている」
聞き慣れないせいか、『仲間』という響きがくすぐったい。だがそれもすぐに慣れ、『ひとりじゃない』と、アイコの胸は高揚感でいっぱいになった。そして、ヒデオの手に引かれゆっくりと歩き出す。
西暦2923年。
大地に生きる人間たちの新しい一日が始まる。
乾いた風が土煙を撒き散らす荒野に、ふたつの黒い影が力強く伸びていった。
<了>
*** 「創作1000ピース」の取り組みについて ***
たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。
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