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弱者あ〜

おはよう。

最近、M-1の準々決勝のYouTubeをみた。
おもしろい。おもしろすぎる。脳内辞書にはない語彙とか表現とかがあふれていて芸人さんは何にふれてどう感じてネタに昇華させていっているのか超気になる。

そんでもってこの再生リストに動画があるということは敗退してしまったということで、レベルの高さをひしひしと感じた。


芸人さんのような個性あふれる人間になりたいと思う反面、個性を消し去るかのように、思っていることを人に伝え損ねる場面が多くある。

例えば、タルタルチキン。
ごはんのメニューを決める度タルタルチキンと何かで迷う友達がいて、その度タルタルチキンおいしい論に同調し(その気持ちではある)頼んだり頼まなかったりしていた。したらいつのまにかタルタルチキン大好きマンとして認識されてしまうようになってタルタルチキンをメニューに見つけると教えてくれるようになってしまっていた。おいしいタルタルチキンに罪はないのだけれど。

言えなかった。

タルタルチキンよりも断然、からあげ定食が好きだってこと。

『弱者あ〜。』
『弱者かあ〜!』


例えば、ピアノ教室。
小学校6年間母親の知り合いのピアノ教室に通っていたが、練習が好きになれなかった。聴くのも自分の好きな曲を練習するのも好きである。でも興味のない曲には身が入らない。練習の楽譜や発表会の曲は先生が決める。何故だか「明るい曲が好きだよね」という先生の決めつけの問いかけに対し、小学生の頃は頷くことしかできなかった。(コンビニで「お箸お付けしますか」という問いかけに思わず「はい」と言ってしまうあれみたいな)そうして練習に身が入らなくなっていた。まあ言い訳なんですけれど。

言えなかった。

明るい曲が好きなんじゃなくて、アップテンポの(特にショパンのような)曲が好きなだけなのだと。

『弱者あ〜。』
『弱者かあ〜!』



思ってることは(高尾山(⚪︎たかおやま ×たかおさん)という地元の)山ほどある。いつも何度でも。よく、内に情熱を秘めているとかなんとか言われることが多いのだが、そんなんその相手に心を許していないか気を遣って言えないだけである。言っちゃう相手には言っちゃうよ。

『弱者あ〜。』
『そんなとこまで考えちゃうの弱者かあ〜!』


言えないことが増える度、
乙女ブレンドの準々決勝のネタが脳内再生される。




強者になりたいなあー!

じゃあまたね、おやすみ。

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