見出し画像

誰もこの世界の真実を知らない(4)【短編集:創作1000ピース,48】

【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。全6話で完結。

【前話】

 目を覚ました俺は見知らぬ天井を見上げていた。

 どうやら病院のベッドに横たわっているようだ。左手首には点滴の針が刺さっている。

「目を覚ましましたか」

 扉が開き、青年が入ってきた。どうやらここは病室のようだ。個室で患者は俺しかいない。

「……先ほどは……、どうも……」

「寝ててください」

 起き上がろうとする俺を青年が制した。この時に気づいたが、体に力が入らず、体を起こすことは困難だった。

「貧血みたいです。今日は一日安静にしていてください。……だそうです」

「一日ですか……。あっ……! 会社……!」

 大事なことを忘れていた。俺は通勤中だった。顔から汗が噴き出す。

 壁掛け時計を探すが、見当たらない。

「大丈夫です」

 慌てだした俺を青年は「安静に」となだめた。

「僕の方から会社に連絡を入れておきました。歩道で意識を失ってしまって、救急車を呼ぶ事態になったので、会社はとても無理だろうと思って……」

 青年は申し訳なさそうに言葉を続けた。

「……あなたの鞄の中から、名刺や社員証など身分証明書を拝見しました。申し訳ございません」

「いえ……。何から何までご迷惑を掛けて……申し訳ない。何か、お礼を……えっと……」

「水野です。お礼なんて結構です。当たり前のことをしただけですから」

 水野と名乗った青年は軽く会釈をし、立ち去ろうとした。

「水野さん、待ってください」

「どうしました? 川本さん」

 俺から名乗ってないのに、水野さんは俺の名前を知っていた。
 それもそのはず。
 俺の個人情報を探し当てた水野さんは名前だけでなく、生年月日、住所も知っているはずだ。

 このまま行きずりで別れるのは恐ろしく、胸が騒いだ。

 俺は彼と話さなければならないことがある。

「今日の、空のことですかね?」

 俺が質問する前に水野さんが問いかけた。

 そうだ。俺は知りたい。突如、空に現れた、俺にしか見えないヒビ割れのこと。

 俺はごくりと唾を飲んだ。

「なんだか、色がおかしいですよね」

「色?」

 呆けて変な声が出てしまった。
 俺に見えるのは黒いボールペンで引っ掻いたようなヒビ割れだ。色の違いはない。

「空のヒビ割れじゃないんですか!?」

 俺の剣幕に、水野さんは驚き、首を左右に小さく振った。

「いいえ。僕には空の隅が白く滲んでいるように見えるだけです。ヒビ割れはありません」

「……なん、だって……」

 この謎が解けるのは彼しか居ないと思ってたのに。俺の絶大な期待は打ち砕かれてしまった。

「川本さん……! 気を落とさないでください。見え方は違っても、空の異変に気付いた仲じゃないですか」

 俺に力説した水野さんは、俺の肩に手を掛けた。

「僕達は事実を共有する仲間ですよ」

 仲間?
 馴れ馴れしい単語に違和感を覚えた。

「……じゃあ、なんであんたは、さっきなにも言おうとせず、立ち去ろうとしたんだ!?」

 “空がおかしい”という共通認識を持ちながら、思わせ振りに声をかけ、何も語ろうとしない彼に憤りを覚えた。

「あなたに話すのは心苦しいと思ったんですよ」

 水野さんは困ったように苦笑したが、すぐに厳しい顔になった。

「あなたは受け止めきれますか? この世界の真実を……」

 冷たい空気が漂う。彼の外見から醸し出される柔らかい雰囲気とは全く異なるものだ。鋭い視線に体が貫かれたような気がした。

「……真実って?」

 俺は一度腹に飲み込んだ言葉を投げ掛けた。

 水野さんは思案しながら、途切れ途切れに言葉を吐き出す。

「……どうやら、今、僕ら見ている世界は、偽物……だと言うことです」

「偽物!?」

 わけがわからない。

「僕にも本当のことはわかりません。世界の真実を知る人に出会ったことがないのですから。ただ、感じるんです。あの空の向こうに何かがあると……。そして、夢にも見るんです。空の向こう側にある世界のことを」

「偽物……? 夢? 向こう側の世界?」

 何もかもが想像を超えている。目眩がしそうだ。

「あんた……、何を言って……」

「だから言ったでしょう、川本さん。あなたには受け止められますか? ……って」

「あんたの、夢の話なんて……、頭の中の……、作り話じゃないかっ……」

 何故だろう。動悸がする。息が上がって、苦しい。
 こんなの絶対嘘なのに。真に受けてはいけないのに。
 彼が語る“真実”が俺の胸を締め付ける。

「川本さん、あなたも見えるんでしょう? あなたと私、見え方は違うけど、いつもの空が違って見えるようになったんでしょう!?」

 水野さんは捲し立てた。瞳は上下に大きく見開かれ、常軌を逸していた。

 彼の声が頭の中でキンキン響く。

「ちょっと待て、もっと、ゆっくり、話してくれ……」

「いつもの空が違って見える。それだけは紛れもない真実です」

 水野さんの口調は元に戻っていた。明らかにさっきの取り乱し方はまともじゃない。

「はぁ……」

 俺は頭を押さえた。ため息のような相づちを打つので精一杯だった。
 頭痛のせいか、水野さんのせいか。底知れぬ恐怖が痛みを伴って俺を襲う。

 頭痛を止めたくて頭を擦ると、身に覚えがない傷に触れた。
 いつの傷だろうと怪しむが、今はそんなこと、どうでもいい。

 とにかく頭が痛い。

「……あんた、何言って……。頭、おかしいんじゃないか」

「そうですね。僕はおかしいかもしれない」

 水野さん口元を半月形に緩ませ微笑んでいたが、目は冷ややかだった。

「川本さんがわかるようにもう少し丁寧にお話ししますね」

「もういい……! あんたの話なんて聞きたくない! 俺が知りたいのは空のヒビ割れが何なんだってことだ……!」

「今、僕はその話をしているんだ!!」

 水野さんは再び豹変し、激昂した。

<続>

*** 「創作1取り組みについて取り組みについて ***

 たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。

******

さわなのバックヤードへようこそ! 閲覧ありがとうございます。あなたが見てくれることが一番の励みです。 あなたの「スキ」「感想やコメント」「SNSでのシェア」などのアクションが何よりのサポートです。