忖度

 ひところ「忖度」という言葉な世間を騒がせた。 相手の言外の意を汲み取る事を意味するこの言葉には、「気が利く」に繋がり、社会生活を営む上で必要な要素が含まれる。その一方で権力者に阿り、第三者が権力者にとって都合が良いような行為を行うことを通して、自分または自分の所属する組織に有利なように物事を運ばせることに繋がる。その結果、責任関係が曖昧になったり真意が伝わりにくいと言う問題点を孕んでいる。

  従って、恐らく多くの場合、「忖度」はあまり良い意味で使われることはないが、近年、むしろ積極的に「忖度」しなくてはならなかったのは平成28年(2016)の8月8日に天皇陛下(現上皇陛下)が行われたビデオメッセージに込められたいわゆる天皇陛下のお言葉ではなかったのかと思う。

 この異例の上皇陛下の会見は、各方面に大きな波紋を投げ掛け、それ以来、上皇陛下の生前退位の議論がすすめられた。  

 言うまでもなく、日本国憲法の元においては、天皇の地位は象徴と定められており、その中で日本国天皇の機能は国事行為を行うことが定められている。  従って、このビデオメッセージの中で、はじめに天皇の立場上、今の皇室制度に具体的に触れることは控えるとしたうえで、「社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、個人として、これまでに考えて来たことを話したい」と述べられた。

 その上で、高齢による体力の低下を感じるようになり、「次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と胸の内を語られた。

  現在の日本における天皇の地位は日本国憲法第1条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と定義され、天皇の機能として第4条に「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と定められた上で、第7条に以下の十項目の具体的な国事行為が定められている。
------------------------------------------------
第七条【天皇の国事行為】
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授不すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

------------------------------------------------

 この日本国憲法に定められた天皇の国事行為を「象徴としての天皇としての務め」と考えた場合、次第に進む身体が衰えることによって、これまでのように、全身全霊をもって果たせなくなる象徴としての務めは具体的に何であろうか。

 第一の可能性として挙げられるのは、日本国天皇として憲法に定められた国事行為を行う事が困難になった事が考えられます。

けれども、日本国天皇の国事行為は代行が可能であり、日本国憲法では

------------------------------------------------

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

〔摂政〕
第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。

------------------------------------------------

 と定められている通り、実質的に皇太子殿下が天皇陛下の国事行為を代行する事や、摂政を置くことが定められています。従って、天皇陛下が高齢の為に日本国憲法に定められた国事行為を「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくこと」が困難になられたと言う解釈は、全くの的はずれであることになる。 

   では、上皇陛下が会見でおっしゃろうとされた「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくこと」とは具体的に何なのであろうか。ここから先は、私の「忖度」である事を予めお断り致します。

   宮内庁のHPを見ると、「天皇皇后両陛下のご活動」として
・国事行為などご公務 
・行幸啓
・外国ご訪問
・伝統文化の継承
・宮中祭祀
が挙げられています。

この中で「宮中祭祀」の中の「主要祭儀一覧」(https://www.kunaicho.go.jp/about/gokomu/kyuchu/saishi/saishi01.html)
の項目を見ると以下の日程が記載されています。
------------------------------------------------
1月1日 四方拝(しほうはい) 早朝に天皇陛下が神嘉殿南庭で伊勢の神宮,山
 陵および四方の神々をご遙拝になる年中最初の行事
 歳旦祭(さいたんさい)  早朝に三殿で行われる年始の祭典
1月3日 元始祭(げんしさい) 年始に当たって皇位の大本と由来とを祝し,
 国家国民の繁栄を三殿で祈られる祭典
1月4日  奏事始(そうじはじめ) 掌典長が年始に当たって,伊勢の神宮および
 宮中の祭事のことを天皇陛下に申し上げる行事
1月7日 昭和天皇祭(しょうわてんのうさい) 昭和天皇の崩御相当日に皇霊殿で
 行われる祭典(陵所においても祭典がある。)夜は御神楽がある。
1月30日 孝明天皇例祭(こうめいてんのうれいさい) 孝明天皇の崩御相当日に
 皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
2月17日 祈年祭(きねんさい) 三殿で行われる年穀豊穣祈願の祭典
2月23日 天長祭(てんちょうさい) 天皇陛下のお誕生日を祝して三殿で
     行われる祭典
 春分の日 春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい) 春分の日に皇霊殿で行われる
 ご先祖祭
 春季神殿祭(しゅんきしんでんさい) 春分の日に神殿で行われる神恩感謝の
 祭典
4月3日 神武天皇祭(じんむてんのうさい) 神武天皇の崩御相当日に皇霊殿で
 行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
 皇霊殿御神楽(こうれいでんみかぐら) 神武天皇祭の夜,特に御神楽を奉奏
 して神霊をなごめる祭典
6月16日 香淳皇后例祭(こうじゅんこうごうれいさい) 香淳皇后の
  崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
6月30日 節折(よおり) 天皇陛下のために行われるお祓いの行事
 大祓おおはらい 神嘉殿の前で,皇族をはじめ国民のために行われるお祓い
 の行事
7月30日 明治天皇例祭(めいじてんのうれいさい) 明治天皇の崩御相当日に
 皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
 秋分の日 秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい) 秋分の日に皇霊殿で行われる
 ご先祖祭
 秋季神殿祭(しゅうきしんでんさい) 秋分の日に神殿で行われる神恩感謝の
 祭典
10月17日 神嘗祭(かんなめさい) 賢所に新穀をお供えになる神恩感謝の
 祭典。 この朝天皇陛下は神嘉殿において伊勢の神宮をご遙拝になる。
11月23日 新嘗祭(にいなめさい) 天皇陛下が,神嘉殿において新穀を皇祖
 はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上
 がりになる祭典。宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽
 培になった新穀もお供えになる。
12月中旬 賢所御神楽(かしこどころみかぐら )夕刻から賢所に御神楽を奉奏
 して神霊をなごめる祭典
12月25日 大正天皇例祭(たいしょうてんのうれいさい) 大正天皇の崩御相
 当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)
12月31日 節折(よおり )天皇陛下のために行われるお祓いの行事 
 大祓おおはらい 神嘉殿の前で,皇族をはじめ国民のために行われる
 お祓いの行事
------------------------------------------------
 この主要祭儀一覧を見ると、天皇陛下が一年を通して数多くの祭司に関わっておられることが見てとれますが、これらは憲法で定められた国事行為ではないので、全て天皇家の私的行事と言うことになる。

 神武天皇以来2000年以上にわたり続いている天皇家の本来の機能は「祈り」であり、日本国と日本国民の安寧と繁栄を祈る事であることを決して忘れてはならない。四方拝等など夜中に行われる行事も数多くある。

  これらの事を踏まえると、平成28年(2016)の8月8日に上皇陛下がビデオメッセージで「次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」といわれた具体的な中身は、国事行為ではなく天皇家の私的行事である「祈り」を完璧に行うことが体力的に難しくなったというメッセージを汲み取って差し上げる、つまり「忖度」して差し上げる必要があるのではないかと感じる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?